その5

「やっとヒゲグリモーの話が出てきた」

 ツバメは呟いた。

「待って。ってことは、私の付けていたヒゲも、大元は誰かの生やしてたやつってこと? 汚い!」

「満を持して成り立ちを明かしたのに、最初の感想がそれかニャ」


 映像は続く。

『ヒゲグリモーを導入すれば、王国軍は優位に立てます。それどころか長く続いてきた妖精戦争を終わらせることができるでしょう。準備は秘密裏に、しかし着々と進められ、あとはそれぞれのヒゲと相性の良い妖精を戦士として選ぶだけ、というところまで来ました。しかし……』

『そこで、王国軍にとって思わぬ事態が生じました。ビアード軍の一団が、突如妖精王の城内に攻め込んできたのです。当然、城の兵達は総出でビアードの排除にかかりました。このときの城兵が約2000人。対して、侵入してきたビアードはおよそ100。血迷った一部のビアードによる破れかぶれの特攻。初めのうちはそのようにしか見えませんでした。しかし、彼らには明確な目的がありました。魔法の付けヒゲです』

『極秘にしていた筈の情報は、どういうわけかビアードに漏れているらしい。こちらを攻撃してくることもなく、バラバラに城の中を逃げ回るビアードを見て、国王軍はそう気付きました。膠着状態の戦況を動かし得る兵器。その存在を知れば、奴らはたとえ多くの犠牲を払おうと奪取しに来るに違いなく、事実その推測は当たっていました。ビアードは兵から逃げながら、魔法の付けヒゲの在処を探していたのです』

『城中が大混乱に陥るなか、とうとう数人のビアードが、とある部屋の前に辿り着きました。城の上部に位置する、厳重なカギの掛かった小さな部屋です。ビアードはここが目的の部屋に違いないと踏み、扉を壊しにかかりました。そしてそこにはまさに、魔法の付けヒゲが保管されていました。棚に並ぶ100のヒゲが、兵器としての出番のときを静かに待っていたのです』

『さて、そんな室内には既に1人の妖精が篭っておりました。妖精王の側近として、魔法のヒゲ開発にも深く関わっていた、ネコ妖精ウィスカーです。危機を察し、ビアードより一足早く駆け付けていたわけです。今にも破壊されそうな扉を前に、ウィスカーは大急ぎでヒゲをかき集め、トランクに詰め込みました。しかしそこは窓もない小部屋です。唯一の出入り口にはビアードが立ち塞がり、逃げる道はありません。否、ウィスカーには準備がありました。彼が右手に持つは栓の詰まった1本のフラスコ。中では黒い煙が、まるで小さな竜巻のように渦を巻いています。ウィスカーが呪文を唱えながらフラスコを床に叩き付けると、割れたガラスの中から渦が飛び出し、それは空中に浮かぶ漆黒の円となりました。生命界へと通ずる次元の穴です。即成魔具によってできた穴は直径30cm程度で、しかもすぐに消えてしまうものでした』

『とうとう扉を壊し、ヒゲの保管庫へ侵入してきたビアード。しかし、そこはもぬけの殻でした。間一髪、ウィスカーは次元の穴に飛び込み、生命界へと逃げていたのです』


「でもビアード達は諦めニャかった。ということがマオマオの件でわかったニャ。奴らはボクを追ってこちらの世界に来ている」

 ウィスカーがあとを繋いだ。

「魔法のヒゲを制した側が妖精戦争に勝つ。ボクが守り切るか、ビアードが奪い取るか。これはそういう戦いなのニャ」

 映像は終わっていたようだ。暗い銭湯内が静まり返る。


 ツバメはいつものように眉間にシワを作り、しばらくの間沈黙していたが、やがて口を開いた。

「経緯はまあ、わかったようなそうでないような感じだけど、説明が大雑把過ぎるわ。幾つか聞きたいんだけど」

 ツバメはいかにも不本意という表情でウィスカーの方を向いた。ヒゲグリモーに興味を持った様子を見せたくないのである。

「どうぞニャ」

「まず簡単そんなところからだけど、マオマオとかソリアットが付けヒゲを持っていたのは何故? あんたが逃げるとき回収した筈でしょ」

「それニャ」

 ウィスカーは気まずそうに頭を掻いた。

「あとから数えてわかったんニャけど、あまりに急いでたから、トランクに詰めきれなかったヒゲがいくつかあるのニャ。それをビアードに盗られたらしいんだモニャ」

「いくつ?」

「4つ。そのうち1つはマオマオから取り返したけどニャ」

「ふうん」

 ツバメは鼻から息を出す。

「その程度なら大したことないじゃない」

「……まあニャあ」

 あまりそうは思っていない様子で、ウィスカーは頷いた。

「じゃあ次。どうしてウィスカーは妖精界に帰らないの? 魔法のヒゲの大半は確保してるんだから、さっさと国王軍のもとへ持って帰ればいいのに。それをわざわざこんな廃墟に隠れて、しかも私達に大事なヒゲを持たせる意味って何?」

「鋭いところを突いてくるニャ」

 ウィスカーは言いづらそうに続けた。

「今の妖精界がどういう状態にあるかわからない。向こうと連絡を取る手段もニャいからニャ。正直、すでに城が占拠されてるかもしれニャい。だから戻ったところで、すぐにビアードに襲われる可能性もある。とりあえずヒゲを守るためには、生命界に隠れてた方がまだ安全なんだモニャ」

「ウィスカーがこっちにいるってことは、ビアードに知られているんでしょ? それなら敵が大挙して押し寄せる可能性もあるじゃない」

「それはニャい」

 ウィスカーはきっぱりと言った。

「今、妖精界と生命界の間には、一時的に特殊結界が張られている。戦争の影響が及ばないようにニャ。妖精がこちらに来ようとすると、自動的に穴が開いてあっちへ連れ戻される仕組みニャ。じゃあどうしてマオマオやソリアットが生命界で活動できるかと言うと、それは魔法の付けヒゲの性質を利用しているからだモニャ。あれはもともと人間のヒゲから作られたものだから、身に付けていることで生命界の住人と見なされ結界が反応しなくなるのニャ」

「ああ、それで」

 ツバメはマオマオを倒したときのことを思い出した。「道士っぽいヒゲ」を取られた直後、マオマオは謎の穴に捕まり消えていったのである。素の妖精に戻ったことで結界の機能が作動した、ということらしい。

 しかし、ツバメはそこで違和感を感じた。どこかがおかしい、何かを忘れているような気がする。だが彼女が考える間もなく、ウィスカーは先を続けた。

「つまりこっちへ来られるビアードは、多くてあと3人。ボクが取られたヒゲの数だけニャ。だから、ここの方がまだ危険が少ないんだモニャ」

 ツバメはまだ納得がいかない。

「だけど、ウィスカーがビビって帰れないんじゃあ、妖精界だって困るじゃない。いつまでここにいるつもり?」

「もちろん、ずっと隠れてるわけじゃニャい。そのときが来たら、妖精界の仲間から合図が届く手筈になってるニャ」

「ふうん。要するに、ウィスカーはしばらくこっちの世界にとどまっていなくちゃならなくて、その間に少数のビアードがヒゲを奪いに来る可能性がある。私や日向さんはそいつらからあんたを守るために、ヒゲグリモーをやらされている。と、こういうわけね」

「その通り! さすが、ツバメは理解が早いモニャ!」

「冗談じゃないわよ」

 ツバメはいきり立った。

「なんで妖精同士のケンカに人間を引きずり込むのよ!そんなもん自分達だけでどうにかすればいいでしょ。まったく関係ないんだから」

「それが……」

「あと、これも聞こうと思ってたんだけど、私には妖精戦争の原因が今ひとつわからないのよね。ビアードが絶滅危惧種の妖精の集まりってことはわかった。でも、そいつらがどうして妖精王とやらの退任を要求するわけ? そこの繋がりが詳しく説明されなかったわ」

 ツバメが問うと、ウィスカーは突然真剣な表情になった。まん丸い輪郭の中、中央に寄ったネコの顔が作る渋面はとても似合わない。

「それについては、ボクの口から直接話すつもりだったモニャ。1番重要なところだからニャ」

 深いため息を吐いてから、ウィスカーは言った。

「まず、ビアードという組織の誕生について、キミ達人間はまったくの無関係ではニャい」

「え?」

「何故なら、彼らの種を絶滅の危機に追いやったのは、他ならぬ人間だからだニャ」

 ツバメが息を飲んだ。

 ウィスカーは続ける。

「たとえばライオンやトラやヒョウ。キリンにガビアル、オサガメ。他にもバク、ペンギン、ツキノワグマ。これは本当にごく一部で、挙げ出したらキリがニャい。実のところ、キミ達のよく知る生物の多くは個体数を日に日に減らしているんだモニャ。そしてその原因のほとんどが、人間の影響なのニャ」

「…………なるほど」

「食べるために動物を捕るのなら、これは仕方ニャい。だけど、キミだって知ってるニャろ、人間は珍しい動物の毛皮やツノ、キバや骨なんかをコレクションとして欲しがる。乱獲や密猟は今も世界中で行われているし、狩ること自体が目的の、つまりゲームのための狩猟だってやる。人間にとって邪魔な生物は害獣と決めて駆除するし、そのくせ彼らのすみかは平気で荒らす。森林伐採や公害で姿を消す生き物のことなんか気が付きもしニャい。否、希少動物は気まぐれで保護することもあるけれど、反対に増え過ぎた種は容赦なく殺す。減ったのも増えたのも、どちらにせよ大抵は人間のせいだし、希少だろうがありふれていようが同じ命だというのに。それをキミ達は勝手な尺度で選り分ける。まるでこの世界の管理者を気取って……」

「もういいわよ」

 ツバメは遮る。ウィスカーのいつになく鋭い言葉に、まるで自分が人間代表として責められているようだった。

「わかったわ。つまりビアードっていうのは、人間のせいで滅びつつある種の妖精達なのね。それはわかったけど」

「奴らがどうして妖精王に反旗を翻したのか、だったニャ? その理由は、生命界と妖精界の相互作用にあるモニャ。今見せた映像にもあったニャろ。両世界は一見別々でも、ある2つのルールにより関わり合っている。その1つは、生命界にて滅んだ種の妖精は消滅する、ニャ」

「そういえば」

 映像で語られていたのはそれだけだった。

「2つ目のルール。それは『妖精界で玉座に座る妖精の種が、生命界において最も繁栄する』というものなんだモニャ」

「え? どういうこと?」

「妖精界の玉座に座る者とは、もちろん妖精王のことニャ。一方で、今の生命界で1番上に位置する種属。ツバメ、これが何のことかわかるかニャ?」

「それは……、人間でしょう?」

 答えながら、ツバメは理解し始めていた。

「そうニャ。実は妖精王とは、人間の妖精のことなのニャ。ネコやイヌの妖精がいるように、人間の妖精だっている。そしてあの方が王座にいるから、人間は生態系のトップに立っているわけだニャ」

 スケールが大き過ぎて、ツバメには俄かに想像し難いことである。ウィスカーの言うことが本当であれば、人間の妖精は実に長い間、王として君臨し続けていることになる。

「ちょっと待って。じゃあビアードの目的は……」

「だから言ったニャろ。奴らは妖精王の交代を望んでいる。もし、その目的が果たされた場合、どうニャると思う?」

「ルールからすると、人間が生態系の頂点から外れるってこと?」

 言ってから、ツバメは首を振った。

「いや、ぜんぜん絵が浮かんでこないんだけど」

「そうニャろ。人間がネコより下になるニャんて、まるで想像もつかない。だけどルールは絶対ニャ。仕組みはボクらにだってわからないけど、それは必ず起こるのニャ」

「どうやってそうなるのよ」

「実際に王が代わってみないとわからニャい。たしかなのは、極めて自然な形で、起こり得る方法で、人類は都落ちするということだけだモニャ」

「具体的に言って。たとえば?」

「現在これだけ繁栄し、世界の至るところに暮らす人間のことニャ。生半可なことでは済まニャい。たとえば巨大な隕石の地球衝突。殺人ウィルスによるパンデミック、世界規模の大戦争。七大陸沈没とか、氷河期の襲来だって……これは恐竜のときとカブるか。いずれにせよ人類はほぼいなくなるか、もしくは絶滅する可能性もあるモニャ」

「ぜ、絶滅する可能性もあるモニャ⁉︎」

 ツバメは繰り返した。いつの間にか、呼吸が苦しいほどに喉が詰まっている。

「じゃあ……、つまり、あんた達の戦争って……」

「一言で言うならば、これは人類の存亡がかかった戦いニャ」

 ウィスカーは言った。

「ビアードに魔法のヒゲを奪われれば、国王軍は不利になる。結果、戦争に負ければ人間の妖精は王の座を剥奪される。だから人間は終わるニャ」

「なんてもん背負わしてんのよ‼︎」

 ツバメは叫んだ。

 魔法のヒゲなどというふざけたものと関わりあって早1か月半になるツバメだが、まさかこれの取り合いに、人類の運命が委ねられているとは思いもしない。長々と聞かされた挙句、とんでもない締め方をされたものである。

「ニャろ? だから今まで言いたくなかったのニャ」

「じゃ、じゃあどうして急に、不意打ちで教えるのよ‼︎」

「キミがヒゲグリモーを辞めたいとかマジのトーンで言うから。仕方ニャく最後の手段を使ったモニャ。どうニャ? 己の中の狂気がどうのとか、そんなおセンチな悩みなんかどうでもいいくらいの一大事ニャろ。仲間を増やしたくなったニャろ!」

 ウィスカーは乾いた笑い声を上げた。最初から妖精戦争の全貌を知っていただけあり、感情の殺し方が板についている。

「よくもあんた、人が傷付いてるときに……。汚いわよ!」

「ツバメを手放さないためならなんだってするニャ! 戦争の勝敗がかかってるニャ」

「そ、そんなのウソよ」

 ツバメはわなわなと震えながら言った。

「何が人類の危機よ。またいつものウソでしょ、どーせ! 絶対あり得ないわよ。第一、証拠だってないじゃない!」

「証拠だって?」

 ウィスカーは意外そうな眼差しをツバメに向けた。

「キミの目の前にいるのは何ニャ? 二足歩行が得意なただのネコで、鳴き声が偶然日本語のように聞こえているだけか? それにキミがヒゲを付けると変身する仕組みは? こんな技術がNASAで開発されたって話があるのかニャ。いい加減受け入れるしかニャい。この世に妖精はいるし、魔法も存在する。そして妖精戦争も、これまた残念ながら事実なのニャ」

「だけど、話が大げさ過ぎるってことよ。だって、舞台はこんな中途半端な田舎で、登場人物も少ないし、戦いだってショボいし……」

「ショボくて何が悪いニャ。できるだけ小規模に抑えることが1番ニャんだぞ。わかってきたニャろ、陽子が人目もはばからず暴走するとき。迷いネコにヒゲを取られたとき。キミが謎の幽霊に連れ去られたとき。ボクがどれだけヤキモキしてきたか」

「ああ」

 ツバメは天を仰いだ。

 いつの間にか、廃銭湯は夜の闇に満ちており、高い天井は見えなくなっている。

「ツバメ」

 影のように黒い輪郭の中、緑色の目を光らせながらウィスカーは呼んだ。

「何度も言うけど、キミのことは本当に頼りにしているのニャ」

「よしてよ」

 ツバメは小さく言った。

「私に何ができるのよ」

「ボクはたった1人でこっちの世界に来た。妖精界がどうなってるかわからニャいし、いつ敵がやってきて襲われるかもしれない。ヒゲグリモーになってくれる少女もいない。ハンパなく心細かったニャ。だけどそんなとき、ツバメに出会えたのは幸運だった。キミはいつだって嫌々ながらに、降りかかる問題を見事に解決してきた。先はまだまだ暗いけど、キミがいればどうにかなるんじゃないかって、そう思えるんだモニャ」

 ツバメは俯いて沈黙している。

「明けない夜はニャい!」

 突如ウィスカーが大声を上げた。

「それに、夜にだって月は出ている!」

「……なにそれ?」

「ボクの考えた付け足し名言ニャ。いいニャろ? この場合の月とはキミのこと……」

「いちいち説明しなくていいわよ」

 ツバメはそう言って立ち上がった。通学カバンを肩に担ぐ。

「行くのかニャ」

 ツバメは頷いてから、入り口に向かって歩き出した。

「色んなこと聞かされ過ぎて、頭がごちゃごちゃよ。疲れたから帰る」

「ツバメ」

 その背中に向かって、ウィスカーは声を掛けた。

「正直言うと、ボクがキミに全てを明かしたのは、寂しかったからだと思うモニャ。1人で秘密を抱えるのが辛かった。この不安を誰かに共有して欲しかっただけなのニャ」

 ごめんニャ。聞き取れないほどの声で、ウィスカーはそう付け足した。

「ヒゲグリモーを辞めたいのなら、もう頼まニャい。ボクには何の権利もないし、キミに義務もない。だけど、これはただのお願いニャけど、どうかヒゲグリモーを辞めてもボクに協力して欲しいモニャ。一緒に悩んでくれる、友達として」

 ツバメは振り向かず、浴場入り口の引き戸に手を掛ける。

「……ウィスカー。あんた、ホンットに汚いわよ」

 そう言って彼女は出て行った。



 外へ出れば、すっかり夜である。

 廃銭湯の前を走る細い道路は静かだった。家々の窓から漏れる明かりに挟まれながら、ツバメは家路につく。

 あまり馴染みのない道ながら、辺りは実にありきたりな光景だった。ついさっきウィスカーから聞かされた話が、急速に現実味を失っていくのをツバメは感じる。壮大なSF映画を観たあとに、映画館から出て日常に戻るような感覚である。

 冷静に考えれば、やはり到底信じられることではない。


 生命界と妖精界。妖精界で起きている戦争。絶滅危惧種の妖精による反乱。魔法のヒゲの成り立ち。そして。

 場合によっては人類滅亡。

 ツバメはぼんやりした頭で思い起こす。

 もしビアード軍が戦争に勝利し、妖精王の王座剥奪を果たしたなら。その影響はごく自然な形で生命界、つまりこの世界へ現れるという。たとえば地球規模の天変地異でも起こり、地上の人間は一掃されてしまうらしい。

 そんなことになれば、当然他の生き物だってただでは済まないに違いない。巻き添えを食い、それが原因で新たに絶滅する種も出る筈である。

 しかし、それでも憎き人間を根絶やしにしたい。それがビアード軍を統一する意志なのだろう。


 ふと、ツバメの耳にある言葉が蘇った。

『私、人間なんて自分勝手で欲にまみれた最低の生き物だと思っていたけど、少しは見直しちゃったかも』

 青木、もといビアード軍幹部のソリアットが、迷いネコ騒動のときに言っていたセリフである。

 飼いネコを捜索するため多額の財産を懸ける飼い主に対し、ソリアットがそう評価するのをツバメは聞いた。身分や名前を偽っていたとは言え、あれがウソを吐いているようには、彼女には思えなかった。

 恐らくあのときのソリアットは、興味本位の独断で、人間達のいざこざに首を突っ込んできたのではないか。

 迷いネコを探すことが、ビアード軍としての任務に結び付くとは考えにくい。もっとも、結果としてあの件にはウィスカーやツバメ、陽子、そして魔法のヒゲも関わることになったのだが、幸いぶつかることなく終わっている。

 何にせよ、ソリアットは人間というものの本質を知ろうと近寄って来たということだ。ネコの行方を涙ながらに案じる飼い主を通じて、果たして人間は滅ぼすべき存在なのか、別の道を探ることはできないか、もしかしたらそんな風に考えるところもあったのかもしれない。

 しかし。

 ネコの飼い主を名乗る蜜井夫妻はクズだった。

 海外から秘密裏に希少動物を仕入れ、高い値で売り捌く犯罪者だったのである。懸賞金付きの捜索依頼を広く打って出たのも、逃げ出した商品を速やかに回収するための策に過ぎない。美談とはかけ離れた、胸の悪くなるような話だ。

 そんな蜜井夫妻だが、報道によるところ、彼らは謎の押し入りにより半殺しの目に遭わされたらしい。犯人は当然ソリアットに違いない。最終的にネコを蜜井家に届けたのは彼だ。その際に、飼育されていた数々の生き物を見つけたのだろう。

 生き物の価値を金額でしか計ることのできない、そして己の欲と保身だけが全ての人間を、ソリアットは目の当たりにしてしまったわけである。どんなに失望し、怒ったことだろうか。彼は蜜井家にいた者全員に暴行を加え、立ち去った。

 その行動に、ソリアットの結論が現れている。ツバメはそう感じた。

 人間は生きるべきか、滅びるべきか。

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