その2

「ずいぶんな愛猫家なのね、加代の近所の人」

「うん、私もネコ飼ってるなんて知らなかったけど。夫婦2人暮らしらしいから、きっと子供みたいに可愛いんだよ」

加代は胸の前で合わせた両手を震わせた。

同情の念によるものではない。

「ダメだ、ワクワクする。きっと町が大変なことになるよ」

気が小さいビビりでありながら、不思議な事件やゴシップに目がない加代である。

大金持ちのもとから姿を消したネコ、という部分に何がしかのファンタジーを見出したのだろう。

メガネの奥の瞳をキラキラと輝かす加代を横目に、ツバメは広めの額を指で掻いた。

「でもさあ。いくら金持ちだからって、ちょっと大金過ぎない?ネコを探し出せば誰だろうと500万って」

「ツバメちゃん、500万円なのは最初だけだよ。時間が経つほど減っていくんだから」

「観てたから知ってるわよ。というか、そこも気になるの。時間と共に謝礼を減らすとか、ちょっと変よ」

「それについては蜜井さんが言っていただろう」

突然、背後から声がした。

ツバメが振り向くと、クラスメイトの清鈴寺学がすぐ側に立っていた。

途端にツバメは表情を和らげる。

「ああ、清鈴寺君」

動画に茶々を入れていたときとは打って変わったしとやかな声である。


「後ろから覗いてごめん。僕もその動画をさっき観たんだよ」

学は言った。

「で、謝礼金というか懸賞金のルールの話だけど、蜜井さんがそんな条件を出したのは、少しでも早くネコが見つかるよう賞金稼ぎの人達を焚き付けるためさ」

対してツバメは顎に手を当て、考える素ぶりをみせた。

「そうね、たしかに言っていたわ。でもそんなルールを設ける必要があるの?何百万円なんて大金が掛かっているのよ。きっと加代の言うとおり、沢山の人がこの町に集まって、我先にネコ探しに参加すると思う。だから別に謝礼金を減らしていくようなマネしなくたって、みんな急いで探す筈だわ」

学は頷いた。

「実のところ、僕もそう思う。あのルールはあまり得策じゃない気がするよ。懸賞金が減っていく、すなわちネコ探しに制限時間がつくということにもなるからね」

「制限時間?」

首を傾げる加代。

学に代わってツバメが説明する。

「懸賞金はいずれゼロになるでしょ。そうしたら探す人はいなくなっちゃうって意味よ」

「あーそっか。でも10分間で1万円でしょ。最初に500万円もあるんだから、えーと......」

加代が指を折って数えようとすると、

「5000分経過した時点で懸賞金はゼロになる。つまり3日と11時間20分後だね」

学が即座に答えた。

「えっ。たったの3日半?」

「うん、意外と短いね。まあネコが1匹でそれほど遠くに行くとも思えないし、人海戦術で3日間探してダメならもう諦めた方がいいのかもしれないけれど」

「どっかの軒下で死んでるとかね。12才っていったらけっこうな年寄りネコだもの」

ツバメはサラリと不吉なことを言った。


「そっかあ。じゃあ私達も急がなきゃ!」

ね、ツバメちゃん、と突然加代が拳を振り上げた。

「何が?中間テストの勉強?」

「そ、それもあるけど、この流れでテストのこと言う⁉︎ミセス.マルガレーテ捕獲大作戦でしょ!」

加代は力強く言った。

「はあ?なんでよ。いつ私がそんなもんに参加したいって言ったわけ?」

「行こうよ、今日はバイオリン教室ないじゃん!」

「それにしたって暇じゃないもの。そもそも捕まえられるわけないでしょ私達に」

「参加することに意義があるんだよ!せっかくこの町に住んでるんだから!」

加代はいつになく強い意志を見せ、食い下がってきた。

しかしツバメには興味のかけらもない。

「加代ってほんとこういうの好きよね。じゃあ頑張って、隊長。私は絶対......」

「僕も参加するよ」

「絶対に参加するからね!......え?」

ツバメが固まると、

「あれ、ダメだったかな」

学は女子2人を交互に見つつ言った。

「なんだか探偵みたいで面白そうじゃないか。懸賞金もあるけど、単純にそれだけの価値が付けられたネコを見てみたいんだ。それに蜜井婦人への人助けにもなる」

まあ最後のは後付けだけどね、と学は微かに笑った。

「2人より3人の方ができることはあると思うんだ。夜になれば、女子2人だけでは危ないこともあるだろうし。どうかな、懸賞金は3人で山分けで」

不敵にメガネを光らせる少年だった。

参加することにうんぬんどころではない。

学はネコを捕まえにいく気満々である。

加代はガッツポーズをした。

「うんうん、清鈴寺君がいてくれたら百人力だよ!ねえ、ツバメちゃん!」

「あれ、えっと。......おかしいな」

いつの間にかツバメも数に入れた話になっている。

しかし悲しいかな、

「そ、そうね、まあ心強いかな」

ツバメは引きつった表情で頷くほかない。

加代はともかく、学の誘いを断ることはできないのである。

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