その5
ふふふ。
はははは。
あーっははははは!
妖しげな笑い声が町に響き渡る。
「ごきげんよう、ヒマ人の諸君。そしてようこそW町へ!よくもまあ、こんなへんぴな町に集まってくれたものだ!さあ、時間はないぞ。存分に我がネコ、ミセス.マルガレーテを探すがいいわ!せいぜい無駄な努力に勤しみたまえ!」
わーっはっはっは!
「やめるニャ、善良な市民を煽るのは!なんでそう目立ちたがるモニャ」
通りの真ん中で大声を上げる陽子に、ウィスカーがささやいた。
ウィスカーは今、陽子の背負うリュックサックの中に収まっている。
路地裏に置かれたポリバケツに隠れていた彼を、陽子が無事回収したのである。
「うるせえぞ、クソガキ!大声出してんじゃねえ!」
「ネコが逃げるだろうが!」
「子供は早く帰って寝ろ!」
案の定、周囲から怒号が飛んでくる。
「ほら!みんなめっちゃ怒ってるニャ。そもそも、マルガレーテはキミのネコでもニャいし」
ウィスカーが小声でたしなめると、陽子はヘラヘラと笑った。
「だって最早アタシの勝利は確固たるもんだろ。お前がいれば近所中の野良ネコから情報を集められるんだからよ」
「そんなに期待されてもニャ」
ウィスカーは自信なさげな声を返す。
「あ?」
「協力したいのはやまやまニャ。この騒動が治らないうちは、ボクも外を出歩けニャいからニャ。だけども、さっきから野良ネコ達の姿が見当たらないモニャ」
小さく開けたリュックの口から周囲を窺いつつ、ウィスカーは言う。
「はあ?ちゃんと見てんのか?」
「というかニャ、気配を感じないモニャ。近くにネコがいれば、だいたいはわかる筈なんニャけど」
「おい、なんだなんだ!野良ネコが見つからないんだったら、お前を背負ってる意味ねえじゃん。重てえから降りろ」
「無茶言うなニャ!でもしょうがないニャろ、陽子。もしキミがネコだったら、わざわざこの騒ぎのなか散歩にくり出すかニャ?」
「むう......」
問われた陽子は返す言葉がないらしく、がっかりした様子で唸るばかりだ。
なにせ、町中がネコ探しの人間達で溢れている状況である。
どうやらウィスカーの言う通り、野良ネコ達は危険を察して姿を隠しているのかもしれない。
「ちぇーっ。ざけんなよ、じゃあ結局自力でマルガレーテを探すしかねえってか」
ブーたれた顔で陽子は言う。
せっかくウィスカーを助けて利用しようとしたのに、これでは何のアドバンテージもない。
そう思った彼女だが、
「いや、ちょっと待てよ」
何か閃いたらしく片方の眉を釣り上げた。
「別に話を聞くのは野良ネコじゃなくてもいいんじゃねえか?」
「ニャ?ボクはイヌや鳥とは話せないニャよ?」
「ちげえよ、飼いネコだよ!人ん家で飼われてるネコなら普通にいるだろ」
「ニャるほど、そっちか」
感心した風にウィスカーは頷いた。
「たしかに家の中にいるネコなら安全モニャ。でも、キミにアテはあるのかニャ?」
「あるんだな、これが!多分、あいつならいつも通りいる筈だ」
そう言って、陽子は走り出した。
5分後。
到着したのは住宅街へと続く商店街の外れ、自動販売機に挟まれた小さなカウンターの前である。
剥げかけた赤いペンキで「タバコ」と書かれた看板の下。
黒い毛の塊がだらりとガラス棚の上に伸びていた。
「やっぱな!いたいた!」
陽子はカウンターに近づき、その毛並みを乱暴にさする。
「おい、クロ助!起きろ!」
カウンターの上、黒い塊がもぞもぞと動き、腹に埋めていた頭を持ち上げた。
全身真っ黒の大きなネコである。
黒ネコは不機嫌な目で陽子を睨み付けた。
だが陽子は気にせず、丸い背中を撫で続ける。
「相変わらずのんきな奴だなあ。町中ネコ探しで大騒ぎなんだぞ?まあ、お前は飼いネコだし黒ネコだから関係ねえのか」
いきなりのんき者扱いされたネコ、クロ助はフイと顔をそむけ、再び眠りにつこうとする。
「待てって。なあクロ助、お前に会わせたい奴がいるんだ」
陽子はリュックサックを前に抱え直し、2匹のネコを対面させる。
「こんにちはニャ」
リュックサックの口の隙間から、ウィスカーが小さく手を振った。
クロ助はぎょっとした表情でウィスカーを見る。
相手がただのネコではないのを即座に感じ取ったようだ。
「紹介しよう。こいつはウィスカー。ウィスカー、彼はクロ助。アタシの小学生からの友達だ」
低い声で唸るクロ助に、ウィスカーは言う。
「怪しい者じゃないニャ。ボクはネコの妖精モニャ」
その瞬間、クロ助はすぐさま起き上がった。
背筋とシッポをぴんと伸ばし、ウィスカーの正面を向いて座る。
ウィスカーは鷹揚に頷いた。
「そう緊張することはないニャ。キミに訊きたいことがあって来たモニャ」
「にゃあ」
クロ助は短く返事をする。
「すげえ、座ってるクロ助なんか初めて見たわ!ウィスカー、お前ネコんなかじゃエラい奴だったんだな」
陽子は驚き、ウィスカーの頭を指でつついた。
その様をクロ助は鋭い目で睨む。
「くるしゅうないニャ。陽子は味方だモニャ」
「にゃあにゃあ」
クロ助が何か言い、ウィスカーはフムフムと耳を動かす。
「うん、わかった。陽子に伝えるモニャ。あのニャ陽子。さっきのキミの紹介には2つ間違いがあるみたいだモニャ」
ウィスカーが言った。
「間違いだ?」
「まず、彼女はメスだニャ」
「あはは、マジか!お前メスなのにクロ助かよ」
陽子が笑うと、クロ助はまたにゃあにゃあ言った。
「『そう呼んでるのはお前だけニャ』ってさ」
「そうだっけ。んで、もう1つは?」
「キミ達が友達ってところニャ」
「ああ、親友ってこと?しかしウィスカー、お前ってほんとにネコ語がわかるんだな。実際に見るとすげえ不気味だわ」
「キミが通訳しろって言ったんニャぞ」
「だな。じゃあさっそくやってくれろ。あのさあクロ助、最近見慣れないネコに会わなかった?丸っこくてオレンジ色の」
クロ助はきょとんとして目の前を見た。
「ボク以外でニャ」
ウィスカーが付け加えると、クロ助は「にゃあ」と一声鳴いた。
ウィスカーは頷く。
「ええと、ボクらが探しているのはミセス.マルガレーテという名前のメスネコだニャ。この近所に住んでる筈ニャんだけど」
「にゃあにゃあ」
「ふうん。じゃあ他のネコからは聞いてないモニャ?」
「にゃあにゃあ」
「ああ、そうなんニャ。もうみんな知ってるのかニャ?」
「にゃあにゃあ」
「え?キミも見たのニャ⁉︎」
「にゃあにゃあ」
「5つ子ちゃんかニャ!ボクも今度お祝いしに行くモニャ」
「なんか違う話してねえか?」
「ああ、ごめんニャ。マルガレーテについてはネコ界でも噂になってるけど、そんなネコは誰も見てないってニャ」
「ん?見てないっつうのは、ここ最近の話か?」
陽子が問うと、
「にゃあにゃあ」
クロ助は即答した。
彼女は人間の言葉をある程度理解できるらしい。
「『もともと知らないっていう意味ニャ』だって」
ウィスカーが日本語に訳す。
「あれ、おかしいな。動画で観た金持ちおばさんの口振りだと、マルガレーテは10年以上ここに住んでる筈だけど。家ん中から出されなかったから、他のネコとの交流がないとか?」
「んーニャ。それはちょっと変モニャ」
ウィスカーが首をひねる。
「たとえ家飼いだろうが近所のネコ同士は認識し合ってる。お互いにナワバリがあるからニャ。それがネコという生き物だモニャ」
同意を示すようにクロ助は首を下げた。
陽子はボサボサ頭を掻く。
「じゃあなんで誰もマルガレーテを知らねんだ?ムジュンしてるじゃねえか」
「にゃあにゃあ」
クロ助が鳴く。
「ああ、別にお前を疑っちゃいねえけど」
「にゃあにゃあ」
「でもさあ。そうすっとマルガレーテの方がハナから存在しないってことになるぜ?そんなこと有り得ねえだろ」
「にゃあにゃあ」
「いや、たしかにアタシも写真とか見たわけじゃねえけどさ。でも......」
「なんでボクなしでも通じ始めてるモニャ⁉︎」
結局、クロ助からはマルガレーテの情報を得ることができなかった。
「ダメかあ。他に話を聞ける奴はいねえのか?」
陽子が下唇を突き出すと、
「にゃあにゃあ」
クロ助が鳴いた。
ウィスカーは陽子の方を向き通訳した。
「他のネコを見つけるのは難しいかも知れニャい。みんな隠れてるってさ。どうやらマルガレーテを探している人間達の中には、とりあえず見つけたネコを無差別に捕まえようとする輩がいるらしいモニャ」
「ああ?何でだよ」
「さあニャ。余計な野良ネコをいったん排除しておきたいとか?もしくはオレンジ色に塗るつもりかもニャ」
適当なことを言うウィスカーだったが、彼は直後「あっ」と声を上げた。
陽子のリュックサックの中でモゾモゾと動き、自前の携帯電話を取り出す。
「ツバメから着信だニャ」
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