その8
「ばっっっかじゃないの‼︎⁇」
ウィスカーからの報告を聴いたツバメは、あらん限りの声で叫んだ。
「ひいっ!」
電話の向こうで悲鳴をあげるウィスカーに対し、ツバメは更に罵声を浴びせる。
「どうしたらそんなことになるか、まるで考えつかないわよ!この救いようのないバカコンビ!」
「うぅ、ぐうの音も出ないニャ。まことに遺憾ニャ。慚愧の念に堪えないニャン」
ウィスカーの言葉の合間に、ヘラヘラと笑う声がした。
「陽子、しっ!とりあえずツバメに反省の念を示すニャ!」
ウィスカーが小声で言っているが、丸聞こえである。
「ていうか私に謝ったってしょうがないからね!関係者じゃないんで」
「いやあツバメさん、そう冷たいこと言わニャいで、ハハハ......。とりあえず経緯を説明するから聴いてほしいニャ」
ウィスカーは力ない笑い声でごまかしながら言った。
「まずニャ、ボクらは例のネコを見つけたモニャ」
それはツバメ達がマルガレーテに遭遇し、そして逃げられた直後のことらしい。
ツバメチームと陽子チームは案外近くにいたようだ。
民家の塀の隙間から飛び出してきたマルガレーテに、その場をうろついていた者達が気付き、そして騒ぎを聞きつけた陽子が追跡に参加した形らしい。
「それでニャ。陽子とか他の人間達が囲んだり誘い込んだりで、マルガレーテを袋小路へ追い詰めたモニャ」
細い裏路地の突き当たりにて。
三方を高い塀に、残る一方を人の壁に阻まれ、立ち往生するしかないマルガレーテ。
狭い空間を落ち着きなく歩き回るネコを前に、賞金稼ぎ達の間に緊張が走った。
あとは誰が捕まえるかである。
協力して壁を作る一方で、彼らは敵同士なのだ。
「そのときニャ」
突如、陽子が暴挙に出た。
なんと彼女はウィスカーに、魔法の付けヒゲを使わせるよう要求してきたのだという。
素早い小動物を捕らえるには、ヒゲグリモーに変身するのが早道だと思ったのだろう。
ウィスカーは反対した。
その理由はもちろん、周りに大勢の人間がいるからだ。
ヒゲグリモーとなった陽子の姿を人目にさらすわけにはいかない。
だが、秘密うんぬんなどどうでもいい陽子は引き下がらなかった。
「早くしろ、他の奴に先を越される!」
「ダメったらダメニャ!」
「うるせえ、よこせ!」
彼女はリュックサックに手を突っ込み、乱暴にもウィスカーの持つ小さなトランクを勝手に開けたのである。
「よすニャ、離すニャ!」
リュックの中、陽子の手にかじりつくウィスカー。
「いいじゃねえか!最初に泣きついて来たのはお前だぜ⁉︎アタシがとっととマルガレーテを捕まえりゃあ解決だろ!」
「だけど人前でヒゲは使えないニャ!何度言ったらわかるニャア!」
「関係ねえ!」
はたから見ればどのように映っていただろうか。
リュックとケンカをする陽子だったが、格闘の末、彼女はとうとうヒゲシャイニーの付けヒゲを奪い取った。
「ニャニャア!返すニャ!」
「よっしゃああ!」
顎ヒゲを天に掲げる陽子。
しかし、取っ組み合っていたせいで彼女は気が付かなかった。
マルガレーテがこちらに向かってくることに。
追い詰められた窮鼠ならぬ窮ネコは、背中の毛を逆立てキバを剥き、恐ろしい速さで人間様の包囲を突破しにかかったのである。
「うわあっ、来た!」
「逃すな!」
「隙間をふさげ!」
日の落ち掛けた路地の中、皆が慌てて目を凝らすが、小さなミサイルは次々と人間達の足の間をすり抜けていく。
「おら、待て!」
1人の男が屈んで腕を伸ばすも、マルガレーテは男の頭を踏み付け、大きく跳躍した。
そして陽子の脇をかすめると、ついには包囲網から脱出してしまったのだった。
「くっそ、遅かった!」
陽子は舌打ちをし、急いで付けヒゲを装着しようとする。
だが、
「あれ?」
彼女の手には何もなかった。
どこかへヒゲを落としたか?
そう陽子が思った矢先、辺りに謎の光が差す。
「なんだ⁉︎」
光源を目で追った陽子、及びリュックの中から外を覗いたウィスカーはそこで愕然とした。
路地から表通りへと猛スピードで逃げていくマルガレーテ。
その全身が光り輝いていた。
直後、聞き覚えのあるファンファーレが鳴り響く。
「ウソだろ、おい......」
あっという間に姿を消したネコに向かい、陽子は呟いた。
「というわけニャ」
ウィスカーは震える声で説明を終えた。
「つまりは」
スマホを耳に当て、ツバメは状況を整理する。
「逃げるマルガレーテに偶然、日向さんの振り回していた付けヒゲがくっ付いたと。それでマルガレーテがヒゲグリモーに変身してしまった。そしてそんなマルガレーテを、懸賞金目当ての人間達が大勢で狙っている、と」
「ニャアア!筋立てて言わないでニャ!」
電話の向こうからガリガリという音が聞こえてきた。
ウィスカーが頭を掻きむしっているのだろう。
「事実を受け入れなさいよ。まったく、すぐパニックになるんだから」
ツバメは眉間を揉みつつ言った。
「うだうだ言ってないで早くマルガレーテを捕まえに行けば?私に連絡くれてる場合じゃないでしょ。万が一、他の人に先を越されてみなさいよ。あんたの大事な付けヒゲが明るみに出ちゃうかもしれないじゃない」
「わかってるニャ!それが一番困るニャ!」
「そうなんでしょ。ほら、元気出しなさいよ」
ツバメは少しだけ声を和らげた。
彼女は正直、魔法の付けヒゲなどどうなろうと知ったことではない。
だがウィスカーにとってはどれだけ大切なものであるかということを、短い付き合いだが理解し始めていた。
「でもニャ。もうボクと陽子じゃ解決できないニャよ。この騒ぎの中ボクは隠れてるしかニャいし、陽子はヒゲを取られてる。それでどうやってヒゲグリモーの力を得たケモノに太刀打ちするニャ」
ウィスカーの言うことが正しければ、ただでさえ大勢の人間を翻弄するマルガレーテが、更に数段上のスピードとパワーを手にしたことになる。
「それにしたって、でもでも言っててもしょうがないじゃない。起こっちゃったことなんだから。何か手を考えるのがあんたの役目で......」
そこでツバメは言葉を止めた。
ウィスカーを励ましているつもりが、嫌な方向へ誘導されている気がしたからだ。
すると案の定、
「た、たしかにキミの言う通りモニャ。立ち止まっていても仕方ニャいからニャ」
不自然な勢いで前向きになり始めるウィスカー。
だんだん雲行きが怪しくなってきた。
不安を強めるツバメに対し、
「どうにか使える手段を考えて......。あっ、たった今すごく良い案を思い付いたモニャ!」
ウィスカーは見え透いた演技で切り出した。
「ちょっと待ちなさいよ」
「ツバメ、キミがいるじゃないか!そうニャ、こうなったら残された道はただ1つ。キミがヒゲグリモーに変身して、誰よりも早くマルガレーテを捕獲する以外にないのニャ!」
ツバメに口を挟ませず、ウィスカーは一息に言い切った。
「そうくると思ったわよ!」
「希望が見えたニャ!ツバメという名の美しくも力強い希望がニャ!今すぐ陽子とそっちに行くモニャ」
「もう!バカあ!」
ツバメは大きなため息を吐いた。
結局またまたヒゲグリモーにならなくてはならないらしい。
「てかさあ、私なら変身してもいいわけ?」
「さっきとは状況が違うニャ。それにキミはとっても賢いし美人だから信頼してるモニャ」
「白々しいのよ、さっきから」
「おいニャンコ。アタシだってそこそこ美人だろ」
ウィスカーの声に混じり、ヒゲを奪われた張本人が何やら言っているが、ツバメは無視をする。
「でも、私がマルガレーテを捕まえられるとは限らないんだからね。もともと生き物は苦手だし。大人のネコなんか力も強いでしょ」
「あ、それなんだけど、言おうと思ってたニャ。マルガレーテは......」
「ツバメちゃん!」
ウィスカーが何か言おうとしたとき、加代が叫んだ。
「なに?」
ツバメは通話を中断し振り向く。
「出た、あそこだ!」
学が通りの先、街灯の灯る電柱の根元を指差した。
そこには、蛍光灯の光を浴びて立つ、金色の王冠をかぶったネコがいた。
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