陽子side その9

「くだらないマネしやがってボケ!」

マオマオは悪態を吐いたが、その顔は青い。


札に触れることなく、かつ弾き返す。

陽子の対処方法は単純だが効果的である。

恐ろしいのは札の持つ効力であり、使用される紙自体には殺傷力も防御力もないのだ。

相手を見くびり油断していたマオマオは、それを忘れていた。

もはや新たな札を用意する余裕がない。

すぐ目の前にたてがみ少女は迫っていた。


「おらあ!」

走るスピードを一切緩めない陽子。

マオマオの腹目掛け、右ストレートを放つ。

それに対しマオマオは、大きな円を描くように左腕全体を回し、

「はいや!」

と陽子の拳を払いのけた。

続けて放たれるヒゲ少女の蹴りや突きを、彼は華麗な手さばきで受け流していく。


「お前、話が違えじゃねえか!」

陽子は舌を巻いた。

全ての攻撃が絶妙な角度で払われ、逸らされていく。

有効打が入らない。

これまで卑怯な手ばかりを使ってきたマオマオだが、彼は普通に強い。

「はい!はっ!はいやぁ!」

陽子の猛攻に対し、かわいい掛け声で応戦する。

しかし、押しているのはあくまで陽子の方だった。

上下左右から思うままに手足を繰り出す彼女は、マオマオに反撃の隙を与えない。

新たな札を出させない。

「うれうれ、どうした小僧!アタシにお札を貼ってみろ!」

「はぁっ、はぁっ!......だまれ!」

一方で息を荒くした少年は、じりじりと後ずさる。

陽子の打撃を受け流し続けてはいるが、決してダメージがないわけではない。

衝撃を和らげているだけだ。

四肢が軋む音を立て始め、また疲労も着実に積み上がっていた。

そして何より、予測不能の乱打を受け切るための集中力がもたない。

ついには、石畳に足を取られて体勢を崩す。

「あっ!」

後ろに傾きつつ、マオマオは空を掻いた。

絶好のチャンスを前に、一方の陽子はぐるりと身体を回す。

同時に右足を上げると、マオマオのみぞおち目掛け、

「はいや‼︎」

とソバットをかまそうとした。


しかし、陽子はそこで停止する。

片足立ちという不安定な姿勢のまま、彼女は動かない。

動けない。

「.........くそ」

陽子は気が付いた。

視界がぼやけ出すなか、錆びた金具のようなぎこちなさで、ギリギリと首を下へ向ける。

やっぱな......。

彼女のグローブと胴の中央、マントのかかった肩にブーツ。

身体の計4箇所に、札が貼り付いていた。


マオマオの仕業ではない。

彼は防御に手一杯だった。

貼ったのは猿面の男達である。

地面に落ちていた札を拾い、いっせいに陽子へ投げ付けたのだ。


やっぱ、そういうやつじゃねえかよ......。

薄れゆく意識のなかで陽子は思った。

札を貼られた途端、身体に力が入らなくなり、頭の中にもモヤがかかったようだ。

予想した通りの呪力を、札は持っている。

このまま意識を失えば、きっとあの男達と同じように。

マオマオに操られてしまうのだろう。


ちくしょう......負けた......。

陽子は素直にそう感じた。

相手の人数も手の内も受け入れた上で、彼女は勝負に応じ、そして敗れたのである。

今さら卑怯をなじるつもりはない。

こいつら......やりおるわ.........。

ウィスカー、逃げ......。


そこで、陽子の思考は止まった。



「あはは、危なかったあ」

マオマオは砂のついた尻をはたきながら立ち上がる。

「ありがとう諸君、助かったよ。人間のわりには良くやったね」

無言で立つ男達に、冷や汗をぬぐいつつ頷いてみせた。

それから彼は陽子に向き直る。

札を貼られた陽子はうっすらと目を開け、大人しく突っ立っていた。


「よし。じゃあ早速だけど、おねえちゃん」

マオマオに呼ばれ、陽子はピシリと背筋を伸ばした。

糸で吊られた人形のようである。

「僕をウィスカーのところへ案内するんだ」

少年は人差し指を立て、指示を出した。

しかし言われた陽子は動かない。

「おい、聴いているのか?ウィスカーの居所を教えろ」

マオマオは苛立つ声で繰り返した。

だが、やはり陽子は反応しない。

「ん?......まさか」

少年は嫌な予感に襲われる。

「本当に知らないの?」

その問いに、陽子はこくりと首を動かした。

「なんだよ、使えない!こんだけ仕掛けたのに、まるで意味ないじゃん!」

マオマオは天を仰いだ。

そして独り呟き出す。

「とんだ徒労だよ、まったく。それじゃあもうこいつに用はない。腹立つし、さっさと処分しちゃうか」

物騒なセリフが出た。

「ああ、でもそうすると振り出しに戻っちゃう。結局は自力でウィスカー本人を探さなけりゃならないのかあ。いったん出直す?いやダメダメ、あんだけ見得切っちゃったんだもん。収穫なしで帰ったらどんなに笑われることか。待って。陽子を人質に使ってどうにかウィスカーを誘き寄せることはできるのかな。いや、ウィスカーがたった1人の人間のために出てくるとは......」


そこでふと、マオマオは首を上げた。

カツン、カツン。

乾いた音が聞こえてくる。

人の足音だ。

誰かが石段を上り、境内にやって来るようである。

参拝客だろうと少年は思ったが、身を隠す気はない。

足音の主を静かに待ちつつ、袖口から札を取り出す。


カツン、カツン、カツン。

やがて、次第に大きくなる靴の音と共に。

境内の縁に、黒いシルクハットが現れた。

続いて見えてくるは、ドリルの如きツインテールの髪。

そして燕尾服にフリルのスカート。


「見つけましたよ、日向さん」

とびきりの不機嫌な顔で、巻きヒゲを付けた少女が境内へと足を踏み入れる。


ヒゲグリモーはもう1人いる。

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