陽子side その8

陽子からウィスカーの居場所を吐かそうとする、ドジョウヒゲ少年マオマオ。

VS

ウィスカーのいるところなどまるで知らない、顎ヒゲ少女陽子。


すれ違ったまま、2人の不毛な戦闘は始まった。

色の剥げ落ちた神社の社をバックに、両者は向かい合う。


先に動いたのはマオマオ少年だった。

両袖から取り出した数枚の紙切れ、白紙の札を、顔の横へと持ってくる。

すると。

少年のヒゲの先がひとりでに持ち上がった。

風に揺れたのではない。

意思を持った、まさにドジョウのようにウネウネと動き出したのである。


陽子は片眉を上げ、舌を出した。

「げえっ、なんだそれ」

気持ち悪がる彼女の前で、ドジョウヒゲはうねり続ける。

マオマオの持つ札の上をなでるように動き回る。

それに合わせ、ヒゲの走った跡に色が付いた。

白い札に、真っ黒い文字の列が書き込まれていく。

どうやらマオマオのヒゲには、墨筆の機能があるらしい。


さて、準備が完了した様子の少年マオマオは、

「正々堂々、いざ勝負」

札を挟んだ指を立て、片足を上げる。

そして前に踏み込む勢いと共に、両腕を振るった。

「はっ!」

左右の手から同時に放たれる4枚の札。

手裏剣のごとく回転を付けながら、陽子へ向かい飛んでいく。


「お、投げた」

お札がこいつの武器なのか?

意外な攻撃に陽子は少し驚いた。

しかし、なんのことはない。

横へ一歩動くだけで、楽にかわすことができた。

彼女の脇を通り過ぎた札はやがて失速し、ヘナリとしおれながら石畳に落ちる。

陽子はそれを見下ろした。

近くで見ても、ただの紙切れだ。

特に硬くもなければ、角を尖らせているわけでもないようである。

「どうした小僧。そんなんじゃ、おねえちゃんは倒せないんだぜ?」

陽子はせせら笑った。

そのとき。

彼女は頬に微かな風を感じた。

反射的に膝を落とすと、陽子の頭上を黒い影が高速で通過していった。

「ああ⁉︎」

彼女が振り返ると、すぐ背後に片足を上げた猿面が立っていた。

どうやら陽子のこめかみ目掛けて回し蹴りを放ってきたらしい。

とっさに陽子は猿面から距離を取るが、すぐに他の3人に囲まれた。

いつの間にここまで近づかれたものか。

陽子は彼らの気配に気付くことができなかった。


「ふむふむ」

しかし彼女は納得したように頷く。

状況はさておき、敵の思惑が読めてきたからだ。

マオマオの飛ばした札は、注意を逸らせるためのおとりである。

こちらが札に気を取られた隙に、猿面達が背後から忍び寄るという算段だったのだろう。

陽子はそう見て取った。

なにが正々堂々だよ。

彼女は心中で毒づいた。

しかし口には出さない。

たったの5対1で不平を言っては、ケンカ無敵の名が廃る。


「ほいじゃ、こっちもいくぜ」

四方を猿面達に塞がれるなか。

陽子は腰を落としながら身体を回し、正面に立つ男の足を蹴り払った。

そして転んだ男の肩を踏み付け、真上へと跳ぶ。

彼女は左から迫る1人の脳天へチョップを振り下ろし、右から羽交い締めにしようとしてきた1人の腕を蹴り上げる。

更には地面に着地する間際、後ろの男へ肘打ちを食らわせた。

一瞬のうちに4人全員を退けた陽子。

しかし、対する男達に怯む様子はない。

指の関節を鳴らしつつ、再び陽子へ向かってくる。

「上等じゃねえか」

陽子は楽しそうに笑った。


そんな最中、陽子は目の端で、マオマオが動くのをとらえた。

また札を投げようとしている。

今度は計8枚、札を持った両手を交差させながら振るってきた。

「んだよ、うぜえな!」

遠くから茶々を入れてくる子供が、陽子は気に入らない。

あれで戦いに参加しているつもりなのだからいい気なものである。

陽子はマオマオを無視しようと決めた。

紙の手裏剣など、当たったところでダメージにはならない。

よって避ける必要がない。

今の相手は目の前のサル供だ。

彼女は4人にのみ注意を払うことにする。


そのときだった。

パカリ。

1人の被っていた猿面が割れた。

車を運転していた男の面である。

なぜそれがわかるかといえば、彼の面には予めヒビが入っていたからだ。

走る車上にて、陽子が彼の頭をフロントガラスへぶつけまくった際にできたヒビだった。

何にせよ、今になってその亀裂は上下に渡り切り、面を2つに分けたのである。

露わになった男の顔。

それを見た陽子は目を大きく開いた。


歳は二十代後半といったところか。

エラの張った顎に、大きな鼻。

だらしなく開いた唇の厚い口。

その端から流れるよだれ。

焦点の合わない虚ろな瞳。

そして。

彼の額には、紙の札が貼り付いていた。

カマボコ板ほどの大きさをした白い札である。

その上に達筆な墨文字で「傀儡 ハルオ」と書かれていた。


陽子の背にゾワリと怖気が走る。

素早い動きを見せる男の、生気のない虚ろな表情。

そんな彼の額に貼られた札。

それと瓜二つのものが、今まさに陽子に向かって飛んできている。

彼女の頭に警報が鳴り響く。

もしや。

マオマオの投げる札は、ただの飛び道具じゃねえのか?

危険を感じた陽子は、身体を大きく仰け反らせた。

「おおぉっ!」

間一髪。

ブリッジのような体勢で、回転しながら迫る8枚の札を避け切った。

しかしとっさの判断で動いたあまり、陽子はバランスを崩す。

「......っとと」

転ばないよう身体を反転させ、地面に手をついた。

瞬間、彼女の顔面に激痛が走る。

陽子の鼻に猿面男のつま先がめり込んでいた。

隙を突いた鋭い蹴りをモロに受け、小さな身体が吹っ飛ばされる。

転がる陽子は石畳を外れ、境内の端、玉砂利の敷かれたところでようやく止まる。


「痛ってええ!」

砂利の上でうずくまり、陽子は顔を押さえる。

一方でマオマオは、

「どうして避けたのさ?僕の攻撃なんか」

ニヤつきながら手を広げた。

「ほひ、小僧」

陽子は涙目で少年を睨む。

「こいつらは何だ?」

猿面らを顎で差した。

「え?」

マオマオは4人を見回し、猿面を失った男に目を留める

「えーと、ハルオ。ハルオと仲間達でしょ。書いてあるじゃん」

「どこの何もんかって訊いてんだよ」

「ウィスカー探しに快く協力してくれてる同志さ。もしかしてタイプだった?」

マオマオはとぼけたように首を傾げる。

「ませた口利くんじゃねえよ」

陽子は赤い鼻にシワを寄せた。


ハルオと呼ばれた男に興味はないし、知り合いでもない。

しかし陽子は、彼の表情と似たものに覚えがある。

輝きのない瞳に、弛緩した口元。

それは2日前に相対した、女子高生の顔つきと近かった。

街を騒がせた幽霊少女、奥田蓮実。

結局のところ、彼女は死んでなどおらず、何者かに意識を乗っ取られ幽霊を演じていたようだった。

というのが前回の事件の結論である。

それを踏まえた上で、ハルオを含めた猿面男4人。

仕組みや操縦者は違えど、彼らもまた同じようなものなのではないか。

陽子はそう考えた。

男達は謎の少年マオマオによって操られている。

そして、彼らを操るために用いるアイテムがあるとすれば、それは1つしかない。


「そんなに気になるのなら、いっそ僕らの仲間になるのはどう?実はとっても簡単なんだ」

マオマオはまた袖から札を取り出した。

今度も4枚ずつである。

「内緒だよ?」

片目をつぶってみせると、彼はドジョウヒゲをニョロリと動かし、札に墨を入れていく。


「舐めやがって、クソガキ」

陽子は立ち上がった。

まっすぐに、マオマオへ向かい合う。

もはや彼の札がヤバいのは明らかだ。

少年自身がほのめかしてさえいる。

貼られた時点でアウト、陽子の推測が正しければ、意識を乗っ取られた上で操り人形にされる可能性が高い。

それならば、方針を180°変えざるを得ない。

男達にかまっている暇はなく、狙うべきなのは少年、ヒゲ・マオマオである。

そう決めるが早いか、陽子は走り出した。

「てめえからお仕置きだ、ボウズ!」

身体を前傾に倒し小さくなりながら、マオマオに向かって一気に駆ける。


「はははは、おバカだね!」

マオマオは大笑いした。

「僕にまっすぐ向かってくるなんて!」

余裕を示すように、ゆっくりと両手を振りかぶる。

狙う的がいくら素早かろうと、動くコースが分かれば当てるのは容易い。

ましてや陽子など、一直線に猛進してくるだけだ。

遮蔽物もない。

迎え撃つマオマオは、投てきのタイミングを計るのみである。

両者の距離が20mを切ったとき。

「はあっ!」

マオマオは右手を振り下ろした。

勢いよく放たれる4枚の紙切れ。

回転する札が、カーブを描きながら陽子を襲う。

だが、

「へっ⁉︎」

いずれの札も、陽子へ到達しなかった。

全ての札が、空中で破れ散ったのである。


「なんで⁉︎」

マオマオは思わず裏返った声で叫んだが、札が弾かれた理由はすぐにわかった。

陽子の両手に、幾つかの小石が握られていたからである。

彼女は蹴られて転がった際に、玉砂利を掴んでいたらしい。

「ちっ!」

マオマオは左手の札4枚も投げる。

が、ほぼ同時に陽子が放った小石により、またもや全滅した。

「飛び道具はお前の専売特許じゃねえ」

陽子は得意げに叫ぶ。

「石は紙より強いんだ!」

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