その11
ヒゲシャイニー陽子対エイトアーマーの殴り合戦、投げ合戦は終わらない。
それは互角というより、決着のつきようのない不毛な戦いであった。
素早さでは陽子が勝るため、アーマーの繰り出す触手をほとんど避けることができる。
だがそんな彼女の攻撃も、柔靭な防御力を持つエイトアーマーへダメージを与えられないのだ。
「はニャニャニャ......」
ウィスカーは呻いた。
泥仕合に巻き込まれないよう、離れた場所から見守るので精一杯である。
それにしても、と彼は心配でならない。
戦いの行方も当然気になるところだが、いま気がかりなのは、陽子が楽しんでいるようにしか見えないことである。
透明ダコを(掴まれているツバメごと)投げ飛ばしまくってはバカ笑いしているだけだ。
進展がない。
「何してるモニャ、陽子。早くあれを出すニャ。そんでツバメを助けるニャ......」
大声で指示を出すことができないのが非常に歯がゆい。
もしや、テンションの上がり切った陽子は忘れてしまったのだろうか。
透明ダコを倒すにはヒゲシャイニーの能力、シャイニーパンチを見舞うほかないと教えた筈だが、彼女にそれを使おうとする素振りが全く見えない。
「いやいや」
ウィスカーは短い首を振る。
そんなことはない。
陽子はタイミングを計っているのに違いない。
シャイニーパンチのチャンスは1回こっきり、しかもタコの胴体内部にいる女子高生に放たなければならないのだ。
それを理解しているからこそ、彼女は二の足を踏んでいるのである。
8本のタコ足を巧みに攻撃と防御へ割り振っている敵相手に、どうやってパンチを打ち込むか。
陽子はああ見えて、必死で考えているのだろう。
頼む、そうであってくれ。
ウィスカーはまぶたを閉じ、肉球をこすり合わせた。
さて、そのときであった。
銃声のような音がトンネル内に響き渡る。
ウィスカーが目を開けると、湾曲する天井にへばりついたエイトアーマーと、両腕を妙な具合に上げたまま立つ陽子の姿があった。
陽子がまたも、アーマーを壁に投げ飛ばしたようである。
「いい加減にせえ!いくらワシを投げ付けようと、何の意味もないことを理解しろ!」
女子高生蓮実の口を使い、巻島博士が叫ぶ。
「いいから降りてこい、バカタコ!何度でもやってやるよ!」
陽子は中指を立ててみせた。
「いーや、もう嫌じゃ!時間の無駄じゃ!ワシは一切、下には降りんからな!」
巻島は駄々っ子じみた口調で返した。
つまりは、とウィスカーは状況を読む。
拳が効かないと知るや、投げ技ばかりの攻撃に徹する陽子。
対して、それにうんざりした透明ダコ女は天井に張り付き踏ん張ることで、これ以上投げられないようにしたわけである。
見れば、エイトアーマーはタコ足4本分の吸盤を、びったりとコンクリートの壁に密着させていた。
あれでは、たとえ陽子が下から強く引っ張ったとて、びくともしないだろう。
「なんだ、ヘタレダコ。そんなとこに吸い付いたまま、アタシを捕まえる気かよ。笑わせんな」
見上げつつ、陽子は腕を振り回す。
「やかましいわ、お前がかかってこい!こっちの娘を返して欲しけりゃあな」
巻島博士はツバメをまた揺すってみせた。
彼は考えている。
人質を示しつつ、この後の算段に頭を巡らせる。
(さてさて)
どうにかして、この異様な力を持つ娘達を両方とも生け捕りにしたい。
こちらが燕尾服の娘を捕獲している以上、たてがみ娘が仲間を置いて逃げたりはしない筈だ。
問題はたてがみ娘がちょこまかと素早く、エイトアーマーのスピードをわずかに上回ることだが、それについては彼女がこちらに向かって来ざるを得ない状況をつくれば解決できる。
そしてその状況はすでにできあがっている。
こうして天井に張り付いている限りぶん投げられることもないし、娘自身の拳や蹴りがエイトアーマーに通じないのも実証済みだ。
こちらが受けに徹していれば、向こうは必ず燕尾服娘を取り返しに向かってくる。
そうなれば、あとは空いている全部の触手をたてがみ娘の捕獲用に回すだけだ。
しかし、この娘......。
方針が煮詰まったところで、巻島は抑えていた怒りを吐き出した。
「ケツを振るのをやめい!」
陽子はエイトアーマーに背を向け、尻を左右にプイプイと揺らしていた。
「大変だ、アタシのケツが勝手に動き出した!今狙われたらおしまいだ!」
巻島が考えている少しの時間も無駄にせず、ガンガン煽ってくる。
「こんなときに発作が出るとは、くそっ!これじゃあアタシは一歩も動けないし、タコにとっては大チャンスだよう!」
陽子はヘラヘラと、実に腹の立つ顔を蓮実へ向けた。
「まあ、こんなに小さいアタシのケツを狙えればの話だけど」
「だから!」
巻島の声が更に苛立ちを帯びる。
「お前が来いと言っとるだろうが!」
さっきから主導権を示しているつもりなのだが、全然通じていない。
「こっちの娘がどうなってもいいのか⁉︎話を聞けアホ!」
しかし陽子は透明ダコを相手に、タコ踊りを続ける。
「シリませーん、お尻と話す人がアホでーす。あははははは」
「こいつ!......」
巻島は二の句が継げないほどムカついた。
そして一切のやり取りが無駄だと察した。
精神衛生にも非常によろしくない。
会話は打ち切り、全力でこの腹の立つ娘を捕らえにかかるのみである。
「じゃれ合いは終わりじゃ」
巻島博士は、エイトアーマーのタコ足3本を陽子へと向けた。
*
3本?
一方、傍観するウィスカーはハッと目を見張る。
あれだけ陽子が怒らせたタコ娘だが、彼女がいい加減決着をつけようと動員してきたタコ足は、たったの3本なのだ。
その理由は、一目瞭然だった。
もともとの8本足のうち、4本を天井に張り付くために使い、1本をツバメの捕縛用に使っているからである。
よって空いているタコ足が3本しかないのだ。
しかも、その全てを攻撃に費やそうとしているところを見ると、敵は自身の防御を考えていない。
「今しかないニャ」
ウィスカーは息を呑む。
ついにシャイニーパンチ発動の機会が訪れた。
現に今、透明ダコに収まる女子高生の正面はガラ空きである。
敵が陽子の攻撃を取るに足らないと判断し、かつ使えるタコ足も制限されている状況。
こんなタイミングは二度と来ないであろう。
ウィスカーは手足をバタバタと動かした。
なんとかして、陽子へ合図を送ろうと試みる。
身振りのみで声は出さない。
敵にまで、こちらに奥の手があると勘付かれてしまうからだ。
(いつまで尻振ってるニャ!こっち見るニャ!)
だがウィスカーの心の叫びも虚しく、3本の透明なタコ足はその身を大きく曲げ、引き絞った弓のような姿勢をとった。
両者の距離は、およそ10m。
踊り続ける陽子の背中を目掛け、いつ飛び出してもおかしくない。
(陽子ー!今ニャ今!お前が楽しみにしてたシャイニーパンチの時間ニャ!)
「くらえ‼︎クソガキめ‼︎」
巻島は雄叫びを上げる。
同時に、3本のタコ足が勢いよく放たれた。
陽子を正確に狙い、一直線に突き進む。
「陽子ー‼避けるニャー‼︎︎」
ウィスカーは堪らず叫んだ。
そのとき、ようやく陽子はウィスカーを横目で見る。
そして、ニヤリと口の端を持ち上げた。
「モニャ⁉︎」
ウィスカーへ密かに向けたその笑みは、タコを挑発していたときとは質が違う。
まるでそれは、
「思惑通り......ニャのか?」
グローブに包まれた陽子の右拳が光りだす。
ウィスカーは確信した。
彼女はシャイニーパンチを打とうとしている。
一体どこまでが陽子の計算なのか、内側から溢れ出すような拳の輝きは、彼女の身体で死角となり、タコ少女には見えていない。
そしてついに、タコ足が陽子に届くという瞬間。
陽子は後ろ向きに、エイトアーマーの胴体の方へと跳躍した。
3点から挟むように襲いかかったタコ足は、ターゲットが手前に飛び込んできたことにより、狙いを外される。
「き、急に動くな!」
不意を打たれた巻島が慌てるが、もう遅い。
蓮実のすぐ目の前に陽子が迫っていた。
「必殺......」
空中で身体を捻りエイトアーマーに正面を向けると、まばゆいほどの光に覆われた右の拳が露わになる。
「なんじゃ、それは‼︎」
巻島の悲鳴を代わって叫ぶ蓮実。
彼女の腹を狙い、陽子は正拳突きを放った。
「シャイニーパーンチ‼︎」
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