その2
W町駅前で姿を消し、行方知れずとなった女子高生。
それと機を同じくして現れるようになった、制服姿の幽霊少女。
実際、噂の通りに2人は同一人物である。
名を、奥田蓮実という。
失踪後、夜な夜な暗がりに現れては人々を驚かせているのは彼女であった。
道端に突如出現したり、燐光を放ったり、そして不可思議な見えない力を発揮したりと、実に幽霊らしい行動を繰り返し、目撃者を増やしてきた蓮実だが、本当のところ彼女は死んでなどいない。
ちゃんと生きているし、超能力なども持たない、ごく普通の女子高生である。
ではなぜ蓮実を中心に妙な現象が起こるのかといえば、それはヒゲエンビーことツバメとウィスカーが見破ったとおりである。
全ては蓮実を包み込む、透明のタコの仕業だった。
不良少年達を襲った見えない力というのも、実際のところは霊的パワーでも超能力でもなく、本当に見えなかっただけだ。
常人の目では視認できないほど透明なタコ足でもって、少年らを吊るし上げていたというわけである。
さて、そんな透明ダコを操っているのは蓮実だが、彼女自身に意思はない。薬で眠らされ、操られているのである。
つまり蓮実から意識を奪い、更に遠隔で操作している者が存在する。
それこそが下水道に身をひそめる老科学者、牧島博士である。
*
本名、牧島
彼は何十年もの間、たった1人で科学を追求し続けている、自称天才博士である。
どこかの研究室に身を置くでも、企業に属すでもなく、彼はずっと一人きりで独自の研究を続けてきた。
聞こえの良い建前を掲げたり、一定期間ごとに成果を求められたりするのが面倒だからである。
資金については、自身の科学技術をもって他人から盗んでくればこと足りるし、被験体が必要になれば、その辺からさらってくればいい。
今回の奥田蓮実のようにだ。
そんな倫理観の欠如した男、牧島博士の最近の興味は、人間が装着するタイプの、それも装着していることが他人にバレないような武装スーツの開発にあった。
そのきっかけは、彼が「フカシダコ」という深海生物を知ったことである。
フカシダコ、英名インビジブル オクトパスはインド洋の深海を漂うタコの一種で、寒天のような半透明の体を持っている。
外敵に見つからないよう、内臓を含めたほとんどの部分が透けるよう進化したためだ。
外見の似たクラゲの群れに潜み、捕食者の目を欺くこともあるという。
これは何かに利用できる、というわけで牧島博士は単身、海へ乗り出した。そうしてフカシダコを大量に捕獲すると、研究を始める。
それからたったの半年で完成させたのが、タコの細胞を素材に利用した攻撃兼防御用スーツ、エイトアーマーだった。
3m余りの胴と伸縮自在の足は、ベースとなったフカシダコそのものより何十倍も透明度を上げているため、ヒトの目で見つけることは不可能である。
本来なら胴体部分に入った人間がアーマーを操るのが正しい使用法だが、今はまだ実験段階である。
牧島博士は安全性の証明されていない装置に乗り込むつもりはなかった。
それで、攫ってきた女子高生蓮実を使い試験をしていたというわけだ。
蓮実の耳にはイヤホン型の通信機が装着されており、牧島の思い通りに彼女を動かすことができる。
牧島の発した命令が通信機を通して電気信号となり、蓮実の筋繊維に直接働きかけるという仕組みだ。
また彼女の目や耳から入った情報は、こちらも電波として通信機から飛ばされ、研究所のモニターとスピーカーで得ることができた。
よって牧島は地下の研究所にいながらにして、エイトアーマーを着込んだ蓮実を自在に操作することが可能なのである。
試運転(別名 幽霊騒ぎの真実)の具合は上々で、牧島が設定したチェックポイントを順調にクリアしていた。
アーマーを思い通りに動かす......○
アーマーの内部で人間が生存できる......○
蓮実の姿を人前に出してもアーマーの存在に気付かれない......○
アーマーを使って人間を攻撃できる......○
陽子の友達5人が被害に遭ったのも、別に彼らが何かをしたからというわけではない。
ただのテストだった。
そしてテストもいよいよ終了、その性能に問題なし。
そう牧島が判を押そうとしたときである。
おかしな格好の少女が突如現れた。
巻きヒゲを付けたその少女は、牧島の発明を台無しにした。
透明なタコ足による攻撃を、まるで幼児向け雑誌の間違い探しを解くように易々と見破り、かわしてみせたのである。
牧島にとっては信じられない、信じたくない事態だった。
エイトアーマーという兵器の肝は、何を置いても、目に見えないということだ。
攻撃を受けるまで、敵がアーマーの存在を認識することができない。
それが強みであり、ウリなのである。
その最重要チェックポイントが崩された時点で、牧島の努力は水泡に帰す。
一から出直しのやり直しなのだ。
「対象は エイトアーマーの姿を 確実に 捉えています」
助手のアンドロメダが無機質に、無慈悲に繰り返す。
何度も言われなくともわかっている。
牧島は手袋をはめた両拳を握りしめた。
モニターを見ればわかる。
付けヒゲ娘を攻撃をしたのは自分だし、避けられたのも自分なのだ。
牧島はいからせた肩をプルプルと震わせると、固く握った拳を手元のキーボードに思い切り叩きつけた。
そして顎が外れそうなほど大きく口を開き、しわがれた声で叫ぶ。
「面白い!」
唾を飛ばして笑う。
「つまらん土地に来たかと思えば、思わぬ発見じゃ!」
うひゃひゃひゃひゃ。
いびつな洞窟から風が抜けるような、不気味な笑い声を上げた。
今の今まで、牧島は自らの発明エイトアーマーが最強であると確信していた。
こちらの正体を知らぬ者に、目に見えぬ不意打ちを避けられる筈がないからだ。
だがもし、それをひっくり返す者が現れたとなれば。
そいつは更に強く、面白い存在だということになる。
「必ず奴を捕らえて、ここへ連れてくるぞ!」
あの娘の身体を、一刻も早く調べたい。
牧島はコード付き手袋に覆われた指を、タコのようにくねらせた。
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