その3
突然現れたヒゲ娘に、自らの発明エイトアーマーを軽々と攻略された。
そんな牧島の見立ては、少し間違っている。
夜の校庭にて、うねりながら迫ってくる6本の透明なタコ足。
その攻撃を避けることは、実はツバメにとってかなりしんどかった。
攻撃自体は単調なのだが、何といっても見えづらい。
タコ型スーツ、エイトアーマーは常人の肉眼では視認が不可能であり、ヒゲグリモーに変身したツバメの視力でやっと輪郭を捉えられる程度なのだ。
今のところかわせてはいるが、そういつまでも集中力はもたない。
下手して捕まる前に、この状況から脱しなくては。
ツバメはエンビータクトを構えた。
透明ダコは確実に、自分を捕らえにきている。
理由はまったくの不明だが、それだけは理解できた。
だがツバメはこんな変な奴をまともに相手するつもりはない。
陽子達を助けられれば、その時点でおさらばである。
攻撃をかわしつつ跳躍を繰り返し、ツバメはグラウンドに降り立つ。
それに合わせ、大上段から振り下ろすように1本のタコ足が迫ってきた。
ツバメは素早く横に跳び、前転しながらそれを避けると、右手のタクトで空中に円を描いた。
攻撃を外したタコ足が地面を叩き、弾けるような音を立てる。
ツバメはその音をタクトで光の球にし、手元に吸い寄せた。
すでにタクトの先端には5つ程、ハンドボール大の光球をストックしてある。
どれもタコ足が立てた音で作ったものだ。
魔法のタクトで音を保存する、そして好きなタイミングでまた音に戻す。
それがヒゲエンビーの能力である。
また保存した音は攻撃手段としても使え、沢山の音を集めれば集めるほど、敵にぶつけたときに大きな衝撃を食らわせることができるのだ。
ツバメはその技を使って、とある怪盗を気絶に追い込んだことがある。
めいっぱいの音を食らわせば、タコを倒すとまではいかなくとも、逃げる隙くらいなら作ることができる筈だ。
グラウンド上をあちこちに跳ねながら、ツバメは攻撃の機会を伺う。
そんなとき。
「何だその格好。お前、ヒバリなのか?」
すぐ後ろから呼びかけられ、ツバメはギョッとした。
振り向けば、大きく目を開いた陽子がヒゲエンビーの衣装を見つめていた。
「ツバメです!じゃなくて、何でいつまでもウロチョロしてるんですか⁉︎退がってて下さい!」
「どういう仕掛けなんだ?すげえ動きしてんな」
陽子はまるで無視である。
幽霊と渡り合うツバメが不思議でならないという様子だった。
その気持ちはツバメにもわかるが、説明している場合ではない。
「あとでゆっくり話しますから!今は離れていて下さいってば!」
顔を前に戻すと、怒気を込めた声でツバメは叫んだ。
しかし依然素っ裸の陽子は両拳を握り、胸の前で構える。
「いやだ、アタシも戦う!」
状況が見えていないにもほどがあった。
否、実際物理的に見えていないのだ。
自分が幽霊ではなく、巨大なタコに向かって立っていることなど、陽子には知る由もない。
そしてそんな彼女の援護は、ツバメにとって全然ありがたくない。
むしろ足枷だ。
そもそもこの場がツバメ1人であれば、とっくに戦線離脱している。
陽子達がいるから、こうして隙を作ろうと留まっているのである。
はっきり言わなくてはならないと、ツバメは再び振り返った。
「すいませんが、邪魔なんです。日向さんがいると!」
「はあ?なんでだよ!」
2人のほうが幽霊を倒しやすいに決まっているじゃねえか、と陽子は口を尖らせて言う。
しかし、
「相手が幽霊だと思っている時点で話にならないんです!」
「じゃあ、あれは何なんだ」
「あれは......、私にもよくわからないですけど、タコの妖怪みたいなやつです」
「妖怪⁉︎」
陽子の目が輝いたのを見て、ツバメは天を仰ぐ。
幽霊ではなく妖怪である、とは何の説明にもなっていない。
むしろ不覚にも、より陽子の好奇心を刺激してしまったようである。
「と、とにかく!あとでちゃんと話しますので、ここはすっこんでいて頂きたいんです!」
そうツバメが人差し指を突き立てたとき、陽子の顔つきが変わった。
鋭い目を左右に向けると、両手をツバメの頭に乗せ、思いきりの力で地面に叩きつけた。
思いもよらない不意打ちに、ツバメは瞬間何が起きたかわからなかった。
次いで自分の物言いに、陽子が怒ったのだと思った。
しかし顔を上げると、陽子まで地に伏している。
そして直後、風を切る音と共に、2人の真上を何かが通過した。
確認するまでもなく、透明のタコ足である。
ツバメがよそ見をしているところを狙った一撃だった。
ツバメは信じられない思いで陽子を見つめた。
「......見えてるんですか?」
「いや、アタシにはなんにも」
陽子はそう答えたが、口の端が持ち上がっている。
「けど、慣れてきた」
「慣れてきた⁉︎」
「つーか、見えはしねえけど見えてきた。なんかウネウネしたぶっといヒモが暴れまわってやがるんだろ」
ほぼ正解である。
不敵に笑う陽子に、ツバメはおののく。
陽子には敵の正体が見えていない。
これは間違いない。
だが代わりに、彼女自身が認識できないレベルで、何かを感じ取ったらしい。
それはタコ足が動くことによる空気の振動か温度の変化か、もしくは音の反響か。
いずれにせよ何らかの情報を、陽子のむき出しの肌が意識下で受け取っているということである。
流石は無類のケンカ好きを自称するだけはある。
感覚の鋭さがハンパでない。
「ツバメはなんとかして、あいつを引きつけろ。アタシがどうにかして倒すから」
陽子は威勢よく立ち上がるとガバガバの、しかも陽子が主体の作戦を告げる。
そして偽幽霊の背後目掛け、弧を描くように駆け出していった。
「だから待って下さいってば!」
遅れてツバメも立ち上がる。
ヒゲグリモーの反応速度をもってしてもついていけない。
陽子の行動が読めな過ぎるのだ。
いくら第六感が鋭いからといって、まったく見えない物体へ突き進むだろうか。
常軌を逸しているとしか、ツバメには思えなかった。
そして直後、更に予想外の事態となる。
「うおっつ!」
陽子が派手にすっ転んだ。
タコの攻撃で空いた地面のくぼみに足を取られ、つまずいたのだ。
野生動物並みの感覚を持つクセに、
「なぜそこで転ぶ⁉︎」
ツバメは飛び出した。
陽子がコケたのは偽幽霊から5mと離れていない場所である。
「まったくもう!」
陽子を回収せんと、ツバメはダッシュをかける。
しかし同時に、偽幽霊が反応した。
首を陽子の方へ向けると、右手を掲げる。
ツバメの目に、2本のタコ足が持ち上がるのが見えた。
そして、うるさいハエを叩き潰さんとばかりに、這いつくばる陽子へ透明の触手が振り下ろされる。
ツバメはエンビータクトを振りかぶった。
少しパワーが足りないかもしれないが仕方がない。
タクトを勢いよくタコの胴体目掛けて振り、5つの光球を飛ばした。
タクトの先端から放たれた音の光球は、渦を描きながら次々とタコにぶつかり、そして弾ける。
瞬間、女子高生を包むエイトアーマーの全身がブルブルと震えた。
そして、それだけだった。
一瞬のあいだ硬直したタコ足が再び動き出す。
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