その7

突然何かに気付き、デパートの屋上から飛び降りた陽子。

ヒゲグリモーになったばかりの彼女だが、強化された身体能力の程は既に把握している。

10階建ての高さも怖くなかった。

隣のビルと交互に壁を蹴り、器用に落下速度を殺しつつデパートの裏路地に着地する。


「どうしたニャ」

後に続いて降りてくるウィスカーへ、陽子は地面を指し示した。

薄汚れたレンガ敷きの路地の上に、小さな光の塊が10m程の間隔で落ちている。

「これ、オンプキューだよな」

「あっ、本当ニャ!」

ウィスカーは音符球の1つへ、飛びかかるように近づいた。

「間違いニャい、これはヒゲエンビーの魔法だモニャ!よくこんな小さいの見つけたニャ」

ウィスカーは矯めつ眇めつして見ると、今度は光の球へ耳を寄せる。


「......スカー」

音符球から声が聞こえた。

小さな、そしてひどくくぐもった声である。

「ウィスカー......」

繰り返し再生されるその声が、陽子の耳にも入った。

「これ、ツバメの声だろ。おい、ツバメ!聞こえるか、アタシだ!」

陽子が呼び掛けるのを、ウィスカーが遮る。

「陽子。これはツバメがここに残していった音だモニャ。会話はできないのニャ」

「なんだい」


しかし大発見である。

タコに拘束されたツバメは、この細い道を通ったのだ。

そしてこの地点でも、彼女はまだ意識を保っていたらしい。

全身を締め付けられ朦朧としながらも、ツバメは自分の声を音符球に変えて落としていったのだろう。

顔に吸盤がへばりついていようと、口の中で声を出すことはできる。

それをタクトで手元に集め、ニセ幽霊に気付かれぬよう少しずつ道に置いていったようだ。

「やっぱりツバメはすごい」

ウィスカーが息を吐くように呟いた。

「力の使い方を心得ているモニャ」

点々と列を作る、彼女が残した光。

それは陽子とウィスカーに向けての道しるべに違いなかった。

つまり辿っていけば、

「そこにはツバメがいる!」

たてがみ少女とネコは顔を見合わせた。

「よし、追跡続行だ!」

陽子が暗がりに向かって拳を突き出す。


音符球は輝きの強いもの程新しい。

並んでいる光を見るに、進むべきは表通りとは反対側、建物の込み入った方向である。

陽子は駆け出した。

ウィスカーが宙を飛び、後に続く。


✳︎


表通りから離れるほど路地は更に狭くなり、また枝分かれ、複雑に入り組んでいく。

だが突き進む陽子達は迷わない。

分かれ道がくるごとにツバメの目印、音符球が残されているからだ。

このまま急いで進んでいけば、じきにツバメを抱えた透明ダコに追いつくか、もしくは隠れ家を見つけられる筈である。


「ヒゲシャイニー」

ウィスカーは陽子の背中に呼び掛けた。

「......ああ、アタシか。なんだ?」

走る陽子は振り向かずに返事をする。

「さっき言った必殺技ニャんだけども。使うには、君の身体に光を貯めなくっちゃならないモニャ」

「言ってたな。アタシは光の戦士だとかなんとか。つか、光なんてどこにある?ほぼ真っ暗だぜ?」

陽子がそう言うと同時にカチリと音がし、夜の路地に一筋の光線が差した。

「実はキミのを拝借してきたニャ」

「あ、アタシの懐中電灯か!よく持ってきたなあ、そんなもん」

「ニャ。今のうちに、この光をキミに当てとくニャ」

ウィスカーは懐中電灯のライトを、陽子の後頭部に載った王冠に向けた。

光線を受け、黄金に輝く王冠。

放射状に並ぶ飾りの先には、どれも同じ無色の宝石がはめられている。

ウィスカーが光を当てること20秒、宝石の1つが自ら輝き出した。

「よし、キミに光が少し貯まったモニャ。宝石10個のうち1個だから、まあ言ってみればレベル1かニャ」

「なんだよ、宝石って」

「キミの王冠の先っちょに付いてるニャ」

陽子は上を向く。

「いや、アタシが見えねえんだけど。設計ミスじゃん。あとレベル1かよ」

「まあ、懐中電灯の光じゃこんなペースだニャ」

「そうかよ、まあいいや。ところでよ、ニャンコ」


先を行く陽子が突然、走る速度を落とした。

危うくぶつかるところでウィスカーも急ブレーキをかける。

「ど、どうしたニャ?」

陽子は歩くようなスピードになり、そしてとうとう立ち止まった。

周囲をキョロキョロと見回した後、ウィスカーへ振り返る。

「次、どっちに行ったらいいかわからねえ」

「ニャ⁉︎」

唯一の目印だった音符球が、2人の20m程手前で途絶えていた。

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