第2話 生きた化石の見た夢
先輩にバイトの日時を確認し、自らの都合と支障が無いと知れて、改めてアルバイトに同行する計画を固めた。
予定を立て終わった後、先輩は
「バイトの担当の人に電話しないとな」
と言い残し、ひらひらと出て行く。
先輩が出ていって、ふと壁に掛かった時計を見ると、針はもう六時を指していた。
先輩と話していると、時が経つのを忘れる。夕暮れの理科準備室には俺と、俺の持って来た茹で玉子入りの鍋だけが残っていた。
「食べながら帰ろうかな」
誰に言うともなく呟く。
返す者は居ない。俺はひとりだ。
本当は先輩と一緒に帰りたかった。
俺の勇気が無かっただけだ。
卵を置いて帰るわけにもいかないので、一つ手に取って口の中に放り込む。
口の水分を持っていかれた。
もう一つ食べようと思って鍋の中を見ると、何故か空になっている。
俺は卵を二つ茹でたはずだった。
俺の分と、先輩の分。
数瞬考えて、思い当たる。
先輩が教室を出掛けに、一つ茹で玉子をつまんでいったのだ、と。
些細なことだけれど、無性に嬉しかった。
何も無い鍋の中には、しかし確かに先輩との絆が満ち満ちているような心持ちがした。
俺も帰宅を決めて、さして多くもない荷物を紺のスクールバッグに詰める。
夏休み前なので授業は少ないから、持って帰る物も少なく、楽だった。
夏も悪くないかも知れない。
電車に乗る。
乗車前に、人混みに背を押されて、衝撃で買ったコーヒーがこぼれそうになった。
コーヒー。
先輩のお勧めはブラックだけど、俺は砂糖を糖尿になるくらいに入れた物の方が好きだ。背伸びしてブラックを飲む内に、身体が慣れたのか、美味しく飲めるようになってゆくのに、心がくすぐられた。
先輩と初めてコーヒーを飲んだのは、確か冬休み開けの始業式の日だったろうか。
と言うことは、先輩と初めて出会ってから、多分半年くらいだ。
スマホを弄る。
先輩からのLINEが来ていた。
俺は先輩と、先輩がすっかり変えてしまった昔の俺のことを、思い出した。
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