その4

『それは今より数百年前、妖精王の開いたパーティーでのことでした。このときの出来事が、のちに妖精界を二分することになる、その発端となったのです』


廃銭湯の中、合成音声は続ける。


『すべての妖精達が招かれたそのパーティーは、山のようなお菓子やお酒、また楽しい催し物が用意され、とても華やかに進んでいきました。そして、宴も終盤に差し掛かった頃です。1人の妖精が挨拶のため、ステージに上がりました。大型の鳥の妖精です。彼はグラスを片手に、上機嫌でマイクの前へ進み出ました。しかし、そこで恐ろしいことが起こります。皆の見守るなか、その妖精は口を開いたと同時に、ステージから消えてしまったのでした』

『パーティーは一時騒然となりましたが、その妖精が消えた理由はやがて明らかになります。彼はドードー鳥の妖精でした。この名前でピンとくる方もいるでしょう。そうです、彼が消えたのは生命界における17世紀末。ドードー鳥の最後の1羽が死んだ瞬間だったのです』

 ずんぐりとした灰色の鳥の絵が映し出された。

 大きさはニワトリよりやや大きいくらいか。羽毛に覆われた丸い胴体と、短い足。胴の中央にある羽はとても小さく、明らかに飛べそうにない。顔だけは羽毛がなく、大きなクチバシが目立つ。

 ドードー鳥である。

 そして隣りに並ぶように現れたのは、やはり丸々と太った男だ。小さな目と大きな鼻。短い髪を整え、気取ったスーツを着込んでいる。

 どうやら彼がドードー鳥の妖精らしい。


『生命界と妖精界。この両世界は2つのルール、言わば相互作用によって結ばれています。我々妖精にとっても、その仕組みはわかりません。しかしとにかく、このルールはこの世の大原則として確実に存在するものです』

『ルール1。生命界で1つの種が絶滅したとき、その妖精も消滅する』

『生命界のあらゆる地において、日々生存競争は行われています。また食物連鎖によって、植物や草食・肉食動物それぞれの個体数は、常に絶妙なバランスで管理されてもいます。環境に適応できないものが淘汰され、消えていくのは自然の摂理と言えるでしょう。それは妖精達も理解しています。どんな種でもいつかは滅びる運命にある。それは生態ピラミッドの上位にいる肉食動物だって例外ではありません。獲物となる草食動物が減ったり、また些細な環境の変化によってバランスを崩し、あっけなく絶えてしまうことも、生命界においてはよくあるのです。そしてそのときは絶滅した生物の妖精も消える。妖精達はこれを動かしようのないルールとして受け入れながら暮らしているのです』

 映像からドードー鳥の姿が消え、そして妖精も消えた。

『それでは何故、ドードー鳥の件が大きく取り沙汰されたのか。それは、あまりに急な出来事だったからです。ドードー鳥はとても長い間、とある孤島の固有種として生息していました。天敵もいなかったため、空を飛ぶことも忘れるほど、実に平和に暮らしていたのです。よってドードー鳥の妖精本人でさえ、絶滅の恐れなどまるで警戒していませんでした。しかし。彼がたった100年ほど生命界から目を離した間に、ドードー鳥はその個体数を急激に減らしていました。そして、奇しくも妖精界のパーティーで彼は、ドードー鳥絶滅の瞬間を全妖精に知らしめることとなったのです。ステージ上での彼の笑顔と、その直後の消滅は、皆の心に大きな衝撃として焼き付けられました』

『以降も、不審とも言える絶滅は続きました。リョコウバトやステラーカイギュウ、モア、フクロオオカミ。それまで何の問題もなく繁栄していた動物達が、次々に消えていったのです』

 見慣れない姿の動物の絵が現れては消えていく。

『恐れを抱いた妖精達はようやく、生命界を調べ始めました。そして、今まさに絶滅の危機を迎えている種が数多く存在していることに気が付いたのです』

『焦りを覚えたのは絶滅危惧種の妖精達でした。このままでは自分も消滅してしまうからです。いつか消える身とは理解していても、あまりに急な危機を受け入れることができなかったのです。彼らは生命界に起こっている異変を、妖精王の責任であるとしました。妖精王とは、その名の通り、妖精達を統べる者のことです』

『絶滅危惧種の妖精達は、妖精王に対し、王の座を降りるよう要求します。しかし王はそれを拒否しました。妖精王国軍と反乱軍の戦いはここに端を発します。反乱軍を名乗るもの、つまり絶滅危惧種の妖精達は、自らの組織をこう名付けました』


 壁に英単語が映る。

 「Become Extinct And Red Date」


Become Extinct絶滅種  And 及び  Red Date絶滅危惧種。消えていった妖精達も含めた彼らの呼称は、そのイニシャルをとって【 B.E.A.R.Dビアード】と読みます』

「ええっ」

 ツバメが声を上げた。

「それでビアードなの? 私はまたヒゲの意味だと……」

「なんでもかんでもヒゲと結び付けないで欲しいニャ」

「あんたが言わないでよ!」

「それに奴らの組織時、まだ魔法の付けヒゲは生まれてないモニャ」

 たしかに、この時点で付けヒゲの話は出ていない。


『妖精王に味方する者「国王軍」対「ビアード」の戦いは始まりました。とはいえ、今まで戦争などとは無縁だった妖精界。攻め方も守り方も、誰も知りません。初期の争いは非常に稚拙なものでした。激辛ライムパイ事件、第二次落とし穴の乱、春のタンポポ合戦などが有名なところですが、いずれも最後はうやむやに終わっています』

「何でうやむやなのよ」

『そういったわけで、戦争自体は牛のよだれの如くダラダラと続き、一向に終わる気配がありませんでした。国王軍に比べ、ビアードの数はとても少なかったですが、彼らは粘り強く戦いを挑み続けます。そして次第に狡猾な手段を取るようになっていきました。勝敗に己の存亡がかかっていると信じるビアード軍。その執念は強かったのです』


 銭湯の壁に、いくつもの顔が映し出された。目つきの悪い長髪の男、大口を開けて笑う老婆、瞑想するように目を閉じる太い眉の青年、そして不敵な笑みを浮かべてこちらを睨む子供。

「あっ、マオマオ!」

 ツバメはその顔を指差した。

 つい先日、市内山中の神社にて、ツバメと陽子が撃退した妖精である。魔法の札を操る少年マオマオは手強く、2人がかりでもギリギリの勝利だった。

「そう。こいつらはビアードの幹部達ニャ。ちなみにマオマオはネコギギという魚の妖精だモニャ」

 ウィスカーが言うあいだも、ビアード軍の顔写真は流れ続ける。

 その中に、ツバメは更に見覚えのある人相を発見した。

「えっ⁉︎」

 青白い肌をした長い顔。濃いまつ毛に高い鼻。澄ました表情で、短い髪を掻き上げている。

「これ青木さんじゃない⁉︎」

「知ってるのかニャ!」

「ああ、あんたはニアミスだったっけ。この人、迷いネコ騒ぎのときにたまたま出会った変人よ。あのときはもっと、ヒゲの剃り跡が濃くて、鼻から下が真っ青だったけど」

「なんてことニャ! まさか、キミがヒゲグリモーだってことは……」

「多分、私の正体を知って近づいて来たんじゃないとは思うけど……。この人もネコ探してるだけだったみたいだし」

「そうか。だけど危なかったニャ」

 ウィスカーは前足を組んだ。

「そいつの本名はソリアット。オオコウモリの妖精ニャ。ビアード軍の幹部内では下のほうニャけど、何を考えてるかよくわからない奴だニャ」

「しかしまさか妖精だったとはね。どうにも浮世離れした変な人だと思ったけど」

「ヒゲ剃り跡が目立つってことは、多分『青髭っぽいヒゲ』を付けてるニャ。ううむ、これは厄介な組み合わせだニャ」

「あれも魔法のヒゲだったの?」

「キミや陽子のヒゲとは違って、顔に貼り付けるフィルムタイプニャ。しかしキミもいい加減、ヒゲに特徴のあるキャラにはピンと来て欲しいモニャ」

「あんたがさっさとこの映像を見せていればよかったんでしょ。こっちはヒゲグリモーが何なのかもよく知らないのよ」


『チャプター3「ヒゲグリモー」』

 ツバメの不平に応えるかのように、続きが流れ始めた。

『やがて、国王軍の活躍により、ビアード軍幹部の多くは捕らえられ、投獄されていきました。しかし戦争は終わりません。それは生命界において、毎日のように新たな種が絶滅の危機に陥るためです。戦争中に、ビアード軍に加入する妖精は少なからずいました』

『困り果てた妖精界の王は考えました。このままでは自軍、ビアード軍ともいたずらに被害を拡大させ続けるだけである。まずはこの戦争を終わらせることが最優先だ。そのためには戦い方というものを学ぶ必要がある、と。しかし、妖精界のどこをひっくり返そうと、戦略や兵法について知ることはできません。そこで妖精王は思い付きました。人間に倣えばいいのだと』

『人類誕生から今日までの歴史は、常に戦いとともにありました。財産や領土の奪い合いに、権力闘争。立場や人種、宗教の違い。諍いの種はどこでも尽きることがありません。その中で人間は様々な戦略や武器、科学技術、医術、組織の動かし方などを生み出してきました。戦争自体の善悪は別として、これは妖精にはない才能に他なりません。人間の持つ知恵や無限の想像力をどうにか取り入れることはできないか。妖精王は人類の歴史の本を手に入れ、一生懸命読み込みました。そして、とうとう気が付きます』

『それは、「優れた才能を発揮し歴史に残る活躍をした人間、すなわち偉人には、ヒゲを生やした者が多い」ということでした』

「はあ⁉︎」

 ツバメが裏返った声を上げた。

「き、急にヒゲが出てきたけど」

『国王や皇帝、将軍と呼ばれる指導者。それに芸術家に数学者、音楽家、賢者や宗教家。偉大な功績によりその道を拓いてきた者達はことごとく特徴的なヒゲを……』

「ちょっと止めてよ!」

 ツバメが音声を遮った。

「一体どこに注目してんのよ妖精王は。まさかそんな理由で付けヒゲ作ったってんじゃないでしょうね」

「な、何がおかしいニャ!」

「妖精界ってバカの王様が治めてるわけ?」

「バ、バカとはなんニャ! 大発見ニャぞ!」

 ウィスカーは赤くなって言った。

「ヒゲと偉業に何の関係があるわけ? そんなもん、その時代の文化とかおしゃれで生やしてるだけでしょうよ」

 ツバメは呆れたように首を振る。

「そもそもそんなにヒゲの人ばっかりじゃないでしょ、偉人って。ナポレオンとかベートーベンのヒゲ生やした絵見たことある? エジソンは? シェークスピアは? それに、女の人にだって偉い人は沢山いるじゃない。女性は無視ってこと?」

「それ言いだすと色々ややこしくなるニャ。ちょっと待て、シェークスピアはヒゲあるニャろ」

「とにかく、実にくだらない着眼点ってことよ!」

「そうとも言いきれないニャ! 服装や髪型と同じように、ヒゲの生やし方だって自分の地位とかアイデンティティを示す立派な要素なんニャぞ。もはや個人の歩みそのものがヒゲに込められていると言っても過言ではニャい!」

「それ以上の過言を聞いたことないわよ。そんなんだから妖精界は戦争ひとつ終わらせられないんだわ」

「当事者に向かって……、相変わらず良い性格してるニャ。まあ、もう少しで終わるからとりあえず最後まで観てくれニャ」

 ウィスカーは一時停止していた映像を再開させた。


『妖精王は、生命界へと使いを送り込みました。ちなみに、その当時はまだ妖精界と生命界の間を自由に行き来することができました。現在のような強い結界が張られたのは約10年前、妖精戦争の激化に伴う被害が生命界へ出ないようにするためです。さて、妖精王の使い達は生命界中を飛び回りました。そして、偉人達の住んだ家や遺品、墓などから、彼らの遺したヒゲを採取しまくりました。国王から開拓者。科学者や数学者。指揮者、ガンマン、大剣豪。武将に海賊、独裁者。ファラオやスルタン、果ては魔術師まで。多くのヒゲが妖精王のもとに集まります。妖精王は臣下とともに研究を始めました。集まったヒゲの多くは1、2本程度で、中には見えないほどに小さなものもありましたが、量は関係ありません。特殊な技術で培養し、増やすことができるからです』

「気持ち悪っ」

『研究開発を重ねた結果、ついに出来上がりました。それは人間の持つ無限の才能、そして妖精界の魔法を掛け合わせたハイブリッド兵器。体力を強化する変身機能と特殊能力を備えた、そう、魔法の付けヒゲです。その種類はおよそ100。付けヒゲで変身した戦士を総称して、ヒゲグリモーと名付けられました』

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