side by side その4


「アタシを心配して来てくれたのか?」

よくここがわかったなあ、と陽子は嬉しそうに微笑み、ツバメの手を取って立ち上がらせた。


「お前ってなんだかんだで良い子だよな。口うるせえし感じ悪りいけど......あれ、そういや」

自分がTシャツ短パン姿へ戻っていることに気付いた陽子は、身体を見下ろしながらくるくると回った。

だんだん状況を思い出してきたようである。


「そうか、札もお前が剥がしてくれたわけか。助かったぜ。ところで、どうしてお前そんなにボロボロなんだ?」

だが、マオマオの命令に従っていた間の記憶はないらしい。

「さあ、どうしてだと思います」

身体中に付いた砂を叩きながら、ツバメは陽子から目を逸らした。

ツバメが窒息で死に掛けたのはこの3日間で2度目であり、そしてその両方が陽子がらみである。

「私の周りに死に神がいるからです」

「なんだそりゃ。まあいいや、とりあえずこのガキンチョのことを教えてやらあ」

赤い髪の死に神はマオマオを親指で示した。

「ガキって言うな!」

抗議する少年を無視し、彼女は続ける。

「こいつは魔法の札を投げてくる。そんで、札を貼られた人間は操られちまうんだ。あいつらみてえに」

そう言って今度は、少年を囲むように立つ猿面達を指した。

「お前もだけどな」

ツバメとマオマオの声がシンクロする。

「いえ、それはもうわかってます。イヤと言うほどに教えて頂きました」

今日イチの被害者であるツバメは皮肉が止まらない。

しかし陽子には通じている様子がなかった。

「そうか、じゃあわかるな。絶対にあいつの札に触るなよ」

そう言って彼女は、マオマオに向き直る。


札を貼られてはいけない。

今になってツバメが考えるに、それは少年に付き従う4人の男達を見ても明らかである。

うち1人、猿面を被っていない男の額には、陽子の身体に貼られていたものと同じ形状の札が引っ付いている。

おそらくは他の3人も面の下は同じなのだろうとツバメは思った。

つまり彼らはマオマオの手下でもなんでもなく、少年の命令によって動いているだけの一般市民である可能性が高い。

どういうわけか彼ら全員が恐ろしく強いのは、ある程度腕の立つ人間をマオマオが選んだか。

あるいは魔法の札にヒトの体力を底上げする追加効果、たとえば筋肉のリミッターを外す作用などがあるのかもしれない。

とにかく、札を貼られればそこで終了、更にその後はマオマオの手下にされるという屈辱が待っている。

ある意味、即効性の毒を注入されるより恐ろしい。


さて、この理不尽な状況をどう切り抜けるか。

ツバメは隣に立つ先輩をちらりと見た。

ツバメとしてはどうにかこの場から逃げる方向で進めたいが、問題は陽子の意向である。


「アタシらは今」

横からの視線を感じたのか、不意に陽子が言った。

「得体の知れねえマメ道士と屈強野郎共に囲まれている。で、どうやらこいつらはアタシ達をただ帰したくはねえらしい」

「そうですね」

「となると、こっちの選択肢は2つだ」

陽子はピースサインをするように指を立てる。

「1つ。ウィスカーを差し出す代わりにうちらは逃してもらう」

ツバメは頷いた。

「はい。2つ目は?」

「アタシとお前でガキをボコボコにする。狛犬に縛り付けて沼に沈める。パンイチで謝らせる。アタシとお前でケツを100回ずつ蹴る。凧にくくり付けて雷雨の日に飛ばす。ハチミツを塗りたくってクマ牧場に投げ入れる。そんで最後はネンショーに売り飛ばす」

少年院は子供を売るところではない。

「......日向さん」

しばしの間を空けた後、ツバメは陽子を見る。

「1つ目の方はなんでしたっけ」

「もう忘れた。さっさとアタシのヒゲよこせ」

「はああ......」


そういうことで、

「輝くヒゲにみなぎるパワー!燃える毛根、ヒゲシャイニー参上‼︎」

陽子は本日3度目の変身をした。

そしてここに初の、

「札だからな!札には気を付けろよ!」

「もうわかりましたって」

ヒゲシャイニーとヒゲエンビーのタッグが生まれる。

「まだ抵抗する気?ちっ、めんどくさいなあ!」

対するは道士っぽいヒゲの戦士、マオマオ。

舌打ちをした彼は、両手を胸の前に掲げる。

そして大きく広がった袖どうしをピタリと合わせ手元を隠した。

「気を付けたところで......」

うんざりしたように呟いたマオマオは、合わさった袖を離す。

再び露わになった彼の手には、何十枚もの白い札が握られていた。

「逃げられないんだよ」


少年のドジョウヒゲが鎌首をもたげる。

目にも留まらぬ速さで、札の束に文字を書き付けていく。

「何ですかあれ、気色悪い!」

陽子と同じことを言い、身震いするツバメ。

「っていうか、あいつどんだけ札のストックあるんですか⁉︎」

「いや、アタシもあんなに持ってるとは......」

これがマオマオの本気だとすれば、陽子が1人のときは相当に手を抜いていたことになる。

「クソチビ、舐めやがって」

陽子は身構えながら、ツバメに向かって言う。

「だけどよ、どうせこいつの腕は2本だ。一度にいくら札を出してこようが投げる量は大して増えん。すなわち!かわせねえわけがねえ!」

「変なフリはよして下さい。そう言った途端、ちびっこの腕が増えたりしたらどうします。あいつは人間じゃないんですから」

ツバメも見よう見まねの構えを取りつつ、陽子に肩を寄せる。

「いや、まさか。2回続けてタコが出るオチはねえだろ」

わけのわからない返しをする陽子だった。


「じゃあいくよ、おねえちゃんたち!ちなみに僕の腕は増えたりしないよ!」

少女らの会話が聞こえていたらしいマオマオは、左右の手に持っていた大量の札を1つにまとめる。

そして丁寧に整えた札の束を小さな左手に乗せると、

「食らえ!」

少年は右手のひらを札束の上にこすり付けるように、高速で前方へとスライドさせた。

「必札 飛竜乱掃射拳!」

そう叫ぶと同時、少年は札を放った。

仰々しい名前の技だが、要するにアニメの中の忍者がよくやる、両手を使った手裏剣の投げ方そのものだ。

水平にシャカシャカと右手を動かす度に、彼の手元から札が1枚ずつ撃ち出される。

ただし。

「うおええっ!」

マオマオの投擲モーションは恐ろしく素早かった。

陽子は奇妙な悲鳴を上げる。

手裏剣というより、もはや機関銃に近い。

間断なく放たれる札が一列を作り、超高速で少女達に襲い掛かる。

「来るぞおお!」

「きゃあ!」

2人は転がるように左右に避けた。

逃げるしかない。

札自体はただの紙切れだが、1枚でも身体に命中すればおしまいなのだ。


「どうした、ヒゲグリモーども!僕をボコボコにするんじゃないのかい⁉︎きゃははははははは」

マオマオは甲高い声で笑う。

2対1だが、ツバメも陽子も少年に近づくどころではない。

バラバラに動き、札の射撃を分散させるのがやっとである。

そして、

「とりゃあ!」

陽子は右脚を後ろに振り上げ、背後からの攻撃を防ぐ。

忘れてはならないのが猿面達の存在だ。

マオマオに注意を向ける少女らに対し、音もなく忍び寄るやり方は相変わらずである。

男達が後ろで待ち構えている以上、ツバメも陽子もマオマオの射程圏内を出ることができない。

高い跳躍で男らを飛び越そうものなら、たちまち札の標的になる。

更に、

「はあっはあっ......」

「いつまで投げてくんだよ、クソガキ!」

マオマオの札はいつまでも終わらない。

まるで無尽蔵のようだった。

手札がなくなると、彼はすぐさま袖内から新たな束を取り出す。

それから、札にドジョウヒゲで字を書き、投げる。

このリロードの動作も異様に早かった。

「どうすりゃいいんですか......、疲れましたよ」

ツバメは堪らず弱音を吐く。

背後を堅める男達、前方から止めどなく札を飛ばすマオマオ。

体力はもちろんのこと、集中力がもたない。

「とにかく避けろ!いつかは札が品切れになる!」

陽子はそう励ますが、このままでは先に尽きるのはツバメの体力のほうである。

可及的速やかに現状を打破しなくてはならない。

神社の外へ逃げ切るか、マオマオを叩くか。


そんななか、先に新たな行動を起こしたのは陽子だった。

彼女は突然、近くにいた男に正面から抱き付く。

額に札を貼った男、ハルオにである。

陽子は彼の胴体を両腕ごと締め付けながら持ち上げ、そしてくるりと半回転をした。

マオマオのいる方へとハルオを向けるかたちになる。

要するに、

「必殺 ハルオを盾に直進拳!」

陽子の叫ぶとおりである。

彼女はじたばたと暴れる男を羽交い締めに、マオマオへ向かい進み出した。

「またふざけた真似しやがって!」

一歩一歩と歩みを進める陽子目掛け、少年マオマオは札を飛ばす。

だが貼り付く先は陽子に捕まったハルオの背中である。

器用に男を盾にする陽子は、

「1枚たりとも当たらねえ!ちゃんと狙ってるのか⁉︎」

マオマオを挑発するように笑う。

「黙れ!一般市民を守りに使うなんて汚いぞ!」

「お前が言うか⁉︎」

両者の距離は徐々に縮まっていく。


しかし、マオマオはその場から動こうとしない。

「その状態からどうする⁉︎どうやって僕を攻撃するつもりだ」

未だ余裕のある表情で、札を飛ばし続ける。

彼にしてみれば陽子が近づけば近づくほど、当然ながら札を命中させやすくなるのだ。

いくらハルオという盾があろうが、陽子がマオマオを攻撃する瞬間には隙ができる。

拳か脚が必ずはみ出す。

その瞬間を狙えばいいだけだ。

少年は陽子の浅はかさを密かに笑った。


だが、いよいよ3m程にまで距離を詰めたとき、陽子は突如として叫んだ。

「今だ!必殺 ツバメキーック!」

瞬間、マオマオの背後で空気が揺れる。

「は?」

顔だけを振り向かせた少年の目に映ったのは、燕尾服姿の巻きヒゲ少女だった。

不意打ちにマオマオは驚いたが、なぜかそれ以上に彼女は慌てふためいていた。

「えぇ⁉︎お、おりゃああ!」

ぎこちなく放たれる少女の蹴り。

マオマオは軽々とそれを避けた。

「なんだそのダサい技は!」

彼は反対に、相手の腹へ肘打ちを見舞う。

「うげえっ‼︎」

巻きヒゲ少女はもんどり打って倒れた。

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