その9
そこには、蛍光灯の光を浴びて立つ、オレンジ色のネコがいた。
翡翠色に光る鋭い目でツバメ、加代、学の3人を見返している。
そして。
ネコの頭の上には、宝石のはまった金の王冠が乗っかっていた。
更に、茶色のヒゲが小さな顔をたてがみのように囲っている。
間違いない。
あれは陽子の付けヒゲを奪ったマルガレーテが、ヒゲシャイニーのネコバージョンに変身した姿だ。
マジに変身してしまっている。
「ツバメ、聞いてるかニャ!マルガレーテはただのネコじゃ......」
「もういい、こっちで見つけた。早く来て!」
ウィスカーの言葉を遮り、ツバメは電話を切った。
対峙するネコと3人の中学生。
「どうしよう、また出たよ!早く捕まえなきゃ」
慌てふためく加代。
それとは対照的に、
「あの王冠とヒゲみたいなアクセサリーはなんだ?さっき見たときはあんなの付けてなかったよ」
当然の指摘をする学。
ツバメはぎくりとし、慌てて言った。
「ほ、本当ね。もしかして、さっきのとは別のネコなのかもしれないわ。マルガレーテじゃないのかも」
「いや、この子はさっきと同じネコだよ。どうしてあんな飾りが付いたのかはともかく、それ以外の特徴が全て一緒だ。それから、こうして正面で見ると、やっぱりあれがマルガレーテで間違いないみたいだね」
いささか緊張した面持ちで、学はネコの顔を指した。
やけに確信を持った言い方である。
「どうしてわかるの?」
「蜜井さんの絵をよく思い出してごらん」
「えっと、......あっ!」
加代が気付く。
「眉毛だ!あの子眉毛があるよ!」
ネコの鋭く光る目の上、狭い額の中央には2筋、縦に伸びる黒い模様が浮かんでいた。
「たしかに」
ヘタな絵の中にも、わずかなヒントがあったのである。
「でも、どうやって近づいたらいいの?また逃げちゃうわよね」
街灯に照らされる中、まんじりともせずこちらを見つめるマルガレーテを前に、ツバメは動くことができない。
「うちらに敵意がないことを示したらいいかも」
加代が小声で言う。
「なるべく目を合わさないようにしてゆっくり進むの。三方から囲むように」
彼女はそろりと足を踏み出した。
そのときである。
「いたぞ!」
「マルガレーテだ!」
3人の背後から盛大な足音と共に、数人の男達が駆け寄ってきた。
瞬間、マルガレーテはびくりと身体を震わせると、一目散に闇の中へと姿を消す。
「待てコラ!」
続いて男達も後を追い、消えていった。
「ああっ、もう!」
ツバメは地面を蹴る。
「あんな風にしたら逃げられるに決まってるのに!」
「私達も追いかけなきゃ」
加代が走り出そうとすると、
「待って」
学が呼び止めた。
「少し考えさせてくれないか。気が付いたことがあるんだ」
「な、何が?あの王冠のことならただの飾りだと思うけど」
びくびくしながらツバメが問う。
「いや、そこじゃない。待って、もう少しなんだ」
学は顎に手を置いた。
そうしてしばし沈黙した後、彼ははたと顔を上げる。
「そうだ。思い出した」
「何を?」
「マルガレーテの品種、というか種類についてさ」
学は言う。
「僕の記憶が正しければだけど、あれはただのイエネコじゃない。というより、ネコじゃない筈だ」
「ネコじゃない?」
「どう見てもネコだったけど」
ツバメと加代は揃って怪訝な顔をする。
しかし学は、
「あれは多分」
メガネを押し上げつつ言った。
「カラカルだよ」
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