side by side その5
「まったく、危ないおねえちゃん達だなあ!」
ドジョウヒゲ少年マオマオは2人の少女が視界に入る位置へ移動すると、構えを取り直した。
「1人に僕の気を集中させて、もう片方が後ろから近づいてくるなんて。油断も隙もあったもんじゃないね」
「ちぇっ!」
陽子は用のなくなったハルオを投げ飛ばし、マオマオから距離を取る。
ツバメも腹を押さえつつ、陽子の側へと駆け寄った。
実際のところ、べつに2人は打ち合わせなどしていない。
陽子は自らの手でマオマオを捕まえようとし、そこにツバメがアドリブで合わせたかたちである。
それなのに、
「なんで『今だ!』とか言っちゃうんですか、日向さん!」
ツバメは小声で陽子へ物申した。
陽子が叫ばなければ絶対に不意をつけたと彼女は思う。
「しかもいきなりキックだとか指示してきて!焦って変な感じになったじゃないですか、もう」
「悪い悪い、えへへ」
湯気を立てるツバメの隣で、陽子は頭を掻いた。
「でも別に指示じゃねえって。お前じゃタイミングとかわからねえかなと思ってさ。それに、あそこはツバメキックだろやっぱ」
言われたツバメは声を潜める。
「そんな技ないですから。しかもダサいとか言われて......いえ、そうじゃなくて。私にはちゃんとやりたいことがあったんです」
「はあ、なんだよ?」
「ヒゲを狙ってたんです」
陽子は眉根を寄せる。
「......いやわからん」
「だから、あいつのドジョウヒゲを取りたかったんですってば」
ツバメは口に手を当て補足した。
「私はさっき日向さんの顔からヒゲを剥がすことができました。だったら同じことがあのチビにもできる筈です。なぜなら、あいつが自分のことを『道士っぽいヒゲの戦士』とかなんとか言っていたからです」
その自己紹介から推測するに、今のマオマオはツバメ達と同じ仕組み、要は魔法の付けヒゲで変身した姿だということになる。
ツバメが「音」、陽子が「光」の魔法を使うように、マオマオはドジョウヒゲを付けることで、「札で他人を操る」力を得ているようだ。
「つまり。マオマオからヒゲを取ってしまうというのが、私達の最も手っ取り早い勝ち筋なのだと思います。ヒゲを奪われた時点であいつは札の能力を失うでしょうし、お面の人達も正気に戻ります」
マオマオや猿面達の攻撃をかいくぐり逃げるのは難しい。
それはツバメも認めざるを得ない。
しかし、だからといってマオマオをK.O.するだけが残されたやり方というわけではないのだ。
立ち向かうしか道がないのなら、出来るだけ最短距離を選びたいツバメである。
「ふむふむ。さすがはアタシの後輩、目的を考えて行動してたわけだ。そりゃあ邪魔して悪かったな」
感心したように陽子は言い、小さく息を吐いた。
「んー......、オッケー。じゃ、お前の言う方針でいくよ。アタシとしてはあんまり気に入る勝利じゃねえけど、好き嫌い言ってる場合でもねえしな。あいつをぶん殴るのはヒゲを奪ったあとでもいいか」
陽子は不承不承といった顔で頷いた。
一応はツバメの身を気づかってもいるようである。
「でも問題はよぉ、どうやってもっかいガキに近づくかだな」
そこである。
ツバメは即答することができない。
「前後からマオマオに接近作戦」は失敗した。
同じ手は通じないだろう。
気付けば猿面達も向かって来ず、特に陽子からは距離を取っている。
また札避けの盾に使われないよう、警戒を強めているようだ。
「えーとですね」
「いいよ、アタシがやる」
悩むツバメを遮り、陽子が言った。
「アタシが小僧からヒゲを剥ぎ取る。お前がいなかったときに戦ったからわかるけど、あいつはなかなかに強い。正直接近戦じゃお前は相手にならねえ」
厄介なことに、マオマオは体術の心得もある。
たとえ札攻撃をかいくぐったところで、ツバメでは素手の格闘で負けると陽子は言う。
「そういうことなら喜んでお任せします」
ツバメは素直に譲った。
「お任せしますけど......」
言いつつ、マオマオを顎で差す。
「あいつ、まだ何かやってきますよ」
少年マオマオはまたもや袖口に手を突っ込み、新たな札を取り出していた。
「ヒソヒソ話はもう終わった?」
そう言って彼は、扇のように札の束を広げて見せる。
だが今度の札は、今までのものと少し違っていた。
長方形ではない。
たとえるなら「く」の字型、中心を境に90°に曲がった形の札である。
「また新手の技かよ」
うんざりしたように陽子は呟くと、マオマオは口を尖らせた。
「お前達こそ猪口才な手ばっかり使ってくるじゃないか。だから僕は手を抜かないことにした。もう絶対に油断しないし、出し惜しみもしない。全力でお前達を潰す」
「お前、そればっか言ってんな」
「うるさい!今度こそ僕の真骨頂を見せてやるよ。まさに切り札ってやつだ!」
マオマオは奇妙な形の札に、ドジョウヒゲで文字を書いていく。
そして、準備を終えた彼は叫んだ。
「くらえ!最終奥義 還射御礼大増札!」
「ださっ!」
ツバメのツッコミを無視し、マオマオは左右の手から4枚ずつ札を放った。
その行く先は斜め上方、ツバメ達の頭の上を越えていく。
ヒュンヒュンと空気を震わせながら回転する札の群れ。
見上げる少女らは嫌な予感しかしない。
「あの形ってさあ」
「ええ、そうでしょうね......」
案の定、予想は的中した。
2人を通り越していった札はカーブを描き、
「ほらみろ!やっぱ戻ってくるじゃねえか!」
「いいから避けますよ!」
上空から獲物をさらうタカの如し。
Uターンを決めた札は、正確にツバメと陽子を狙い降ってくる。
ツバメと陽子は地面を転がり札を避けるが、すでにマオマオは新たな札を投げていた。
「はい、はい、はいやあ!」
今度もブーメラン型である。
この札の恐ろしいのは、マオマオ以外には軌道を読めないことだ。
投擲の際、速度や回転に強弱をつけることで、自由自在に動きを操れるらしい。
旋回、急カーブ、滑空、急降下、急上昇、高速、低速。
旋回しながら滑空してくるもの、地面すれすれを舐めるように飛ぶもの、まったく曲がらず素早く向かってくるもの。
まるで意思があるかのような札の大群が、全方位から少女達を襲う。
「ちょっと待て!これはキツい、無理ゲーだわ!」
背面跳びの体勢で5枚の札を同時に避けつつ、陽子が叫んだ。
「集中力がもたねえという確信がある!」
対してツバメはこけつまろびつ、ドッジボールで最後に残った1人のようにドタバタと転がり回っていた。
「堂々としたマイナス発言やめてください、日向さん!あいつを倒してくれるんでしょ!」
「バッキャロー、無茶言うな!」
さすがの陽子も札を避けるのが精一杯で、マオマオに近づくどころではない。
「ここは見晴らしが良過ぎんだよ!」
身を隠せるものが何もないという意味である。
飛び交う札の中、周囲を見回した陽子は20mほど向こう、神社の社に目を止めた。
「あそこだ!一旦退避するぞ!」
そう言うが早いか、陽子はツバメに駆け寄る。
そうして燕尾服の背中を鷲掴みに、ツバメの身体を持ち上げた。
「おりゃあああ!」
縦横無尽に飛び交う札の隙間を、ツバメを抱えた陽子は走る。
「させるか!」
マオマオはブーメラン型の札を8枚、少女達目掛けて放つ。
だが札が届く寸前、陽子は社に到達していた。
賽銭箱を飛び越えると、正面の扉をぶち抜き中に入る。
「危ねえ!ギリセーフ!」
板敷の床にツバメを放り投げた陽子は、倒れるように腰を下ろした。
社の中は長いあいだ掃除されていなかったらしい。
舞い上がった埃が、小さな窓から差し込む日光の筋を浮かび上がらせる。
「ゲホッ!ありがとうございます、助かりました」
ツバメも埃に咳き込みつつ、陽子の隣に座り込んだ。
「ああ、これからどうしましょう」
とりあえず札の嵐はしのげたが、呑気に休憩してはいられない。
長引けば長引く程、敵が有利になるようにツバメには思われた。
こちらの体力は有限であり、そしてマオマオの札には終わりが見えない。
「今のうちに急いで作戦を練りましょう。あのガキはすぐにやってきます」
狭い社の中で札を撒かれれば、もう逃げ場はない。
そう言ったツバメが立ち上がろうとしたときである。
ふと彼女は脚に違和感を覚えた。
身体をひねって確認すると、
「えっ⁉︎」
右ふくらはぎに1枚の札が貼り付いていた。
「うそでしょ......」
社に飛び込む際に避けきれなかったのであろうか、ツバメはまったく気が付かなかった。
「日向さん。ごめんなさい、私もうダメです!」
「あ?どうした?」
「札が付いてるんです!日向さん早く!私が操られる前に‼︎早く離れてくださあああ......」
ツバメは叫びながら、自分を押さえつけるように両腕を身体に回した。
しかし、
「ああああああぁ......、あれ?私なんともない」
彼女は自我を保ったままである。
「いや、それアタシの名前だよ」
座り込んだままの陽子が冷めた口調で言った。
「へ?」
我にかえるツバメ。
よくよく見ればたしかに、札には陽子の名前が書かれていた。
「コホン。あ、ああ......それで」
ツバメは取り乱したことを咳払いでごまかす。
札に書かれていた文字は「傀儡 ヨウコ」。
つまりこれは陽子を操る用の札であり、ツバメが貼られたところで効力をなさないらしい。
「あの男のにはハルオって書いてあったしな」
陽子は己の額を突っついてみせた。
「それぞれ専用の札があるんだろ」
今更説明するまでもない、といった口調である。
「言われてみれば、たしかにそうでしたね」
ツバメも陽子やハルオに貼られた札を見てはいたが、深く考えるほどの余裕がなかったのだ。
「だとすると、あのチビは日向さん用と私用、それぞれの札をランダムで投げているのでしょうか」
マオマオは文字を書き終えた札を一まとめにしていた。
飛ばすときにも、2種類の名前をいちいち確認していた様子はない。
「かもな。一枚ずつ使い分けて狙うのも面倒そうだし。あんだけ数打てば関係ねえだろ」
「いえ、関係ありますよ。もしそうなら2分の1の確率でしか札は効かないんですから」
ツバメが言うと、陽子は大げさに首を振った。
「向かってくる札を見分けりゃいいってか?お前、テンパり過ぎておかしいぞ。どうやって回転して飛ぶ札の文字を読むんだよ」
「それは無理でしょうけど。でももし......」
そこでツバメは言葉を止める。
ツバメの頭に何かが引っかかったのだ。
確率がどうのと考える以前に、自分はとても重要なことを見落としている気がする。
そう感じたのである。
「ちょっと待って下さいよ」
陽子に手のひらを向け、ツバメは眉間にシワを集めた。
違和感の原因を突き止めようと、マオマオとの戦いを最初からなぞろうとする。
『そのまさかだよ。はじめまして、僕は......』
『アタシとお前でガキをボコボコにする』
『じゃあ、いくよ。おねえちゃんたち』
『なんだそのダサい技は!』
ツバメは、マオマオや陽子のセリフを順番に思い返していった。
そして、
「あれ?」
ツバメは1つの可能性に気が付いた。
「......うん、やっぱりそうよ。絶対そう。でもおかしいわ。それならどうしてあいつはあんなに......」
「おい、何だよ。1人でブツブツ、名探偵みたいな言い回ししやがって」
顎に手を当て考えるツバメに、陽子が横から言う。
「いえ、変なんですよ。だってマオマオは......、ぁああー‼︎」
ツバメは突然叫び、陽子の顔を指差す。
「人の顔に指突きつけんな。つか、お前さっきからうるせえぞ」
しかしツバメは聞いていない。
全身をプルプルと震わせつつ、
「日向さん......」
抑えた声で陽子を呼ぶ。
「お、おう。どうした」
怪訝な顔で返事をする陽子に、ツバメはいびつな笑みを向けた。
「私達、勝てます」
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