その7

これまでのあらすじ

W町のとある家から逃げ出したネコ、ミセス.マルガレーテに、飼い主が莫大な懸賞金をかけた。

懸賞金は500万円からスタートし、10分が経過するごとに1万円ずつ減っていくという。

多くの人々が迷いネコ探しに沸くなか、嫌々ながらもネコ探しに参加することになったツバメはネコ妖精ウィスカーに連絡をとるが、まともな情報は得られない。

もしやマルガレーテなどハナから存在しないのでは、と疑い始めるツバメだったが、直後にそれっぽいネコが姿を現わした。



「追い掛けよう!」

「ああっ、置いてかないで」

「早く!見失うわよ!」

見る間に小さくなるマルガレーテらしきネコを追い走るツバメ、加代、学、そして謎の男青木。


しかし周囲には、彼らと同じくネコを探す人間達が溢れている。

当然、マルガレーテを発見したのは4人だけではない。

「いたぞ!」

「うおおおお‼︎」

「どけ、俺のもんだ‼︎」

そこかしこから賞金稼ぎ達が飛び出してくる。

あっという間に集団の波に飲み込まれる中、

「きゃあっ!」

ツバメは他人の肘に押されて盛大に転んだ。

「痛ったあ!なにすんのよ、野蛮人!」

地べたに這いつくばった彼女は悪態をついた。

「ツバメちゃん!」

加代と学が駆け寄り、ツバメを抱え起こす。

「紺野さん、ケガは?」

「ありがとう。大丈夫」

学が差し出した手を握り、ツバメは立ち上がった。

「あれ、青木さんは?」

加代が首を回して青木の姿を探す。

「まだ追い掛けてるみたいだ」

離れていくネコ追い集団を見ながら学が答えた。

「ここからじゃよく見えないわ」

背伸びをしながらツバメが様子を窺うと、逃げるマルガレーテに合わせ、追い掛ける人々の列が右へと曲がる。

「ああっ!」

「あの人、足はやっ!」


そこには、集団の先頭を走る青木の姿があった。

空気を切り裂くように長い両腕を振り、恐ろしいスピードで駆けていく。

他の人間達からぐんぐん距離を離し、1人マルガレーテに近付きつつあった。

「オホホホホホホ!」

気味の悪い笑い声を上げつつ、青木は身体を前傾させ腕を前に伸ばす。

マルガレーテに飛びかかる姿勢だ。

ツバメがそう悟ったと同時に。

青木は地を蹴り、ヘッドスライディングをするように跳んだ。

「ホホホ、捕まえたーっ!」

大きく広げた2本の腕がネコに襲い掛かる。


だが。

前を走るマルガレーテは即座に進行方向を変える。

通りに並ぶ家屋の隙間へと身体を滑り込ませ、姿を消した。

「あら⁉︎」

ターゲットを失った青木の両腕は空を掻く。

後先を考えない、ネコ捕獲のみを目的とした大ジャンプを放った彼である。

「ぶへーっ‼︎」

受け身も取れずに顎から着地した青木は地面を転がり、凄まじい勢いで電信柱に激突した。


「ああ......」

ツバメ達は引きつった顔で唸るほかなかった。



「なかなか手強いわね」

人々が散った後。

青い顎から血を垂らしつつ、青木は立ち上がった。

「というか、大丈夫ですか」

「死んだかと思いましたけど」

心配して追ってきたツバメ達に、

「へーきへーき。私痛いの嫌いじゃないから」

青木は手のひらを振ってみせた。

照れ隠しで言っているように見えないところが妙に恐ろしい。

「でも、あとちょっとのところでしたね」

学が言った。

もう少しで青木がマルガレーテを捕まえるところだったのだ。

「ええ、悔しいわ。だけど収穫もあったわね、お嬢ちゃん」

「はい?」

青木は痛々しい顔をツバメへと向ける。

「ミセス.マルガレーテは本当にいるのよ。イタズラなんかじゃなく」

まだその話か。

しつこく責めてくる男に、ツバメは苦い表情で返した。

「そうみたいですね。さっきのあれがマルガレーテだとしたらですけど」

「あらら、うたぐり深い子ねえ」

呆れたように苦笑する青木に、ツバメはムッとした。

「私はうたぐり深いわけでもひねくれているわけでもないので。慎重かつ冷静にものごとを考えているだけです。私が言ったのはあくまで考慮すべき可能性についてなんですから、たとえマルガレーテが実在したとして、あとからやいのやいのと言われる筋合いはありません!」

「まー、口の減らない!可愛くないわね。そんなんだと大好きなメガネ君に嫌われちゃうわよ?」

「なっ!」

ツバメは髪を逆立てた。

「関係ないでしょ、全然そういうんじゃないし!」

「やあね、ムキにならないでよ。考慮すべき可能性を言っただけなんだから」

「うぅ!」

強引にツバメを黙らせた青木は満足げに口の端を持ち上げた。

「さあ、私はもう行くわ。ネコ探し再開よ」

「え、1人で行っちゃうんですか」

加代が残念そうな顔をした。

不思議レーダーを持つ彼女は、意外と青木に懐いている。

「ええ、名残惜しいけれど。早くマルガレーテを捕まえて、蜜井婦人を喜ばせてあげなくっちゃ!」

青木は汚れた両手をシルクのハンカチで拭いながら、

「じゃあね、少年少女。縁があったらまた会いましょ!」

そう言って日の暮れ掛けた道を、優雅な足取りで消えていった。


「行っちゃった。なんだったんだろ、青木さんて」

加代が呟いた。

「おかしな人だったわ。素性も怪しいし、いなくなって清々よ。清鈴寺君、あの人さっき変なこと言ってたけど気にしないでいいからね!」

プリプリしながらツバメは言ったが、

「うん......」

学は上の空で返事をするばかりだった。

「どうしたの?」

「いや、少し気になることがあって。さっきどこかが変だと感じたんだけど、それを今思い出そうとしているんだ」

学はメガネのつるを擦るように触った。


どこかが変?

そんなの今日ずっとじゃない。

とツバメは思った。

蜜井婦人の動画に始まり、ネコ探しに沸く人々、奇妙な男青木の登場、ウィスカーの受難(これはどうでもいいが)、そういえば不覚にも学の前で派手に転んでもいる。

たかが1匹のネコに振り回され過ぎではないか。

ツバメはいい加減バカバカしく思えてきていた。

放課後まで学といられるのは嬉しいが、優雅なデートとはほど遠い実情である。

もう疲れた。

今日はおとなしく家に帰ろう。

そうツバメが2人に提案しようとしたとき。

彼女のスマートホンが振動を始めた。


実のところ、本日の彼女の苦労はこれからである。

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