その10

カラカル。

その聞きなれない名前にツバメが眉根を寄せると、

「ああ、『ネコまっしぐら』の?」

加代が声を上げた。

「違う」

学は一蹴する。

「カラカルはネコ科の生き物だよ。オレンジ色の身体と、眉毛のような額の模様、それから黒い耳は、小さい頃に図鑑で見たことがある。たしかピューマやオセロットと同じページに載っていた。生息地は多分アフリカとか中東とかだったと思う」

「ふうん、そんな動物知らなかったわ。日本ではあんまり見かけないペットよね」

やっぱり金持ちは珍しいものを飼いたがるんだ。

そうツバメが言うと、学は首を振った。

「いや、それどころか日本で飼うのは相当難しいと思う」

「稀少な生き物だから値段が高いってわけ?」

「値段もだけれど、そもそも入手自体が難しいと思う。ペットショップで買えるような動物じゃない。それに他にもハードルがある」

学は人差し指を立てた。

「イエネコ以外の、つまり飼育用ではないネコ科の生き物は、全般が特定動物に指定されていた筈だ。だから家で飼うとなると、自治体に届け出を出して許可を得なくてはならない。そして何より、基本的にネコ科は気性が荒い。他の動物を狩って生きる肉食獣だからね。まだ子供のマルガレーテでさえ飼いならすことは難しいだろうし、成長したら更に凶暴になる。当然外にも出せない。一生、厳重な飼育小屋の中に閉じ込めて置かなくてはいけないんだ」

学はスラスラと説明した。


「へえ、凶暴な動物なのね。......あれ、待ってよ」

ツバメはふと気が付いた。

「マルガレーテって子供なの?けっこう大きかったけど。それに蜜井婦人は動画で、10年から一緒に暮らしてるって言っていたわ」

「多分ウソだと思う。成長したカラカルは中型犬くらいの大きさになるんだよ。それに耳の先に房のような毛が生えるからすぐに大人とわかる。あとマルガレーテは目つきこそ鋭かったけれど、あれはまだ幼い顔だった。生まれてから1年も経っていないくらいの」

「ちょっとしか見てないのによく気付くのね。でも、どうして蜜井婦人はそんなウソを言ったのかしら」

ツバメが問う。

「それはきっと......、マルガレーテがカラカルという動物だってことを隠したかったがためじゃないかな」

学は話しながら考えをまとめているようだった。

「蜜井さんは動画の中で自分のペットを、特に種類については触れず、ただ『ネコ』と言った。まあ、カラカルもネコ科ではあるけれど、厳密に言えば間違っている。トラやライオンをネコと呼ばないのと同じことだ。だけど飼い主である蜜井さんが間違うわけがないから、この表現は意図的だったと考えられる。つまり、蜜井さんはあくまで一般のイエネコを探している風を装っていたんだ。その手前、あの大きさでまだ子ネコだなんて言えなかったんだろう」


ツバメは最初から例の動画にキナ臭いものを感じていた。

だが学の知見や推測が正しいとするなら、この迷いネコ探しは更に怪しいものとなってくる。

混乱した顔で加代が言う。

「うぅ、なんだかよくわからないよ。そもそも蜜井婦人がウソを吐く意味ってあるの?ひょっとして、そのカラカルとかいう動物を、許可を得ずに飼っていたから?」

学は頷いた。

「そう考えるのが自然だろうね。まとめると」

蜜井家から愛するペット、ミセス.マルガレーテが逃げ出した。

しかしもともと申請を出しておらず、不当に飼っていた生き物である。

警察や保健所、ペット探偵に届けを出すわけにはいかない。

夫妻だけで探すのにも限界がある。

そこで蜜井婦人は一般市民の協力を得ようと考えた。

高額な懸賞金を提示すれば、ネコのことなどよく知らない人間でもこぞって集まる筈である。

かつ捕まえた者は他人に取られないよう、すぐさま届けにくる。

かくして、マルガレーテがカラカルであることを伏せたまま回収できる、というわけだ。


「蜜井さんがマルガレーテの写真を出さなかったのも、当然視聴者にペットがカラカルだとバレないようにさ。今にして思えば、懸賞金のルールも、同じ理由だったんだろうね」

「ルールって、10分ごとに1万円ずつ減らすってやつ?それは、ネコの捜索を急がせるためでしょ?」

加代はキョトンとして言った。

「それもあるかもしれないけど」

「ああ!わかったわ」

ツバメが右手を挙げた。

「清鈴寺君が言いたいのは、マルガレーテが捕まったあとのことでしょ」

学は頷く。

「そう。もし懸賞金が時間にかかわらず一定の額だった場合。マルガレーテを捕まえた人間によっては、蜜井家に届ける前にエサをあげたり、身体を洗ってやったりする可能性がある。親切心でね。ただ、それは蜜井さんにとってはあまり嬉しくない。他人が長い時間接する分だけ、マルガレーテが普通のネコと違うことがバレやすくなるためだ。対して、懸賞金が小刻みに減るルールがあればそんな心配はいらない。できるだけ高い値段のうちに引き取ってもらうよう、捕まえた人間は蜜井家まですぐに届けにくるからさ」

「そっかあ。清鈴寺君すごい!名探偵みたい!」

感心した加代は手をばちばちと打ち合わせた。


しかし、一方のツバメは納得いかない様子で首をひねった。

「うーん」

「どうしたの?」

加代が問う。

「でもね。それってあまりにリスキーな作戦じゃないかしら。私が蜜井婦人だったら、不当に入手したカラカルが逃げ出して、それでどこかで捕まったとしても知らんぷりするわね。どうせ飼育のための申請を出してないんだから、自分が逃したなんてまずバレないし、飼い始めたばかりの子ネコなら愛着も大してないでしょ。捜索に何100万円もかけるなら、そのお金で別のペットを買うわ」

「ドライな考え方だね、ツバメちゃん」

「合理的と言ってくれない?」

すると、

「なるほど......。たしかにそうだね。紺野さんの言う通りだ」

学の顔が曇る。

「あっ、でもあくまで私ならってことで......」

ツバメが慌てて言うと、

「いや、気を悪くしたわけじゃないんだ。小岩さん、たしか蜜井さんの夫は貿易商をしているって言っていたね」

学は加代に訊いた。

「うん。色んな国に行ってるから、あんまり家にいないみたいだけど」

加代が答えると学は黙り込む。

そして、

「なんだか嫌な感じになってきたな」

ぼそりと呟いた。

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