陽子side その7
なんか知らんが、はめられたみたいだ。
そう陽子は理解した。
猿面を付けた4人の強盗犯と、逃走用の人質として捕らわれた幼い少年。
その構図が実はウソで、彼らはグルだったらしい。
それどころか、少年が主犯格のような雰囲気である。
そして彼らの目的。
「アタシを探していたのか?」
何故かヒゲグリモー、そしてウィスカーの存在を知っている少年。
陽子は彼の全身を眺め回す。
よくよく見れば、彼の衣装はおかしなものだった。
詰め襟のついた上着は学ランに似ているが、袖の部分がとても太い。
先にいくにつれ大きく広がり、少年の両手はすっぽり隠れている。
そして、というかこれが最も注目すべき点であるが、彼にはヒゲがあった。
小さな少年には全く似つかわしくない、ドジョウヒゲ。
両頬から細く垂れ下がり、かすかに風に揺れている。
陽子は更に後ろへ下がり、少年から距離を取った。
ヒゲがあるのは陽子も一緒だが、目の前の彼はどう考えても同志ではない。
敵のオーラを出しまくっている。
警戒する陽子へ、ドジョウヒゲの少年は頷いてみせた。
「うん、そうだよ。ヒゲグリモーはこの町にいるんじゃないかと思ったから、ちょっとした騒ぎを起こしてみたんだ」
何のてらいもなく、無邪気に言った。
実際は「ちょっとした騒ぎ」どころではなかった強盗事件。
これは見せかけであり、本当の目的は陽子をおびき寄せるためだったという。
「なんでだ?」
陽子が訊いた。
少年は呆れたように笑いながら答える。
「なんでって?だからさ、ウィスカーを見つけるためだってば。あいつを直接探すのは大変そうだから、まずはその手下であるヒゲグリモーをあぶり出したかったの」
少年はよく喋る。
「そしたらチョロかったね。すぐおねえちゃんが釣れたもの。けど、どうしてこんなに早くウソ事件の現場に駆け付けられたのかな」
それは偶然である。
陽子がたまたま時計店付近に居合わせただけだった。
「やっぱり正義のヒロインを気取ってたりするわけ?魔法の力を手に入れたら、市民のために尽くしたいとか思っちゃうんだ」
尽くしてやった筈の相手にこの言われようである。
陽子は苦い思いだったが、ムカついたので言い返す。
「お前こそ、チビの脳みそで精一杯考えたんだな」
「......なんだって?」
少年の笑顔が固まる。
頰が引きつり、ドジョウヒゲが震えた。
「だってよ、そんな悪者ぶった作戦立てる必要はなかったんだぜ?アタシを呼びたきゃもっと単純に、その辺で迷子のフリするとか、ベビーシッター募集するとかよ」
自分を誘い出すためだけに、ここまで手の込んだことをするなど、陽子にとってはナンセンスである。
「こ、子供扱いするな!」
幼い容姿をバカにされた少年は声を荒げる。
「そもそもどこの誰がヒゲグリモーかわかんないから、人質事件を装ってこっちから目立って見せたんだろ?それに、別にお前なんてどうでもいいんだよ。さっきから言ってるけど」
真の目的はウィスカーである。
ヒゲグリモーを捕らえれば、その親玉であるウィスカーの居所を吐かせることができるのだ。
「にしては、アタシを殺そうとしたろ」
陽子は言った。
車でされた数々の仕打ちを思い出している。
少年は細い眉を釣り上げた。
「だって、ある程度は痛めつけた方があとで抵抗されないでしょ!最悪、君が死んじゃったって、ウィスカーの戦力を削ることになるし......。ねえ、全部説明しないとダメ?」
意外と気が短いようである。
「ってことで、じゃあそろそろウィスカーの隠れ家を教えてよ」
少年は飽きたように、会話を切った。
対して陽子は顎を上げ、胸の前で腕を組む。
そして少年を見下ろしつつ、
「それはできねえな」
そう、きっぱりと言った。
少年の顔から表情が消える。
切れ長の目が冷たい光を放った。
逆らうのならどんな方法をもってしても聴きだす。
彼の瞳はそう告げていた。
抑揚の抜けた声音で、少年は静かに問う。
「......ああそう。なんで?」
「知らねえからだ」
少年はよろめいた。
「待ってよ、そんなわけないだろ。ウィスカーの手下のくせに、奴の居所を知らないなんてウソだ!」
少年に指を突きつけるられた陽子は、口をすぼめてみせた。
「そう言われてもなあ。アタシはあいつの手下でもねえし」
「はあ?」
「つーか、そんなに会いたきゃ直接探せよ。その辺の縁の下にでも住んでんだろ、どうせ」
「バカか⁉︎じかに探して見つかるなら、お前なんかに訊くもんか!」
少年は気色ばむ。
完全に舐められていると思っているらしい。
正直に話す陽子と、それを信じない少年。
それ以前に、そもそも会話が噛み合っていない。
2人の間には絶望的な認識のズレがあるようだった。
「ふうん。あくまで知らないって言うんだ」
少年は荒げた息を整えつつ言う。
これ以上、陽子のペースに呑まれてはたまらない。
「それなら身体に訊いてみようかな。君の頭よりはお利口かもしれないね」
彼は小柄な身体を更に縮めた。
腰を落とし、右足を前に擦り出す。
攻撃の構えのようである。
対して陽子は、仁王立ちのまま動かない。
「やってみろ、ガキ」
そう言って、人差し指だけをチョイチョイと動かした。
「ガキじゃない。僕はマオマオ。道士っぽいヒゲの戦士、ヒゲ・マオマオだ」
少年、マオマオは名乗る。
「アタシは陽子。ヒゲシャイニーこと日向陽子おねえちゃんだ!」
全部明かす陽子だった。
「じゃあいくよ。覚悟してね、陽子おねえちゃん」
マオマオは大きく広がった服の袖から、両手を出す。
露わになった彼の指には、数枚の白い札が挟まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます