その10

とうとう敵に追いついた陽子。

開いた瞳孔でエイトアーマーを見据えながら、全速力で向かっていく。


日頃からケンカに明け暮れる日向陽子であるが、もとより小難しい策を弄するタチではない。

正面からぶつかり合うタイマン勝負が信条である。

巨大な透明ダコとの距離を見るまに詰めると、浅い流れの底を蹴り、大きく前に跳んだ。

得体の知れない相手にも躊躇がない。

一気にエイトアーマーの懐に飛び込むと同時に、陽子は右拳を振りかぶった。

「うらあ‼︎」

上体のひねりを効かせた全力の右ストレートを放つ。

タイヤの破裂したような音がトンネルに反響した。


だが。

その攻撃を食らったのはアーマーの胴体ではない。

衝突の寸前、素早く現れた3本のタコ足が壁を作るように並び、彼女のパンチを正面から受け止めていた。

めり込んだ陽子の拳を中心に、透明のタコ足全体へと衝撃の波が広がる。

そして、波紋はすぐに治まった。

「フフフフ」

蓮実の口から、あざ笑うような声が漏れる。

エイトアーマーに攻撃が効いている様子はない。

反対に、陽子の方が強い弾力により押し戻される。

やはり透明ダコの軟体は、どんな衝撃も受け流してしまうようだった。

ツバメが音符球で攻撃したときと、全く同じ結果である。

「うらうらうらっ‼︎」

陽子は続けてパンチの猛ラッシュを繰り出すが、まるで意味がない。

タコを揺するだけだ。

鞭のようにしなる触手が真上から迫ってきたため、やむなく陽子は後ろへ跳び距離を取った。


「やっぱ、ただ殴っても効かねえか」

すぐに体勢を整え、陽子は反撃に備える。

そんな彼女に向かって、

「ははははは」

博士の操る蓮実が、挑発するように高く笑う。

「すごいじゃろう、ワシの発明は。お前、アーマーが見えるからって、調子に乗っとったんじゃないか?そうだろう。だが残念、たとえ見えたとて攻撃が通じなけりゃ意味ないのう」

そう勝ち誇ったところで、巻島は初めて気が付いたように陽子をまじまじと見た。

「うん?お前よく見れば、我がエイトアーマーにしつこく食らいついてきた、素っ裸のガキじゃないか?」

「そうだよ、今頃かよ。なんだと思ってたんだ?あと、裸だったのはしょうがなかったからだから、あんまり言うな」

陽子がむくれた顔で答えると、巻島博士は何度も頷きながら、ヒゲシャイニーの衣装を眺め回す。

「ほうほう、なるほど。つまりお前は、どうやってここまで追ってきたのかはわからんが、この娘を取り返しにきたってわけじゃな。こいつの仲間なのか?」

巻島は、捕らえたツバメを揺すってみせた。

意識のないツバメの首が、ガクガクと前後に倒れる。


「そうさ、アタシの仲間だよ。丁重に扱え」

陽子は巻島を睨んだ。

「そうかそうか、そりゃ悪いことをしたのう」

対して、巻島博士は優しい声色で言った。

「ここまでついてこれた褒美じゃ。仲良く生け捕りにしてあげようじゃないか。そっちに浮かんでおるネコのオモチャもな」

巻島は静かに、ゆっくりと透明のタコ足を八方に広げていく。

目の前に立つ陽子を包み込むような体勢である。


しかし、向かい合う陽子は怯みも退きもしない。

手首と足首を回しながら、今にも襲い掛かってきそうなタコ足の群れを順に見やる。

「悪いけどアタシは捕まらねえし、ツバメも返してもらう。そんでタコは焼いて食う」

再び対峙する陽子とエイトアーマー。

いよいよ決着のときである。



一瞬の沈黙の後。

先に動いたのは牧島博士操るエイトアーマーだった。

4本のタコ足が凄まじい速さで弧を描き、左右から挟み込むように陽子を襲う。

対して、下水に身を浸すように伏せた陽子は、攻撃をやり過ごすと後ろへ跳んだ。

巻島博士は手を緩めない。

陽子に反撃の隙を与えないとばかりに、タコ足の群れを縦横無尽に振り回した。


その様子を、陽子は低く身構えたまま、まんじりと見つめる。

ただでさえ、ほぼ透明のタコ足である。

明かりの乏しい下水道の中では、ヒゲグリモーの視力を持ってしても、目で追うことが難しい。

だが、

「それほどでもねえな」

素早く目を走らせなら、陽子は呟いた。

全てのタコ足を把握するのは確かに至難である。

だが、これらを操っているのは1人の人間なのだ。

個々の足の動きは、まったく読むことができないというほどではない。

そう見てとった陽子は、突然飛び出すと、1本のタコ足を両手で掴んだ。

「はい捕まえた!」

がっちりと押さえて離さない。

今の彼女は魔法少女ヒゲグリモーである。

校庭で同じように争ったときとは腕力がまるで違う。

「せいや!」

陽子は掴んだタコ足を勢いよく上下に振る。

生まれた波が足の根元へ伝わり、エイトアーマーがひっくり返った。

「なんじゃと⁉︎」

驚いて動きを止めたアーマーの隙を突き、陽子は掴んだままのタコ足を思いっきり振り回す。

「ちょっ、待て待て」

なす術もなく、エイトアーマーは下水道の壁に叩き付けられた。

「わはははは!」

今度は陽子が高笑いを上げる番だった。

「だせえ!引っ張りダコだ!」


だが依然としてタコにダメージはない。

「効かんわ!」

巻島博士は声を荒げ、猛反撃を始めた。

透明のタコ足が唸りながら陽子を襲う。

陽子は1本を靴の裏で受け、続く1本を両手でホールドした。

だが続く3本目を止められず、真上から振り下ろされたタコ足によって、陽子は汚水の中に頭から叩き込まれた。

寒天のような性質を持つタコ足だが、電柱ほどの太さで脳天を打たれれば、その衝撃は大きい。

「ぶはっ、痛え!汚ねえ!」

陽子は口を拭いつつ、ふらふらと立ち上がる。

そこへ更に、エイトアーマーが追い討ちをかけた。

先を拳のように丸めたタコ足による突きの連打だ。

「はははは、タコ殴りじゃ!」

しかし黙って攻撃される陽子ではない。

こちらも連続パンチを繰り出し、勘に近いかたちでタコ足を全て受け切ると、隙をついてまたもや1本の足を両手で掴む。

そして今度はくるりと身体を反転させ、前転するような姿勢をとった。

「おい、ウソじゃろ......」

「うおりゃあ‼︎」

肩に担いだタコ足を思い切り両手で引き下げ、エイトアーマーを前方に投げ飛ばした。

一本背負いもどきである。

小さな身体から発揮される怪力に、抗う間もなく、透明ダコはまた壁にぶつけられた。

「8本足も大したことねえな!もっと予測できない動きでこい!」

「黙れ、アドバイスするな!お前の攻撃など効かんというのがわからんか!」

拳とタコ足の交錯は続く。

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