その13
そんなこんなでひと段落が着いたときである。
「ぎゃっ、何だこれ」
陽子は悲鳴を上げた。
気が付けば、転がったまま停止していたエイトアーマーが、ドロドロと溶け出していた。
透明だったタコは、白く濁ったゲル状の液体へと変わり、下水に流され闇へと消えていく。
「腐るの早すぎねえか」
「自滅するシステムでもあったのかモニャ」
さて、あとに残ったのは、退治のように体を丸める女子高生だけである。
腹部への痛みがある程度は治まったのか、蓮実は小さな寝息を立てていた。
よほど消耗が激しいらしい。
「で、どうするよ。こいつ」
「とりあえず地上に連れていくニャ。ここへ置きっぱにして死なれても嫌ニャし。交番の前にでも寝かせておけば、どうにかなるニャろ」
適当に答えたウィスカーに対し、
「そうだな。あとの裁きは、法にゆだねるとしよう」
陽子が渋い声色でふざけると、
「待って下さい。その人は」
後ろから声がした。
「操られていただけだと思います」
陽子とウィスカーが振り向くと、壁に背をもたれて座るツバメがいた。
「ツバメ!大丈夫か」
「良かったモニャ、無事だったかニャ!」
2人は歓声を上げたが、この瞬間までツバメのことは忘れていた。
「無事なもんですか、ひどい目にあったわ。何ここ、臭い!」
身体中、汚水と白いドロドロにまみれたツバメは頰を引きつらせる。
「下水道だもんニャ。でもツバメのおかげでここまで来れて、タコを倒せたモニャ」
「ああ、私の音符球を見つけたのね。それはありがとう」
ツバメは額を抑えながら立ち上がり、フラつきながら寄ってくる。
そうして、眠る女子高生を示して言った。
「この人はきっと、誰かに意識を乗っ取られたのよ。だって、明らかに喋り方が変だったじゃない。なんかお爺さんみたいな」
「変だったよなあ。最近のJKはそういう感じなのかと思って流したけど」
その線もありますが、とツバメは一応先輩を立てつつ、
「とにかくこの人、私を連れていく最中も、ずっと1人で喋っていたんですけど。それが私のことを『早く触りたい』だの『待ち遠しい』だの、おかしな言いまわしでした。なんて言うか、すぐそばにいる人の発言に思えなかったんです。そんな気がしたってだけですが」
「んニャ。たしかに、この娘はどう見てもただのチャラい女子高生ニャ。あんな透明ダコを作ったり操ったりするようには思えないかモニャ」
「つーことは、こいつは操り人形で、ホンボシが他にいるのか」
陽子はどこか遠くを見るように目を細めた。
「日向さん、刑事ドラマ好きですよね?」
「けど、だとしたら悪いことしちゃったな」
陽子は振り返り、蓮実を見下ろした。
無防備の彼女に対し、陽子は全力のパンチを見舞っている。
「それは仕方ないニャ、悪いのは全部ホンボシニャんだから。しかしマズいことになったニャ。そのどこにいるかもわからない黒幕に、ヒゲグリモーの存在を知られてしまったモニャ」
新たな不安の種に顔を曇らせるウィスカーに対し、陽子は、
「え、他人に知られちゃダメなのか?」
と、がっかりしたように言った。
それを無視して、
「まあ、どこにいるかわからないって言っても」
ツバメは無機質な灯りが並ぶ下水道の上流を睨んだ。
エイトアーマーの進もうとしていた方向である。
「この先にいるのよね、多分」
「探すか?」
陽子は息巻いたが、ウィスカーが止める。
「いや。今日のところはよすニャ。キミ達は体力も心も消耗しているし、向こうに何人いるかもわからニャい。これ以上の詮索は危険だモニャ」
「よそうか」
「よすか」
そういうことになった。
*
ウィスカーとツバメ、そして蓮実を担いだ陽子は来た道を戻る。
「ああ疲れた。ヒゲグリモー、ほんと嫌い。ロクなことがないわ」
よろめきつつ、ツバメがぼやく。
「疲れたって、お前気絶してただけじゃん。タコ倒したのアタシだぜ?楽勝だったけどな」
「き、気絶してただけって......。息を止められて、死ぬほど苦しかったんですよ?」
いや、ちょっと死んでたのかも、とツバメは身体を震わせた。
「ねえウィスカー、私もう本当に、二度と変身しないからね」
「その話はまた今度ってことで」
「イヤ、これっきりよ。私は絶対に、金輪際ヒゲグリモーにはなりません!」
そう言うとツバメは鼻の下に手を当て、乱暴に口ヒゲを引き剥がした。
彼女の燕尾服が光を放ち、煙のようにかき消えていく。
そんななか、ウィスカーは意地の悪い目付きで言った。
「ツバメ、変身前の姿を覚えてるかニャ」
「あっ‼︎‼︎」
この直後、ツバメはすぐにヒゲエンビーに戻ることとなった。
こうしてツバメの、ヒゲグリモーとしての3度目の戦いは幕を閉じる。
だが、彼女の戦いは終わらない。
舞台から降りることを許されない。
新たな、そして真の敵の登場である。
***
血液を塗りたくったような空の下。
周囲を取り囲む闇黒の森に見下ろされる中で。
朽ちかけた暮石に腰を掛ける、3つの影があった。
「ねえねえ、もう見つけたの?」
小さな影が問う。
「まだよ」
細長い別の影が、ぶすっとした声で答える。
「なんだあ、何してたの今まで」
「まじめに探してたわよ。アナタ後から来たくせに偉そうに言わないでちょうだい」
「それについてはゴメン、こっちの世界来るのにずいぶん手間取っちゃった」
えへへ、と小さな1人は頭を掻いた。
「でもさ。遅れて悪いと思って、ちょっと調べてきたんだ。そしたら出てきたよ。それっぽい痕跡がチラホラと」
「痕跡?何を調べたんだ?」
最後の1人が、巨体を乗り出し訊く。
「えっとねえ、新聞とか色々。見て見て」
小さな影は何枚かの紙切れを他の2人に手渡す。
「えっと、何これ。怪盗アリス......?こっちは老人を狙った強盗犯の記事ね。これがどうしたのよ?」
「奴に関係あるのか?」
「先を急がないで、よく読んでよ。どっちの犯罪者もごく最近、ここ2、3週間で逮捕されてるんだ。たくさん悪さしてきたのに、急に捕まった。しかも、同じ市内で」
絶対おかしいよ、と小さな影はウンウンと頷いた。
「あいつが関与してるって言いたいわけ?さて、どうかしらね」
長身の1人が頰に手を当てる。
「僕には関係ないとは思えないけどな。だって、この林真下市っていったら、『穴』のすぐそばじゃん」
「じゃあ訊きますけど、あいつが人間に干渉する理由は何?犯罪者捕まえるなんて、目立つだけじゃないの。私達を警戒してないってこと?」
「そうじゃないよ」
小柄な影は首を振った。
「僕が考えるに、あいつはこっちの世界で戦力を蓄えているのさ。僕達に備えてね。犯罪者2人、いや2組かな、を捕まえたのは、多分その戦力のテストか何かだと思うよ」
その言葉に、長身の影は大きく反応した。
「アナタ、待ってちょうだい。その戦力ってまさか」
「そう、人間だよ。あいつは独りでこちらに来たんだから。現地調達ってやつさ」
その推測に、
「ウィスカーめ。つまらんマネしやがるわ」
巨体が更に身体を膨らませた。
「にわかのヒゲグリモーが我らに抵抗できるものか!」
「ま、他人のこと言えないけどねえ」
長身が苦笑する。
「さてと」
小さな影は墓石から飛び降りた。
「どこ行くのよ?」
「だから林真下市だよ。あいつを見つけてくるんだ」
そう言うと、トコトコと歩き出す。
「独りでか?向こうにはヒゲグリモーが付いているぞ?」
「かえって探しやすいでしょ。ウィスカーかヒゲグリモーのどっちかを見つければいいんだもん」
「そう簡単にいくかしら?隠れている奴らをどうやって探すのよ」
長身の問いを背に受け、小柄な影は、
「簡単さ、おびき出すんだよ。こっちで新たに事件を起こせばいいのさ」
そう言って笑った。
「僕のヒゲでね」
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