その11

「このネコ探しには、興味半分で関わらない方がいいかもしれない」


「どうしたの、急に?」

唐突に切り出した学に、ツバメは尋ねる。

「紺野さんの指摘は正しいよ。たとえ蜜井さんが違法でペットを手に入れ、飼育していたとしても、それを回収するだけのためにここまで大胆で、かつ危険な作戦を実行するだろうか」

高額な懸賞金を掲げたとはいえ、マルガレーテが戻ってくる保証はどこにもない。

それなのに蜜井婦人はわざわざ動画をネット上にアップし、自らの顔まで晒しているのだ。

学は続けて言う。

「思うに、蜜井さんは相当に焦っている。どんな手を使ってもマルガレーテを回収しなくてはならない事情があるからだ。そしてその事情とは、おそらく法的に罰せられるとか罰金を払わされるとかの範囲じゃない。もっと大きな何かを蜜井家は恐れているんだ」

学は街灯の向こう、マルガレーテの消えた薄闇を見つめた。


加代の喉がごくりと鳴る。

「え、えぇ......?それって怖い話?」

「ごめん、僕もよくわからなくなった」

学は硬い表情を崩し、ツバメと加代の方を向いた。

「探偵小説が好きで、ついおかしな想像ばかりしてしまうんだ。何の根拠もないのに」

そう言って彼は、星の瞬き始めた空を見上げる。

「もう遅いし、そろそろ帰ろうか。マルガレーテはこの目で観られたし、きっと誰かが捕まえてくれるだろうさ」

「そうだね、帰ろ帰ろ」

すっかり怖気付いた加代は小刻みに頷いた。


そのとき、

「おーい、ヒバリー!」

手を振って駆けてくる少女がいた。

その声にツバメは振り向く。

「ああ、こんばんは日向さん。またやってくれましたね」

「けへへ。お世話になりやす」

ボサボサ頭を掻きながら、舌を出す日向陽子。

その姿に、加代が後ずさった。

完全にビビっている。

「ひ、日向先輩?」

彼女は信じられないという風に、ツバメと陽子を交互に見た。

自らの親友と、学校内でも有名な問題児がいつの間に知り合ったというのか。

しかもツバメの方が上から口調で話している。

「えっえっ、どうして?ツバメちゃん、先週まで日向先輩のこと知らなかったじゃん」

加代はツバメの耳元で質したが、

「色々あったのよ」

ツバメはうんざりした様子で肩をすくめるばかりだった。



「勘弁して下さいよ、毎回毎回。日向さんの好き勝手に暴れたツケが全部私に回ってくるんですからね」

学、加代と別れ、日の暮れた道を早歩きに進むツバメは口を尖らせた。

「だから悪いと思ってるって」

短パンのポケットに手を入れ、背中を丸める陽子。

「でもお前だってどうせネコ探してたんだろ?」

「そうですけど、別に好きでやってたわけじゃなくて」

「じゃあ何でだよ?」

「それは......、頼まれて仕方なく。まあ、もういいです。そんなことより」

ツバメは言葉を濁し、話題を変えた。


「マルガレーテのことなんですけど」

「あれはただのネコじゃないモニャ」

陽子の背負うリュックサックから、ニュッとウィスカーの首が出た。

「うん、カラカルとかいうやつでしょ?」

即座にツバメが答える。

「なんニャ、ボクから言おうと思ってたのに」

ネコ妖精としての仕事を取られたとばかりに、ウィスカーは丸い顔を更に膨らませた。

「やっぱり。清鈴寺君の見抜いたとおりね」

「誰ニャ」

「ああ、さっきのメガネ少年か?わかった、あいつからネコ探しに誘われたんだな」

妙なところで察しの良い陽子である。


ツバメは動揺を咳払いでごまかしつつ言った。

「それで、そのカラカルなんですけど。どうやら蜜井婦人が違法に飼育していたんじゃないかと。これも清鈴寺君の推測ですが」

「ハニャニャ、困った人間がいたもんニャ。でもまあ、どうでもいいニャ。ボクらの目的は付けヒゲを取り戻すことだモニャ」

「だから!ヒゲを取り戻すためには、その怪しい出自のマルガレーテを捕まえなきゃならないってことでしょ!もう嫌なの、危険なことに巻き込まれるのは」

「危険なんかねえだろ。単純な話じゃねえか。ネコを捕まえりゃヒゲが戻るし金も入る。一石二鳥ってやつだな」

「全っ然違います!ヒゲを回収する仕事は、勝手に日向さんが増やしたんですから。言うなればマッチポンプです。全部日向さんのせいです」

「お前さ、はっきり言い過ぎだろ。もっとビブラートに包めよな」

「日向さんのせ〜い〜」

言われた通りに裏声を震わせるツバメだったが、陽子はからかわれたことに気づかない。


「なんだそりゃ。ところで、アタシ達どこへ向かってるんだ?」

陽子の一言に、ツバメははたと立ち止まった。

「え、日向さん達はマルガレーテのいどころがわかってないんですか?」

「知ってるわけねえよ、あんなチョロチョロ動くもん」

2人とも相手まかせで歩いていたらしい。

「もう!さっさと私のヒゲ出して!」

ウィスカーから付けヒゲを受け取ったツバメは、灯りのない路地に駆け込む。


そして、

「うず巻き、だて巻き、ドリル巻き!ヒゲエンビー参上!」

シルクハットに燕尾服、フリルスカートに巻きヒゲといういつもの出で立ちで、彼女は戻ってきた。

「何回変身しても恥ずかしいのよね」

ぶつくさと言いつつ、ツバメは右手に握った指揮棒、エンビータクトを振り出す。

「そうか、その手があったニャ」

ウィスカーの顔が輝いた。

ツバメはすでにマルガレーテと遭遇している。

よってエンビータクトを使えば、周囲からマルガレーテの足音をサーチできるのである。


果たして。

求める音はすぐに見つかった。

今もマルガレーテは逃げ回っているらしい。

タクトの先端から5本の光線が伸び、ツバメの左斜め前方、民家の塀の中へと吸い込まれていく。

「あっちの方向ニャ!急ぐニャ!」

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