その12

「シャイニーパーンチ‼︎」


陽子は、光に包まれる右の拳を突き出した。

対して彼女の真正面、エイトアーマーの中から女子高生が叫ぶ。

「お前のパンチなんぞ効くかあ‼︎」

透明ダコの軟体は、一切の衝撃を受け流すよう作られている。

事実、陽子のこれまでの攻撃は、蓮実の身体へ届くことがなかった。

たとえ「必殺」だろうがなんだろうが、打撃攻撃である以上、案ずることは何もない。

「2匹目、採集完了じゃ‼︎」

うしゃしゃしゃ‼︎

巻島博士は勝ち誇ったように笑い、狙いを外したタコ足を陽子に向けてUターンさせた。


だが。

「うりゃあ!」

陽子の拳は突き進む。

何の障害もないがごとくエイトアーマーの胴体を貫き、蓮実目掛けて向かってくる。

「はあ⁉︎」

信じられない光景に、牧島は我が目を、蓮実の目を疑う。

訳がわからなかった。

エイトアーマーの皮膚が破られた感触はない。

ただ陽子の光る右腕が、アーマーの胴体を「通り抜けて」くる。

予想だにしない現象を前に、もはや避けようがなかった。

巻島は、自らが支配する蓮実の腹へ輝く拳がめり込んでいくのを、ただ呆然と見つめるのみであった。


「何故じゃ......」

研究所にて巻島博士が呟くと同時に、彼の目となっていた正面モニターが真っ暗になった。



「うりゃあ‼︎」

陽子が放ったシャイニーパンチはエイトアーマーの胴体を無視するように通り抜ける。

そして、陽子の右肩までタコに埋まったとき、彼女のグローブが蓮実の腹に到達した。


クリーンヒットの衝撃に、アーマーに埋め込まれた蓮実は、大きく全身を痙攣させる。

「おげえっ‼︎」

激しくえずきながら、身体を折り曲げた。


胃液の泡を吐き、苦しむ蓮実。

思い返せば、実に気の毒な少女である。

意識を奪われ散々操られた挙句、しまいには腹を思い切り殴られることになったのだ。

「痛い、痛いよお......」

だが陽子のパンチの衝撃によって、彼女はようやく意識を取り戻した。

蓮実は激しく咳き込み、涙を流しながらのたうち回る。

その弾みに、彼女の髪の間から小さな機械がこぼれ落ちた。

耳に取り付けられていた通信機である。

通信機が外れたことで、ようやく蓮実は、巻島の呪縛から解かれた。

これがなければ巻島は、蓮実の目や耳から入る情報を受信することができない。

また、蓮実を通じてタコを操ることもできない。

司令を欠いたエイトアーマーは動きを止め、天井から剥がれた。

下水を跳ね上げ、水路に崩れ落ちる。


「やったか......?」

降ってきたまま動かない透明ダコを、陽子は踏みつけた。

タコはピクリともしない。

中の蓮実はビクビクと苦しみ続けているが、どう見ても戦闘不能である。

「や、やってた。勝った勝った!」

ウィスカーもそばに寄ってくる。

「よくやったニャ陽子!」

少女とネコは顔を見合わせた。

「シャイニーパンチ大成功だモニャ‼︎」

「おう、本当に通じたな」

「まったくヒヤヒヤしたモニャ。バカのふりして、策士ニャねえ」

「よせやい、ニャンコ。だけどさ」

陽子は輝きを失った拳を眺めた。

「意味わかんねえよ。アタシの腕がタコを通り抜けたぞ?」


実は陽子は、必殺シャイニーパンチの仕組みを説明されていない。

ウィスカーから、ただ打てばいいと言われただけである。

「どういう仕掛けなんだ?」

「それニャ」

問われたウィスカーの笑顔が固まった。

わずかに言い淀んだあと、おずおずと話し始める。

「今だから言うけど......。ほんとはシャイニーパンチなんて技はないニャ」

「へ?」

「必殺技でも何でもなくて、威力的にはただのパンチなんだモニャ」

「タダノパンチ」

「違う、そういう技じゃニャくて。要はヒゲシャイニーの持つ能力を、キミが自力の本気パンチに乗っけただけニャ。だからシャイニーパンチは、まあ、便宜上の名前ニャ」

ウィスカーは最後のところを早口で締めた。

「ああ?よくわかんねーって。何なんだよ、ヒゲシャイニーの能力って」

陽子の声が苛立ちを帯びる。

「やっぱり気になるかニャ。そうニャよね......」

目を逸らしつつ、ウィスカーは再び語り出した。


ヒゲシャイニーは光の戦士である。

身体に浴びた光を吸収し、エネルギーに変換することで、固有の能力を使うことができる。

さてその能力であるが、簡単に言えば、「自らの身体に光の性質を加える力」である。

つまり、

「透明なものを通り抜ける⁉︎そんだけ⁉︎」

陽子は叫んだ。

「んニャ。キミの身体はガラスとか水とか、とにかく透明な物質であれば、その障害を無視することができるのニャ。光みたいに」

白状するように言ったウィスカーに、陽子は更に詰め寄る。

「何だよ、それ!全然使い道ねえじゃん!」

ウィスカーの予想した通りの反応だった。

だから言いづらかったのである。

「まあまあ、そこは頭の使いようニャし......、今のタコだってそれで倒せたわけニャから」

「そりゃそうだろ!向こうが透明だってんで、お前が合わせにきたんだからな」

するどい突っ込みを放つ陽子だった。

「でも、とっても似合ってるニャ」

「うっせ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る