第4話「サンシャイン陽子のマーチ」後編

その1

前編のあらすじ

ヒゲグリモーから足を洗いたければ後継者を連れてこい。

ウィスカーの出した条件を呑んだ紺野ツバメはケンカ大好き少女、日向陽子に目を付けた。

陽子と仲良くなるため、渋々夜の水泳に付き合っていると、突如現れた幽霊女子高生に襲われる。

そしてなんやかんやあり、ツバメはまたもや、ヒゲ少女に変身することを強いられるのだった。



着るもの欲しさにヒゲグリモー1号、ヒゲエンビーに変身したツバメ。

付けヒゲの魔法により、彼女の身体能力は著しく向上する。

視力も例外ではない。普通の人間には見えないものも、今のツバメには捉えることができた。

「なんか変なのが見えるんだけど」

夜の校庭に現れた、噂の幽霊女子高生。

その正体が見える。


女子高生の周囲に、モワモワとした光の歪みが生じていた。

真夏に見る陽炎のような、しかし常人の肉眼では捉えられないであろう、とてもわずかな歪みである。

それはゆらめきながらも形を崩さず、どうやら何か一定の形を持っているようだった。

ツバメは更に目を凝らし、女子高生をぐるりと囲む陽炎の輪郭を辿ってみる。


「...タコ?」

光の歪みは、8本足の生物を描いていた。

透明であるため、ぼんやりとしかわからないが、それでもどう見ても巨大なタコだった。

頭足類特有の、頭部と一体化した丸い胴体は3m程もあり、その中心に埋め込まれるように、女子高生が収まっている。

彼女の足元からは恐ろしく長いタコ足が八方に伸び、うち2本が2人の不良男子を吊るし上げ、1本が素っ裸の陽子を地面に押さえつけているのだった。


「何なの、一体?」

ツバメは顔を歪める。

コメジとシュンゴの2人は宙に浮かんでいたわけではない。

また陽子も霊的なパワーで攻撃されたのではなかった。

全ては、極めて透明に近いタコ足による仕業だったのだ。

見えない巨大タコと、その中にいる女子高生。

それが噂の幽霊の真相である。

ツバメはヒゲグリモーの視力でそう知ることができた。

しかし正体がわかったところで、理解ができない。

何故こんなものが存在するのか。

こんなタコが自然にいるのだろうか。

それともウィスカーのように、妖精がどうのこうのと関わってくる話なのか。


「うーニャ。よくわからないけど、妖精界が関わっているものではないモニャ。多分人間が作ったものニャ」

ウィスカーが答えた。

その即答ぶりに、ツバメは引っかかる。

つまり妖精であるこいつにはもとより幽霊の正体が見えていたわけだ。

その上でトラブルに巻き込まれた私が、ヒゲの力を求めてくるのを隠れて待っていたに違いない。

よく知らないが、来たるべき戦いとやらに備えてのいい特訓だとでも思っているのだ。


「あんた、そういうフシがあるわよね」

ツバメがウィスカーをジトリと睨むと、

「ニャ。わからないことはボクに訊いてニャ」

とトボけた反応が返ってきた。

ツバメは最高にイラっとしたが、今は問い詰めている場合ではない。

タコの胴部に収まっている女子高生を指差し問う。

「あの高校生はどうしてあんなタコを操っているのかな」

「さあニャア、そこまでは」

ネコは短い首を振る。

「それはわからないわけ⁉︎」

ツバメは鼻の付け根にシワを寄せた。

ウィスカーは目をそらす。

「そうイラつかないでニャ。正直、人間のやることは意味不明ニャ。それより、今は敵を倒すことに集中するモニャ」

「ごまかさないでよ。ていうか、そもそもいつからあのタコが私の敵になったの。あんな得体の知れないもの、相手にする理由がありません。日向さん達を助けて、私の服を回収したら帰るからね。後のことなんて知らないし」

「わかった、わかったニャ。それでいいモニャ」

うるさがるウィスカーに、ツバメはフンと鼻を鳴らした。

「まあ何にせよ」

そして腕を組み、確認するように言った。

「あれは霊なんかじゃないわよね?」

「そうニャ。あの娘は生きているし、タコの方も誰かの生み出した人工物ニャ」

ウィスカーが頷くと、ツバメは満足げに顎を上げた。

「ほらね!やっぱり幽霊なんかいないじゃない」



窓のない巨大な部屋。

幾台ものコンピュータ端末や計器、床を這うケーブルの束、蛍光色の溶液が満たされた水槽、メスやカンシの転がされた作業台。

雑然と置かれた様々な器具が、蛍光灯に照らされ鈍く輝く中。


「なんじゃい、あいつらは」

シワだらけの浅黒い老人が、右目に掛けたモノクルを指で押さえつつ、巨大な液晶モニターを凝視していた。

その画面に映し出されるは、紳士のような衣装で優雅に立つ少女、そして宙を漂う太ったネコである。

何故か巻きヒゲをたくわえた少女は、モニターを通してこちらを指差しながら何か言っているようだった。


「いきなりプールの中から飛び出てきよったぞ!見ておったか」

部屋に一人きりの老人は、傍らの机に置かれた小さな機械に向かって尋ねる。

「はい 牧島博士」

抑揚のない女性の声で答えたのは、今や懐かしいダイヤル式の黒電話だった。

謎の老人、牧島博士の作った助手用メカ、アンドロメダである。

「しかし、いつから 潜んでいたのか 確認できません でした。そして、かわりに プールの中にいた少女 の反応が 消えています」

「む?妙な言い回しじゃのう」

プールにいた巻き髪の娘がおかしな衣装を着て出てきた、ではいけないのか。

「はい、似てはいますが 先ほどの少女とは 別人だと 思われます。体温、鼓動 、筋肉の動き、呼吸、全てが 異なっています」

黒電話は淡々と述べる。


「じゃあ、何者なんだ?」

「認識 できません」

「ふん。では隣にいる出来の悪いネコみたいな奴はなんだ?まぁ、くだらんロボットか何かだろうが」

「ロボットでは ないようです。しかし、それ以上は 認識できません」

アンドロメダは繰り返した。

「はあ?機械でなければ翼も持たずに空を飛ぶわけなかろう。真面目に解析しとるのか?」

牧島の薄い眉がつり上がる。

「あのネコに 似たものは 生体です。そして お言葉ですが 博士、いくら対象を 解析しても、私の データにない 情報は、認識の しようがありません」

データがないだと?

牧島博士は黒電話を睨む。

「嘘を吐くな。お前には、この世のあらゆる生物の情報を与えとるんじゃぞ!」

「それを 踏まえた上で 申し上げます。画面上の対象2体は この世界の どんな生き物とも 異なった構造を しています」

「娘の方もか?あっちはどう見ても人間じゃろうが!どうなんだ!」

「認識 できません」

アンドロメダは同じトーンでそればかり言う。


「塩対応電話め!もういい、ワシが捕まえて調べればわかることだ」

埒の明かないやり取りに業を煮やした牧島博士は、白い手袋をはめた両手をウネウネとくねらせた。

手袋にはそれぞれから細いコードが伸びており、正面のモニターと繋がっている。

「相手がなんだろうと、ワシが作り上げた絶対不可視の兵器『エイトアーマー』から逃れられるものはおらんのよ!」

牧島博士は両手の人差し指を前に向かって伸ばす。

同時に、正面モニター内に2本の巨大なタコ足が映り込んだ。

モニターを通してのみ見ることのできる半透明のタコ足は、博士の指の動きと連動している。

プールのフェンス上に立つ付けヒゲ少女の両脇に向かって、2本の足は弾丸のように直進した。

「博士。1つ 申し遅れましたが...」

アンドロメダが何か言いかけたが、博士の耳には届いていない。

「生け捕りじゃ‼︎」

両の人差し指を曲げると、それに合わせて2本のタコ足は、ヒゲ少女とネコを挟み打つように内側へ丸まった。


だがその瞬間、1人と1匹の姿は画面から消えていた。

少女はフェンスから飛び降り、反対にネコは空へ急上昇したのである。

どちらも恐ろしいほど素早くタコ足の攻撃を避けていた。

「な、な⁉︎」

大きく口を開け、牧島博士は固まった。

目の前の映像が信じられない。

「申し遅れましたが」

乱杭歯を剝き出したまま動かない博士へ、アンドロメダは冷静に報告した。

「対象2体の 視線の解析は 済んでおります」

「し、しせん?」

「あの少女と ネコには、こちらの正体が 見えています」

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