その7
「どこに幽霊がいたんだよ!」
自分のいない間に幽霊が現れたのがよほど悔しいらしく、陽子は歯を鳴らした。
「壁の間だよ」
コメジが答え、そのときの光景を思い出したように、身ぶるいをする。
最初に幽霊を見つけたのは彼らしい。
暗い通学路の一角、建物と建物の細い隙間に、妙な物体が挟まるように立っていたという。
通り掛かる瞬間、視界の端に違和感を感じたコメジはそれを発見し、他の少年達に指で示した。
淡い光を放つ物体は、目を凝らすと人の形をしており、長く垂らした髪の間から、虚ろな視線でもって不良達を睨み返していた。
その大きく見開かれた目は吸い込まれるように真っ暗で、見た瞬間に全身が粟立ったという。
幽霊を探そうとしていた少年らだが、いざ本物に出くわせば、「やっぱリアルは迫力が違う」そうである。
半狂乱になった5人は我先にと逃げ出した。
だがそこで出遅れた1人、川上という少年が幽霊に捕まったらしい。
彼は何もないところで足を取られたように転び、直後見えない力で建物の隙間に引きずり込まれたという。
「マジか⁉︎B級ホラー映画みてえだな!」
陽子が水面から身を乗り出した。
どういう感情で言っているのか、ツバメにはよくわからない。
「つーか、ちょっと待て。川上が捕まってるぞ⁉︎大変じゃねえか!」
そして今更、陽子は気が付く。
「だから大変だって言ってるだろ!それだけじゃねえ。そのあと、宗太君とエビもすぐやられた!」
今度はシュンゴが話す。
引きずられる川上の叫び声を背後に聞いた宗太、そしてエビこと海老沢は振り返り、思わずその場に立ち止まってしまったという。
その直後、同じように、目に見えない霊的パワーで捕らえられ、暗く狭い建物の隙間に引いていかれたのである。
残った2人、コメジとシュンゴだけがどうにか幽霊を振り切り、このプールまでたどり着けたというわけだ。
つまり、
「友達を見捨ててきちゃったんですか」
「だってツバメちゃん、それはしょうがねえよ!相手はバケモンだぞ!太刀打ちできないって」
コメジが言い訳するように言った。
「それに助けが必要だろ!だからここまで逃げ...、一時撤退してきたんだよ!おい陽子、どうしたらいい⁉︎」
少年らは陽子に指示を仰いだ。
しかし、どうしたらも何も、陽子だって陰陽師やエクソシストではない。
いくら喧嘩が強かろうが幽霊相手になす術がないのは彼らと同じだろうに、とツバメは思うのだが、とにかく陽子にはえらく厚い信頼が寄せられているようである。
「わかった、案内しろ!行くぞツバメ!」
陽子はザバザバと水を掻き、プールサイドへと近付いていった。
だが、ツバメはそろそろと手を挙げた。
「あの、私帰っていいですか?」
「はあ⁉︎」
少年達は信じられないという風に目を剥いてツバメを凝視した。
陽子も振り向く。
「いや、今?」
「この状況で普通帰るか?温度差ハンパねえな」
空気の読めない奴だと思われている。
しかしツバメは鼻白んだ表情で言った。
「だって、私は幽霊探しのメンバーとして来たけれど、もう目的の幽霊は見つかっているわけでしょう。それに今助けを求められているのは日向さんだけです。私の出る幕はありません」
ツバメは今すぐにでも、冷たい水から上がりたかった。
それができないのは、彼女が今素っ裸だからである。
とりあえずは少年達がここを離れるまでは肩まで冷水に浸かっているしかないのだが、それももう限界だった。
風邪を引く寸前だ。
「皆さんが行ったら、服着て帰りますんで」
震えた声でツバメがそう言うと、
「ダメだ、お前も一緒に来い!」
陽子が怒鳴った。
「な、なんでですか?」
「1人は危ないだろ。幽霊がその辺にいるんだぞ、出くわしたらどうすんだ⁉︎」
陽子はツバメの身を案じていたのだ。
自分の側から離すわけにはいかないと思っているらしい。
ツバメは暗い夜空を仰いだ。
いよいよ付き合いきれない。
「いいですか、日向さん⁉︎とても言いにくいんですが言います。幽霊なんかいません!全部その2人のウソですよ。ドッキリです」
「ウソ?」
陽子はキョトンとした。
そのあまりに純粋な表情を見て、ツバメは堰を切ったように言葉をぶつける。
「そりゃそうでしょう!この世にそんなものは存在しないんですから。幽霊に捕まったなんて言ってますけど、その3人もきっと隠れてこっちを見てますよ。みんなで日向さんをからかってるだけですって」
「なんだ、そうなのか?」
陽子はコメジとシュンゴを見る。
2人は大きく首を振った。
「いや、ウソじゃねえよ!」
「おい、ツバメちゃん!いきなり何てこと言いやがる!」
だが少年達が叫ぶほど、ツバメは冷めていく。
「もういいですって。そんな下手な演技じゃ小学生...、と日向さんくらいしかひっかかりませんよ。ちょっと考えればわかるでしょう」
自分のこめかみを人差し指で示しながら続ける。
「お化けとか幽霊なんてものは、人の脳みその中にしかいないんです。見えたとしても幻とか見まちがいとかです。物理的に人を襲うなんてことは絶対にあり得ません!」
「あり得たんだよ、それが!俺達は体験したんだぞ!」
「しつこいですよ、いつまでも。くっだらない」
吹っ切れたツバメは先輩相手にも容赦がなかった。
陽子の前で幽霊の存在を全否定するかたちになってしまったが、彼女をからかおうとする少年達の性根が気に入らなかった。
しかし、渦中の陽子はまるで動じていない。というより今度は新たに生じた揉め事を楽しんでいるようである。
彼女は常に台風の目なのだ。
「やい、ホントかウソか、どっちなんだい」
何やら偉そうに、少年達とツバメを交互に振り向く。
「本当だよ、ウソじゃねえって!お前を騙して何になる!」
コメジが唾を飛ばして言った。
シュンゴも一緒になって叫ぶ。
「なあ陽子、来てくれよ!本当なんだって!早くしないと川上達が...」
唐突に言葉は途切れた。
「グエッ」
そして直後、シュンゴはおかしな悲鳴を上げた。
アヒルのゲップのような声である。
「グアッ、ガッ」
首を搔きむしるような仕草で、苦しんでいる。
「おい、どうしたシュンゴ!」
陽子が声を掛けるも、真っ赤な顔で呻くばかりだった。
「うわあっ!」
今度はコメジが叫んだ。
プールのフェンスに背を向け、明かりのない校庭に向けて目を見開いている。
「来た、あいつだ!追い掛けてきやがったんだ!」
コメジが一点をガクガクと指差した。
陽子は聞き返す。
「あいつ?」
「見ろ、あれだ。幽霊だ!」
ツバメは暗い校庭に目をこらす。
すると、たしかに見えた。
何者かがグラウンドを横切り、こちらへ歩いてくる。
距離が近づくにつれ、その姿がツバメにも、はっきりと見えるようになる。
「何、あれ」
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