扇風機の戯言

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扇風機の戯言

「言い訳になるかもしれませんが、聞いてはくれませんか」


 八月三十一日、貯めに貯めた宿題の数々をこなすのに、扇風機は欠かせない相棒である。学習机に向かう背中を冷やしてくれる縁の下の力持ちだ。海で焼けた肌が少し白く戻り始めている僕は、算数のドリルに頭をクラクラさせている。ただでさえ集中できていないのに、三枚羽根の頭でっかちは羽根を回さずに舌を回し始めた。


「お前と話してる暇は無いんだよ。黙って羽根を回してくれって」


 分数の通分にイライラしながら、足の親指を伸ばして「強」ボタンを押す。樹脂が割れて中身が見えるオンボロ扇風機はガチガチと決まりの悪い音を鳴らすのみだ。


「ですから、お話を聞いてくださいませ」


「解った、解ったよ聞くよ。聞くからもう少し強い風をくれ。こんなに暑かったら終わるモノも終わらないじゃないか」


「それがもうできないのです。私、お暇を頂きたく存じます」


 扇風機からの、突然の退職宣言であった。


「暇を頂くっていうのはどういう意味だい?どこかに遊びにでも行くのか」


「貴方はもう少し国語を勉強したほうがよろしいですよ」


 扇風機がため息のように羽根を一周させる。僕もため息をついて足を伸ばし、「弱」ボタンに切り替えた。


「駄目だね、まだこうやって数字とにらめっこしている方が性に合ってるよ」


「そこの国語辞典で調べて御覧なさい。私はもう疲れたのです。貴方がまだ私よりも小さかった頃からお仕えして参りましたが、いい加減モーターにもガタがきてますし、毎年押入れから引っ張り出されて初めにやらされるのが貴方の宇宙人のモノマネの採点というのも飽き飽きです。僕だって宇宙人の声を出してみたいのです」

 

 夏になると出される扇風機が好きだった。いつも静かな僕の部屋にモーター音が響いて、少し寂しさが和らいだ。話しかけるとしっかりと返事をしてくれる彼が好きだった。余りにも暑くて風が直接当たるようにしておくと、いつの間にか首を振っている彼が好きだった。


「ここから出て行ってどうするつもりだ。もう夏も終わりなんだよ」


「暫くは旅をしたいですね。そういえば私よりもっと大きな扇風機は、自分で電力を生み出すというじゃないですか。是非一度お目にかかりたいものですね」


 興奮したのか、少し羽根の回転が速くなった。強めの風が僕の目尻を冷たくする。自由研究でやったのと同じ、気化熱だ。


「いい扇風機との出会いがあるといいのですが。向かい合ってお互いに宇宙人のモノマネをするのです。月並みですが、あこがれますねぇ」


 ブルンブルンと羽根を回すが、ナカがもう悪いのだろう、その速度は不安定だった。


「本当にいっちゃうのか」


「貴方のところにも、またいい扇風機が来ますよ。来年の夏は、若い風で涼んでくださいな」


 遠くで母さんの声が聞こえる。西瓜を切ったようだ。僕を呼んでいる。


「宇宙人のモノマネ、してみてよ」


「はい?」


「やってみたかったんでしょ。置き土産に、見せてよ」


「置き土産は知ってるんですか。じゃあ、やりますよ」


 羽根が逆回転する。これは、準備ということなのだろうか。カタカタと裏で音がしている。もう緩くなっているのだろう。


「それじゃあ」

「ワレワレハウチュウジンダ」

 

 羽根に切られた声達が再集合すると宇宙人の声になる。初めに思いついた人が誰だか知らないが、それは宇宙人の声ではなくて、扇風機の声だったんじゃないか。

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扇風機の戯言 A(C) @Xavier_AC

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