その9


「収穫じゃ、収穫じゃ!」

等間隔に電球の並ぶ、チューブ状の道。

薄暗いそのトンネルの底面には、生臭い汚水が浅く流れている。

下水道である。


「今日は朝から良い予感がしとったんじゃ」

水の流れとは反対の方向へザブザブと進むのは、タコの細胞を利用して作られた装備、エイトアーマーだ。

「朝から腰の具合がいいときは決まってツイている日だからのう。それは前に話したな、アンドロメダ」

壁にわんわんと反響する声は、アーマーに包まれた女子高生、奥田蓮実の口から出たものだ。

研究所にいる巻島博士のセリフがそのまま再現されている。


「残念ながらエイトアーマーは改良の余地あり。しかしそんなことはどうでもいい。そうだろうが。代わりに新たな、至極興味深い研究対象を手に入れたんじゃから」

巻島の操る透明ダコは今、下水道に造られた彼の研究所に向かっている。

タコ足の1本には、付けヒゲに燕尾服姿の少女、ツバメが握られていた。

ツバメはぐったりと身体を折り、アーマーの動きに合わせて、揺れている。

彼女に意識はない。

下水道に降りた直後、呼吸のできないツバメはとうとう気を失っていた。


「この手で直に触るのが楽しみじゃわい」

エイトアーマーに対し、不思議な力で向かってきたヒゲの少女。

彼女は明らかに人間離れした脚力、そして謎の光球を使った攻撃を見せてくれた。

博士は少女の身体を早く調べたくてたまらない。

「科学の技術によるものか、はたまたそれ以外の何かなのか。なんにせよ面白い娘に違いな......」

唐突に、蓮実の口が止まった。

「......うん?どうしたって?アンドロメダ」


下水道の奥深くに造られた、巻島研究所内にて。

博士の独り言を中断させたのは、彼の隣に置かれた黒電話型の助手アンドロメダである。

抑揚のない無機質な声で、彼女は報告を始めた。

「接近物を 感知しました。その数は 2つ です」

研究所へ帰還中のエイトアーマーに対し、近付いてくる物体があるという。

「なに、この下水道でか?ネズミの夫婦かなんかじゃないのか?」

巻島はイスを回転させ、助手の方を向く。


だが直後、下水を踏むバシャバシャという音が、蓮実の耳を通して室内のスピーカーへと届いた。

小動物の立てる音ではない。

博士はすぐさま正面モニターに向き直る。

アーマーを振り向かせ、来た道へと視点を移動させた。

「誰じゃ?」

モニターの向こう、薄ぼんやりとしたぬるい闇に向かって誰何すると。


やがて、次第に大きくなる、水を跳ね上げる音と共に。

こちらに向かって駆けてくる、ライオンのようなたてがみを持つ少女と、空飛ぶネコの姿が映し出された。



「見つけたぞ、インチキ幽霊!」

仄暗い下水道の中。

その前方に、制服を着た少女のうしろ姿を捉え、陽子は叫んだ。

更に近づくにつれ、敵の全貌が見えてくる。

女子高生を包み込む、水袋のような丸い胴体。

その周りには巨大な触手の群れがのたくり、うち1本がしなだれるツバメをつかんでいる。

その姿はまるで、

「でけえタコじゃねえか」

陽子が透明ダコ、エイトアーマーをヒゲグリモーの視力で見るのはこれが初めてである。

「だから何度もそう言ったニャろ!」

小声で怒鳴ってから、ウィスカーは陽子の耳に口を寄せた。

「あれが敵の正体モニャ。けど、わかってるニャ?キミに透明ダコが見えてることを奴は知らニャい。そこをうまく利用して攻撃するニャ」


下水道に降りてからニセ幽霊に追いつくまでの間に、ウィスカーと陽子は短い打ち合わせをしていた。

陽子が必殺技を放つタイミングについてである。

必殺「シャイニーパンチ」。

光の戦士ヒゲシャイニーの特殊能力を利用したその技を使えば、確実にニセ幽霊を倒すことができる。

そうウィスカーは断言した。


しかし問題もあるという。

それは、チャンスが一度しかないことである。

シャイニーパンチを使うためには、予め陽子の身体にエネルギーとなる「光」を貯めておかねばならないのだが、地上では満足な充電ができなかった。

その量はせいぜいシャイニーパンチ1発分程度、そうウィスカーは推定する。

よってタコに向けての攻撃に失敗した場合、再度放とうとすれば、ウィスカーがまた懐中電灯で陽子を照らさなければならない。

だが当然、そのための数十秒という時間を敵が設けてくれる筈はない。

ウィスカーは陽子に言い聞かせた。

「外したら終わりニャと思え」

そのため、シャイニーパンチ成功の確率が上がるよう、少しでも敵を油断させる必要があるのだ。


「おう、まかせとけって!」

理解しているのかいないのか、陽子はコクコクと頷くと、ニセ幽霊に向かってまた叫んだ。

「そこで止まれ!お前は完全に包囲されている!」

その言葉に、

「なんじゃい、お前は」

巻島博士操る蓮実は素直に動きを止め、陽子に問う。

対して陽子は、蓮実の顔を指差し、更に言った。

「止まったら、手を壁につけ!全部の手だぞ、バカ野郎!」

「ちょっ、バカはお前ニャ!」

言ったそばから失言をかます陽子を、ウィスカーが慌てて制すが、もう遅い。

「全部の手?」

案の定、巻島博士が反応した。

「見えておるのか?なんと。我がアーマーを見破る奴がまた現れおったわ」

「あ!あっちゃー」

即、アドバンテージをフイにした陽子は舌を出す。

「......もういいニャ」

ウィスカーは額に手を当てた。

「キミの好きなようにやるニャ、陽子」


ため息まじりに言われた陽子だったが、彼女は不敵に、そして嬉しそうに歯を見せた。

「おう、そうするさ!」

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