その16

「まあ、マルガレーテちゃんたらビッチョビチョ。最初から私のところへ来ていれば、こんな目には合わなかったんでちゅよ?」

「青木さん!」

「ん?アラ、また会ったわね。お嬢ちゃん」

青木はツバメに向かってウインクを投げ掛けた。

「アナタもびしょ濡れになって頑張ったようだけど、骨折り損だったわね。言ったでしょう。ミセス.マルガレーテを捕まえるのはこの私だって」

言われたツバメは無言で肩をすくめて見せた。

青木は勝ち誇った様子だが、ツバメの役目、付けヒゲの回収という仕事はすでに終えている。

正直、あとはどうでもよかった。


「お前の友達か?あいつ」

水を掻き分けやってきた陽子が、ツバメと青木を交互に見た。

「いえ、夕方に知り合ったばかりなんですけど......」

少なくとも友達ではないが、言い方次第では陽子が青木に突っかかっていきかねない。

なんと説明したものか、ツバメが表現に迷っていると、

「汚ねえぞ!いきなり現れやがって!」

代わりに青木へ怒鳴ったのは、ツバメからマルガレーテを取り上げた男だ。

「横取りなんざ許されねえからな!」

対して、青木は手の甲を口に当て高らかに笑う。

「オーホホホ!言い掛かりね!このネコちゃんをお家に届けた者の勝ちなんじゃなかったかしら⁉︎」

至極当然の返しをされた男はぐうの音も出ない。

他の者達も、突然登場した異様な風体の青木を前に二の足を踏んでいた。


「じゃ、他に文句がないようならこの辺で失礼するわ。早くマルガレーテちゃんを届けて褒めてもらうんだから。アナタ達も川遊びが済んだら帰るのよ。チャオ!」

そう言うと青木は大きく跳躍し、角刈り男から別の男の肩に飛び移った。

「ぎゃあ!」

「ぐえ!」

「げがっ!」

取り囲む人間達を飛び石のごとく踏み、青木は川岸に至る。

ホホホホホ!

彼は笑いながら土手を登り、夜の闇に姿を消した。


静まり返る人々のなか。

「おいツバメ。マジでなんだったんだ、あのオカマ」

陽子が改めて訊すと、

「すいません、やっぱり全然知らない人でした」

そうツバメは答えた。



リンゴーン。


大邸宅に似つかわしい、重厚な音色のインターホンである。

「......はい」

しばらくして、正門に顔を出したのは若い男だった。

スウェットの上からでも、鍛えられた上半身の筋肉が見て取れる。

一方、縦にひょろ長い青木は、

「ここ、蜜井さんのお宅よね?」

にこにこしながら尋ねた。

「だったらなんだ」

男は威圧的な声音で言う。

「お探しの品をお届けにあがりましたあ」

青木はおどけた調子で、背中に隠していたマルガレーテを掲げて見せた。

「おう、そうか。ごくろうさん」

男はにこりともせず、マルガレーテに手を伸ばす。


しかし青木はくるりと回って男を避けた。

「待って待って。蜜井さんはどこ?私が直々に渡したいから、会わせてちょうだい」

「あ?留守だよ。金ならあとで振り込んでやるから、今日はもう帰れ」

面倒くさそうに男は言い、再びマルガレーテを受け取ろうとする。

「ダメよ、せっかちな男ね」

青木は出された手を払いのけた。

「何度も言わせないで。私が、おたくの婦人へ、直接、このネコちゃんを返すのよ」

「なに言ってんだ、お前?」

スウェットの男は額にスジを立て睨むが、青木は全く意に介さない。

「私ね、蜜井さんを褒めてあげたいの。だって素晴らしいじゃない。飼いネコを探すために大金を出すなんて。あなた達の間では、500万円っていったら結構な額なんでしょ?これぞ愛よね。私、人間って総じてクズだと思ってたけど、あの動画観てすごく感動しちゃったわ。ああ、他の生き物を大切にする者も少しはいるんだなあって。だからね、私お金なんかいらないの。自分の手でネコちゃんを渡して、これからも大事に飼ってねって言いたいわけよ。おわかりかしら?」

「はあ?ベラベラと気色わりい野郎だな」

男は苛立ちを露わに声を荒げた。

「お前こそわかれや。奥様はいねえっつってんだろうが」

「それなら待たせてもらうわ」

青木は笑顔で言うと、敷地内に足を踏み入れた。

「おいコラ!勝手に入るんじゃねえ‼︎」

その瞬間男は激高し、青木に掴みかかる。


しかし、パアン!と弾けるような音が響くと共に、気付けば男は鉄柵の門に顔から激突していた。

青木が彼の頬にビンタを放ったのである。

「がっ、あっ」

ズルズルと地に崩れ落ちる男を一顧だにせず、

「まあまあ、固いこと言わずに」

青木は颯爽と邸宅に侵入した。


「誰かいないのー?お茶が欲しいのだけれど」

幅の広い廊下に革靴の音を響かせつつ、青木は壁に並んだ豪奢な扉を順に開けていく。

「大きなお屋敷ねえ。応接室はどこかしら」

「な、どちら様ですか⁉︎」

青木の声を聞きつけ、廊下の奥からエプロン姿の若い女がやってきた。

「どうやって入って来られたんですか⁉︎」

見知らぬ大男におののく女に青木は優しく微笑み、胸に抱いたマルガレーテを見せる。

「おたくのお嬢さんを見つけたんだけど」

「え?......あ、失礼致しました!少々お待ち下さいませ」

女はパタパタと奥へ引っ込んでいく。

そのあとを青木が勝手に付いていくと、廊下を曲がった先には地下へと続く階段があった。


下から声が聞こえてくる。

「ちょっとアンタ佐々木!この部屋には来るなと言っているでしょう!」

「申し訳ございません奥様。しかし、例のモノが見つかりまして、捕まえた方が上にいらしてます」

「マア、思ったより早かったわね。というか佐々木!なんで他所者を家に上げたのよ!」

「それが、何故か勝手に入ってきていて......」

「だから!どうして入れちゃうのよ!後藤は何をしてるわけ⁉︎」

「さ、さあ......」


階下のやりとりに耳を傾けた青木は、階段を降りていく。

「なによ、やっぱりいるんじゃない」

地下の廊下には照明がなく、暗がりの先、半開きになった扉が1つあるだけだった。

「お邪魔してまーす」

青木が地下室に入ると、先ほどの女佐々木と蜜井優子が勢いよく振り向いた。

「な、何よアンタ!ちょっと、誰か来てえ!」

気色ばんで叫ぶ蜜井婦人。

「よして、怪しい者じゃないの。私は......」

対して、宥めるように手の平を見せる青木だったが、そこで彼は硬直した。

血の気の引いた顔で、ぎこちなく室内を見回す。

「これは?」

ギイギイ、キャッキャッ、グルルルル......。

悲しげな鳴き声を上げるケージや鳥かご、水槽の数々。

「いや、あの......」

慌てて取り繕おうとする蜜井婦人へ、再び青木は静かに訊いた。

「これは、一体なに?この子達をどうするつもり?」



日報新聞朝刊 10月6日号朝刊より抜粋。


『昨夜5日午後8時ごろ、林真下市W町の民家に男が押し入り、家にいた住人夫婦及び家政婦ほか4人に殴る蹴るなどの暴行を加え、全治6カ月の重傷を負わせた。犯行後に男は逃走。被害者の証言によると、男は30代から40代。身長は190cm以上で痩せ型。身元や犯行動機はわかっていない。林真下署は逃げた男の特定を急ぐとともに、行方を追っている。』


同紙 10月7日号朝刊より抜粋(一部省略)。


『......林真下署は保護動物の密猟、及び不法売買に関わったとして、林真下市の貿易商 蜜井雄次(54)とその妻優子(52)を逮捕した。蜜井容疑者は貿易商としてアフリカ地域を中心に食料品の買い付けをするかたわら、現地の密猟組織と取引を行っていた疑いがある。容疑がかかったのは5日......


......同署の報告によれば、容疑者宅から、特定動物や絶滅危惧種に指定される生物が、計18種54頭発見された。いずれも海外から不正に仕入れたものとみられ、また闇サイトを通じて国内で販売していた可能性がある。蜜井夫妻は現在までのところ容疑を否認。警察は事情聴取を続けるとともに、入手経路や販売先についての捜査を進めている。』

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