side by side その6

「ネズミは狭い場所に潜りたがるもんだねえ!そこが自らを窒息させる袋の中だとも知らずにさ!」

マオマオは大声で言いながら、ゆっくりと社に近づいていく。

後に続く4人の男達へ顔だけを向けると、少年は切れ長の目を更に細めてみせた。


彼にとって、もはや勝利は確定している。

2人のヒゲ少女は社に逃げ込んだ。

札の嵐を避けるのが目的とはいえ、これは明らかな失敗であるとマオマオは考える。

一時しのぎのために、自ら逃げ場のない場所に入っていくなど愚か過ぎる。

扉の壊された入り口から札を投げまくれば、今度こそ絶対に避けられまい。


「新しい人形を2つ手に入れたら、僕はどうすると思う?」

社に籠もった少女達に向けて、マオマオは話し続ける。

「そりゃまあ、1番の目的はウィスカーを誘き出すことだよ」

少年は頷く。

「だけど、それが無理ならの話」

どうやら少女らはウィスカーの居所を本当に知らないらしく、それなら人形にしてから訊いたところで無駄である。

またウィスカーにしても、少女2人が敵の手に落ちたと知れば、あっさり彼女らを見捨てるに違いない。

そう考えるマオマオは、今日中のウィスカー捕獲を諦めていた。

だが、仲間に大見得を切った手前、彼は手ぶらで帰るわけにはいかない。

「僕はね、お前ら2人が刺し違えるところが見たいよ。死ぬまで互いに殴り合うとか、首を絞め合うとかさ。散々僕のことをバカにした奴らには、そのくらいさせないと気が済まないじゃん」

せめてウィスカーの手下であるヒゲグリモー2人は確実に始末しておく必要があった。

「おーい、聞こえているんだろう?返事くらいしてよ!震えた声を聞かれるのが恥ずかしいのかな?」


「プフーッ!」

しかし。

返ってきたのは吹き出す声だった。

「それマジか!お前それ最高だわ!あははははははは!」

社の中から響く盛大な笑い声。

やがて暗い入り口から声の主が現れる。

「はははははは!つか、ぜってえいけるって、その作戦!あははは、ヒィー苦しっ」

マオマオの呼び掛けを全く聞いていなかったらしい陽子は、顎ヒゲを盛大に揺らしながら腹を抱えていた。

「もういいでしょ!いつまでバカ笑いしてるんですか」

後から現れたツバメが陽子をたしなめる。

「いや、やっぱお前スゲーわ!よく閃いたな」

「しっ!余計なこと言わないで下さいね、ほんとお願いしますよ」

ツバメは目の前に置かれた木製の賽銭箱に手を伸ばす。

そうして格子状に張られた桟を2本、ベキベキと引き抜いた。

「ああ、けっこう短いですね。大丈夫かなこれ」

ツバメは両手に持った40cmほどの木の棒を打ち合わせる。

「ちょうどいいんじゃね?強度は気にしなくていいし」

「そうですね、相手は紙切れですから。とにかく......」

ツバメは賽銭箱の前に立つと、大きく深呼吸をした。

「行けるところまで行ってみます」

「おう、頼むぜ」

陽子はその後ろ、ツバメの背中に隠れるように位置を取る。


「なんのまねだ」

マオマオは呆れた様子で首を振った。

少女達はまだ立ち向かってくるつもりらしい。

だが、ロクなことを考えていないのがバレバレである。

「まさかその棒切れで、僕の札を防ぐつもり?」

「どうかなあ。ボクちゃんにはまだ言えないよ」

陽子が言った。

「いま言ってたじゃないか。聞こえたよ」

「つまんねえ小僧だな。じゃあそうだよ」

「そこまでです。バラさなくていいですから」

割って入ったツバメは陽子を制すと、

「準備はいいですか、日向さん!」

両手に握った木の棒をクロスさせる。

「っしゃあ、行くぞオラア!」

2人の少女は同時に地を蹴った。

全速力でマオマオに向かい駆ける。


「ほらね、やっぱり」

マオマオは鼻で笑い、札を構えた。

2人が一列になって直進する理由は簡単にわかる。

前衛の巻きヒゲは盾だ。

棒切れで札を叩き落とす役割であろう。

そうして可能な限りマオマオに近づいた上で、後ろに隠れた顎ヒゲがその陰から飛び出し攻撃する。

追い詰められたネズミ共にできることは、

「所詮その程度だろ!あまりに無謀で運まかせの破れかぶれ!可哀想で泣けてきちゃうよ!」

マオマオは死角ができぬよう4人の男を目で退がらせると、両手の札を一斉に放った。



カーブを描きつつ迫るブーメラン型の札。

「はい!せい!せいや!」

前を走るツバメは木の棒を振り、それを払いのけた。

掛け声と違い、棒の捌き方は無茶苦茶である。

闇雲に振り回しているに近い。

そしてそんな彼女へ、次から次へと札は襲い掛かる。

「はい!ほい!うわっ!はにゃあ!」

ツバメは一直線にマオマオへ向かっているため、札の軌道は読みやすい。

しかしマオマオとの距離はぐんぐん縮まっていくため、ツバメは迫りくる札への反応速度を上げていかなくてはならない。


もうちょっと。

あと少しだけもってくれれば。

ツバメは心の中で願う。

彼女の目的は、後ろに付いた陽子を札から守りつつ、可能な限りマオマオに接近することである。

できることなら棒の届く範囲まで近寄りたかった。

「無駄だよ!決して僕には到達できない!傀儡にされるだけなんだよ!」

マオマオは目に見えないほどの速度で札を出し、腕を振る。

筆の機能としてのドジョウヒゲもフル稼働である。

「ほらほらほらほら!さっさと楽にしてやるよ!」

「うりゃああああ!」

慣れない叫び声を発しながら、対するツバメは前進した。

そして、両者の距離が5mと迫ったとき。

ツバメの額に札が貼り付いた。

「あはは!命中!」

札により視界を奪われたツバメの全身に、続けてベタベタと札が貼られていく。

同時に、ツバメは足を止めた。

目的を見失ったかのように立ちすくみ、だらりと下げた両手から木の棒が抜け落ちる。


「はい、いっちょあがり!もうちょっとだったのに残念だねえ!」

少年は勝ち誇った声を上げる。

だが、手札は切らさない。

「よくやったぜ、あとは任せろ!」

ツバメの背後にはもう1人いるのだ。

今にもツバメを越えて前に出ようとする陽子を前に、マオマオは叫ぶ。

「そいつを近付けるな!僕を守れ!」

その途端、ツバメが動いた。

命令を受けた彼女は後ろに向き直る。

陽子を通せんぼするように、両手を広げてマオマオをかばう。

「うっ!」

ツバメの妨害に、陽子はわずかに足を緩めた。


マオマオはニヤリと目を歪ませる。

邪魔な味方を殴り倒して直進するか、それとも飛び越えるか、はたまたコースを変更して回り込むか。

陽子に生じた一瞬の迷い。

そのコンマ数秒をマオマオは逃さない。

「はい2匹目!」

マオマオは4枚の札を放つ。

回転のついた札は鋭いカーブを描き、ツバメ越しに陽子へと貼り付いた。


そして、陽子も動きを止める。

頬や胸に札を貼られた彼女は直立の姿勢を取った。



新しく生まれた2体のしもべを前に。

静まり返った境内で1人、少年は肩を震わせる。

「......やった。僕の勝ちだ。楽勝だ!ははは」

その言葉に反応する者はいない。

遠巻きに見守る4人の男と、目の前に立つ2人の少女。

マネキンと化した人間達の中でマオマオは笑う。

「ははははははは!なにがヒゲグリモーだ!ちょろ過ぎるんだよ、ウィスカー!この程度の戦士しか味方にいないお前なんぞたかが知れてるぞ!」

彼は空に向かって叫ぶ。

「聞こえているか、マヌケ!貴様に加担した人間共がどうなるか教えてやる!そして待っていろ、お前もいずれこの僕が必ず見つけ出すからな!はははははは......」

「マヌケはあんたよ」

「はははははは、......は?」

大口を開けたまま固まるマオマオ。

彼の視界が俄かに暗くなる。

「はい?」


マオマオの目の前、日光を遮るように立つ少女がいた。

「残念だったね、ボク」

巻きヒゲの下、小さな口が頬を持ち上げる。

「な、なんで......」

あまりの驚きに反応できないマオマオへ、少女ツバメは両手を伸ばす。

そして少年のドジョウヒゲを鷲掴みにすると、左右同時にむしり取った。

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