その7
「きゃ!」
頭で処理しきれない程の速度で、右脚と左脚が交互に地を蹴っていた。
ツバメの体感的には5、60㎞は出ている気がする。
なんでこんなに速く走れるのか。
この変な衣装のせいなのか。
考えをまとめようとしていたツバメは、正面に壁が迫っていることに気が付いた。
道の先がT字路だとはわかっていたが、予想より遥かに早く到達してしまったのである。
急ブレーキ?それとも急カーブを掛ける?
経験したことのない猛スピードであるため、ツバメはまだ止まり方を知らない。
「ジャンプだモニャ」
すぐ後ろからネコが言った。
ツバメの速度に付いてきているらしい。
言われるがままにツバメは跳んだ。
一足で高さ2メートルほどの塀の上面に足が掛かり、思わず更に高く跳躍する。
勢いあまって身体が回転し、ツバメの視界を、夜空と家々の屋根が交互に流れていく。
普通の人間なら、落ちたらまず助からない高度である。
しかしツバメはクルクルと回りながら落下し、難なく民家の屋根へ着地した。
長い燕尾が風にはためく。
身体が無事なことを確かめると、ツバメはまた跳び上がった。
助走もなしに、隣の屋根まで到達する。
そして着地と同時にまたジャンプを繰り返し、建物の上を次々に跳び移っていく。
最早やけっぱちである。何故このような超人パワーを手に入れたかは知らないが、今は利用するしかない。
怪盗アリスを追うことが喫緊の課題であると、ツバメは頭を切り替えた。
そして、
「行け行け、ゴーゴー!ヒゲグリモー!」
背後からのウザい応援は無視することにする。
夜空を跳び回るツバメは、やがて住宅地から商店街へ出た。
眼下を行き交う人々の数が増えてくる。
見つからぬよう、雑居ビルの屋上や角度のついた教会の屋根など、なるべく高いところへ跳び周囲を伺うが、怪盗アリスの姿は見えない。
ツバメは目をこらす。
アリスの駆けていった方向から考えればこちらで間違いない筈なのだが。
もう高いところを移動するのをやめてしまったのだろうか。
乗り物に乗ったり、地下に潜ってしまったりすれば、探し出すのは絶望的だ。
「ウィスカー!」
ツバメが振り向かずにネコを呼ぶと、背後から返事が聞こえた。
「んニャ?」
ツバメのスピードにしっかりついてきている。
振り返れば、なんとウィスカーは宙に浮かんでいた。
風に乗るように、スイスイと飛んでいる。
「あんた空も飛べるの⁉︎」
「一応、妖精やらせてもらってるんで」
ネコはこともなげに答えた。
「ああ、そうでしたね。まぁ、それは今はいいとして。全然アリス見つからないんだけど」
ツバメが言うと、
「逃げていった方角がこっちだったとするなら。今は君の方が素早い筈だから、じきに追い付くニャ」
ウィスカーはそう励ました。
しかしその口調はどうにも上の空で、まるで怪盗のことなどどうでもいいという風に、ツバメには聞こえた。
実際、ウィスカーの視線は彼女の一挙手一投足に注がれている。
それ以外何も見ている様子はなかった。
自作のロボットが正常に動くかをテストする研究者のような、または高校の野球部を覗きに来たスカウトマンのような、熱く冷たい目でもって、ツバメを観察していた。
視線はそのままに、ウィスカーは言った。
「キミは『指揮者っぽいヒゲ』を付けて変身した戦士、ヒゲエンビーだモニャ。ヒゲエンビーの属性は音ニャから、耳をすませば敵、怪盗アリスの足音が聞こえるモニャ。やってみるニャ」
そんなバカな、とツバメは思った。
見えもしないほど距離の離れたところにいるアリスの足音を、どうやって拾うというのか。
脚力と同様に、視力や聴力もヒゲの力とやらで鋭くなっているのだろうか。
ツバメは試しに耳に意識を集中させた。
なるほど、たしかに様々な音が聞こえてくる。
遠くで車や電車の走る音、繁華街を歩く人々の声や足音。
家々から漏れてくるテレビの音。
不協和音がツバメの耳になだれ込んでくる。
だが、その中から怪盗アリスの逃げる足音を感じとることはできない。
多くの音が入り混じり過ぎている。
「無理です」
「それならエンビーの能力を使うモニャ。エンビータクトを振ってごらん」
ウィスカーが突然、謎の単語を言ってきた。
「エンビータクトを私が知ってると思うわけ?ちゃんと教えて」
「君が持ってる指揮棒に決まってるモニャ」
ツバメ自身忘れていたが、彼女の右手には巻きヒゲの付いた指揮棒が、変身後からずっと握られていた。
「君はアリスの足音を既に聞いているニャ。それを思い出しながらタクトを上に振るのニャ」
アリスとおぼしき影が駆ける音は聞いた筈だが、特に意識もしていなかったし、第一足音に個性があるとは思えない。
しかしウィスカーはそうしろと言う。
ツバメは、アリスを目撃したときを思い返しつつ、タクトを下から上へ掻くように動かした。
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