その6

「もしもし、ウィスカー?」

「残念だったなあ、ツバメ!すでにウィスカーはアタシが確保した。ミセス.マルガレーテはこっちのもんだ!」

電話が繋がるなり聞こえてきた陽子のキンキン声に、ツバメは顔をしかめる。

やはりというべきか、陽子もネコ探しに参加しているようだ。

そしてウィスカーを利用しようというアイデアも先を越されていたらしい。

「日向さんですか。ウィスカーと一緒にいるんですね。何か収穫はありましたか?」

「......まあな」

一変してテンションを下げる陽子。

今のところウィスカーは大して役に立っていないようだ。

ツバメは尋ねる。

「たとえばですけど、ウィスカーを媒介してその辺の野良ネコに話を訊いたりはできないんですか」

「そんなのアタシだって思ったよ。だけど、うろついてるネコがなかなか見つからねえんだ」

「そうなんですか」

「唯一会えたクロ助も、マルガレーテなんか知らねえって言うしさあ」

「クロ助?」


ツバメは陽子から、これまでの経緯を大まかに聴いた。

「だいたいわかりました。情報をありがとうございます」

といっても、陽子らが未だ何も掴めていないということが把握できただけである。

「こちらもマルガレーテを引き続き探しますので、今後何か手掛かりを見つけたら教えてもらえませんか?」

ツバメが頼むと、

「イヤだよ!マルガレーテはアタシが捕まえるんだからな!今回はお前の手を借りねえぞ。なんせネコの手があるもんね!あはははは!」

ブツリと電話を切られた。


「ごめん、お待たせ」

通話を終えたツバメは加代と学に向き直る。

「誰に電話してたの?ツバメちゃん」

「だから知り合いのネコだって」

「またまたあ」

はぐらかされたと思ったらしい加代は、口に手を当てて笑った。

「それで、お友達はなんだって?」

青木が問う。

ツバメは陽子から聴いたことを話した。

ウィスカーやクロ助のことはもちろん、陽子の名前も伏せている。

加代から、陽子との関係を訊かれると面倒だからだ。


「まあ!近所中のネコちゃんを捕まえようって輩がいるですって?」

青木はそこに食いついた。

「なんて乱暴なのかしら!踏みつけちゃいたい!」

かかとを地面に擦り付ける青木に、ツバメは冷静に言った。

「だけどまあ、あの手配書じゃしょうがないかもしれないですね」

蜜井婦人が描いたマルガレーテの絵のことである。

加代も頷いた。

「ド下手だったもんね。眉毛まで描いてあったし」

何しろヒントが少な過ぎる。

飼いネコを探して欲しいと蜜井婦人は涙ながらに訴えているが、彼女がきちんと提供した情報といえば、ネコの名前と稚拙な絵だけなのだ。

どういった種類なのかも体長はどれほどなのかもわからない。

性別と年齢については、婦人の放った「彼女」「この12年」といった言葉から読み取れるが、それにしたってあまりに不親切である。

これでは、見つけたネコを無差別に捕らえる者がいてもおかしくないだろうとツバメは思った。


加代が言う。

「どうして写真も見せないんだろ。カメラ持ってないのかな」

学は首を振った。

「それはないよ。蜜井さんはスマホで録った動画をネットに上げている。マルガレーテの写真くらい、撮ろうと思えばいつでも撮れた筈だよ。写真を出さないのは何か理由があるのかもしれない」

「あのさ、もしかすると」

ツバメが言った。

陽子に聞いたクロ助というネコの意見から、ふと思い付いたことがある。

「ミセス.マルガレーテなんてネコは最初からいないんじゃないの?」

「えぇーっ⁉︎」

「そんなことって!」

加代と青木が絶望したような顔で叫ぶなか、ツバメは続ける。

「これ全部、蜜井婦人のウソって可能性もあるわよね。だって、近所に住んでる加代も蜜井家のネコなんか見たことないんでしょ?」

「そ、そうだけど。でもなんで蜜井さんがそんなウソ吐くの?」

「いたずらに決まってるじゃない」

当然のことを聞くなとばかりに、ツバメは指を振った。

「金持ちの道楽よ、道楽。金に釣られた一般庶民が、いもしないネコを探して大騒ぎするのをカーテンの隙間からニヤニヤ眺めてるのよ」

富豪であるという立場を利用した、それでいて費用のかからない悪戯なのだ。

そうツバメは言った。

「ひどい!神も仏もないよ!」

加代は天を仰いだ。


「いやいや、待ってちょうだい。結論を急ぎ過ぎてないかしら。クルクルのお嬢ちゃん」

青木が遮る。

「その考え方はあまりにひねくれてると思うけれど」

「何ですって」

「だって根拠もないのに、人をウソ吐き呼ばわりするなんて良くないわ」

「根拠ならあります」

性格を非難されたと感じたツバメは、とっさに言い返していた。

「根拠は......、そうよ!蜜井婦人がネコ探しに制限時間を設けた点です。ようやくその理由がわかりました。もし期限を設定しなかった場合、蜜井家は今後いつまでも他人を騙してマルガレーテを探すフリをしなければなりません。だって、そんなネコはもともといないんですから。自らのいたずらを適当なところで区切りたかったがために、懸賞金を徐々に減らすルールを作ったんです。ああ、完璧な論理だわ」

ツバメは顎に指の背を当て、りりしく決めた。

だが、

「紺野さん」

これまで黙って聴いていた学が、ツバメの名を呼ぶ。

「残念だけど、君の考えは間違っているみたいだよ」

「え......、どうして」

学に否定されたツバメはショックを露わに尋ねた。

「それは」

学はツバメの足元を素早く指差した。

同時に、

「ひゃっ!」

ツバメは悲鳴を上げる。

何かが高速で通り過ぎ、彼女のふくらはぎをこすっていったからである。


「あああ!」

加代が叫んだ。

「あれ見て!」

彼女の突き出した指の先、そこには猛スピードでツバメ達から遠ざかっていくネコの尻があった。

丸々とした尻、頭と胴体、四つ足にシッポ、全てがオレンジ色である。

唯一、先端に短い毛の生えた耳だけが黒いが、あれはおそらく、

「マルガレーテだ!」

4人は顔を見合わせた。

「あの色は間違いないよ!」

「なによ、やっぱり実在するじゃないの!」

「すみませんでしたね!」

「いいから追い掛けよう」

彼らは一斉に走り出した。

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