その6

「わははははは‼︎」


一跳びで軽々2、30m。

特大のノミかバッタにでもなった気分である。

「めちゃくちゃ気持ちいいわ!漏らすってこれ!」

夜風を切り、跳び回る陽子は、ビル群の上にオレンジ色の弧を描く。


中学校を離れた陽子とウィスカーは、繁華街の近くまで移動していた。

単純に、敵の去った方向へと一直線に進んだ結果である。

「陽子、あんまり派手に動くと人に見つかるモニャ!あと目的覚えてるかニャ⁉︎」

つい2分前までの歓喜とは一転、陽子の後ろを飛ぶウィスカーの顔には不安の色が浮かんでいた。

陽子が喜んでヒゲグリモーになってくれたのは嬉しいが、こうもハイテンションだと怖くなってくる。

彼女は何事につけ考えが足りないだけなのではないか。

いくら素質があろうが、それではヒゲシャイニーの力は使いこなせない。

攫われたツバメを見つけるという仕事も、彼女はすでに忘れている気がする。


「大丈夫だよ。幽霊の立てる音を探せばいいんだろ?」

7回転宙返りを決めながら、陽子は言った。

忘れてはいなかったようだ。

しかし、

「残念ながら、音を探知できるのはヒゲエンビーだけニャ。君にはできないのニャ」

「なんだ。そうなのか」

陽子は、町一番のデパート「シタデルW町」の屋上を囲うフェンス上に着地する。

ネコのように身体を丸め、輝く夜の街並みを見下ろした。

厚手の真っ赤なマントが風に揺れる。

「じゃあ、アタシは何ができるんだ?」

「ヒゲシャイニーは光の戦士モニャ。日光を吸収して、自らのエネルギーに変えることができるニャ」

「ほうほう、日光を」

するとあれだな、と陽子は毛皮のグローブを交互に見る。

「夜動くのには」

「向いてないニャ」

ウィスカーが頷く。


「んだよ、じゃあ意味ねーじゃん!その上ツバメも探せないんだろ?もっと使えるヒゲよこせよ!」

「まあまあ。太陽光がベストだけど、電気の光とかでも代用できるニャ」

不信の目で見てくる陽子へ、ウィスカーは取り繕うように言った。

陽子にはヒゲシャイニーとして働いてもらわねばならない。

別の付けヒゲを簡単に与えるわけにはいかないのだ。


実のところ、ヒゲグリモーの素質があれば、どんな付けヒゲでも使えるというわけではない。

それぞれの適合者に最も似合うヒゲをあてがう必要がある。

陽子の外見や純粋かつ好戦的な性格を考慮し、ウィスカーは彼女にヒゲシャイニーのヒゲを渡したのだった。

そして見事変身できたということは、他の付けヒゲは彼女に合わないということである。

今更、交換返品はきかないのだ。

それに、

「ヒゲシャイニーには必殺技があるニャ」

ウィスカーは短い前足でファイティングポーズをとる。

これまでの様子から、陽子が「必殺技」というワードに食いつかないわけがない、と考えてのことだ。

「必殺技⁉︎」

案の定、陽子のボルテージが跳ね上がる。

「あのニセ幽霊を倒すにぴったりの技ニャから、楽しみにしておくモニャ」

そう盛り上げたところで、さて、とウィスカーは仕切り直す。

「幽霊とツバメの行方ニャけど」

「わからないんだろ?そんで探しようもねえと」

陽子は眼下に広がる夜景を見渡す。

「ニャ。推理するしかないニャ」

「そういうの苦手」

「まず言っておくモニャ。君はあの女子高生が幽霊か妖怪だと思ってるみたいだけど、実は違う。生きている人間ニャ。しかも、恐らくあの娘自体は姿を消すことができないニャ」

女子高生が宙に浮かんだり、離れた他人を締め上げたりしているように見えるのは、透明なタコを操っているからだ。

通常の人間には、タコの中にいる女子高生しか視認できないだけである。

「だから、ツバメも連れている今、奴は街中を平然と移動したりはしないと思うモニャ」

「ふむふむ」

陽子は頷く。

「けど幽霊の噂は結構あるんだぜ。失踪した筈の女子高生が急に現れたり消えたりするって」

「それなら、多分秘密の通路か何かがあるんじゃないかニャ。素早く人前に出たり隠れたりするのが、幽霊みたいに見えたという」

「秘密の通路かあ。あるかなあ、そんなもん」

首をかしげる陽子を、ウィスカーは励ます。

「キミはボクよりずっとこの町に詳しい筈ニャ。どこかにないかニャ、人の通らない裏道とか、廃墟とか」

「うーん。つかさあ、誰も知らないから秘密なんだろ」

嫌なタイミングで正論を言う陽子だった。

「いいから考えて!思い出してニャ!」

「わかったよ、やいやい言うなって」

ウィスカーが急かす横で、陽子は記憶を巡らせてみる。


たしかに、陽子はこの町の道に詳しい。

大抵の裏道や抜け道は探検したことがあった。

陽子はそれら細かい道を頭に留めた上で、今度は幽霊が出現したとされる場所を思い出す。

彼女の知っている範囲では、コメジらが遭遇したところを含め4箇所。

噂に間違いがなければ、いずれも人気のない道に面した、建物の隙間のような細い場所だった筈である。

しかし、共通点はそれだけだ。

地理的にはバラバラであり、範囲が広過ぎる。

全箇所をつなぐような都合の良い通路があるとは、陽子には思えない。

各地点の間には、太い車道が何本も走っている。


それならばニセ幽霊は、たとえば隠れる場所のない大通りを渡りたいときにはどうするのか。

普通の通行人を装い、横断歩道を渡るのだろうか。

いや、それはねえだろ。

陽子は首を振る。

ニセ幽霊は行方不明中とされる女子高生なのだ。

何の意味があるかは知らないが幽霊を気取る奴が、人目に付くような場所に堂々と出てくるわけがない。

第一、そんな危険をおかしてまで遠くの暗がりへ遠征する意味がわからない。

つまりは、と陽子は考える。

ニセ幽霊は、リスクなしにあちこちに移動できるのだ。

余裕で、気まぐれに、誰にも見つかることなく、街中を移動できるような経路を確保している。

しかし、果たしてそんな秘密の通路があるものか。


「ダメだー」

何一つ進まないまま、ふりだしに戻ったところで陽子の推理劇場は終了した。

こうしている間にも、ツバメを担いだニセ幽霊はどんどん遠くへ行っているに違いない。

しかしその行方はまるでわからない。

考えるための材料がなさ過ぎる。

せめて、何か小さな手掛かりでもあれば。


陽子はフェンスの上で立ち上がると、光のこごる夜の繁華街を見下ろした。

ネコのような三白眼を大きく開き、金網の上の細い手すりをバランスよく歩き回る。

どこかに手掛かりがないか、ギョロギョロと眼下を見回しながら歩く。

そうして、デパートの屋上をぐるりと半周したときである。


賑わう大通りとは反対側の、隣接し合うビルに囲われた狭い路地。

陽子はそこに妙なものが落ちているのを見つけた。

いくつもの光る物体が、点々と路地の上に置かれている。

大きさはビー玉くらいだろう、小さな光の塊である。


「あれ」

どっかで見たぞ。

陽子は更に目を凝らし、下を覗き込む。

そして、「あっ」と言うないなや、いきなりデパートの屋上から飛び降りた。

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