第13話 彼と彼女
その日、何故か行継伯父が俺のバイト先を訪問して来た。忙しいのは分かっているんだけど、秘書見習いで肩身が狭いのに応接室を借りるのは面倒なんだぞ?
智香さんが態々対応してくれたが、本当なら俺の役目なんだろうね? お茶を出した後、何故か俺の後ろに立っているんだけど、味方をしてくれる積りなんだろうか?
「伯父さん、お久しぶりですね?」
「ああ、事故に遭ったそうだな。元気になったようで、私としてもほっとしたよ」
はぁ、見舞いにも来なかった人間が偉そうに”ほっとした”か? 金山が手に入ったんだから、俺なんかには用が無いだろうに・・・。
「ありがとうございます。退院後に挨拶にも行けなくて申し訳ありませんでした」
「いいや、それは行隆に聞いたからな」
その過程で、まんまと金山をせしめた訳だ。一年も経ってから退院祝いを父さんの所に持って行ったのは見え透いているんだがな?(駄目だな、この男を前にすると皮肉っぽくなる)
鷲見の家は、金山の発見で大いに盛り上がったらしいよ。元々鷲見が購入した山なんだが、所有権は父さんにあったのにな?
鷲見家自体も以前からかなり落ち目だったのが今なら良く分かる。だからこそ父さんも無茶をしたんだろうし、行継伯父も危機感を感じたのだろうね。(現代日本で、貴族達の様な考えをこの目にするとは思わなかったけど・・・)
「それで、僕のアルバイト先までいらっしゃった理由を聞かせていただけませんか?」
「そうだな、私も忙しい身分だからな。端的に言おう、更夜君、君に縁談を持って来た」
いきなり爆弾を落としやがったぞ? 智香さんは、うん、反応無しだ。じっくり反応を観察したい気分だが、そう言う訳にも行かないみたいだ。
「お断りします!」
「何だね、それは!」
ほら、こんな感じだから、鷲見を継ぐのが父さんにと言う話になったんだ。同じ様に育てられて、何故父さんとここまで違うのか疑問だね。(良家の跡取りとして育てられた結果と言うなら皮肉な事だけどさ)
別に、婚約者が居る人間に縁談を持ってくるアホの事などどうでも良いが、伯父の勧める相手だけは確認しておこう。智香さんとの間に妙な口出しをされると困る。
「早百合さんですよね?」
「そうだ、分かっているなら何故断る?」
そりゃあ、貴方の1人娘だからだよ。子供の頃からの付き合いはあるが、出来るだけ近くに居たくない女性だ。3歳程年上なんだけど、俺がこん睡状態にある間に、目出度く結婚式を挙げて、婿入りした何処かの坊ちゃんが2ヵ月程で逃げ出したそうだ。
その見掛けと家柄に騙されて求婚者は多かったんだが、2年以上経った今では、まともな縁談が見当たらないと母さんが笑っていた。母さん自身、伯母の娘への教育方針について意見したらしいけど、無視され続けてきたそうだからね。
本当かどうか知らないが、何人目かの旦那さんに”もう無理”と言わせたとか言わせないとか。こんな感じで因果が回るんだろうか?
何となく、智香さんの方に視線を送ると、目で”助けて欲しいの?”と問いかけられた気がした。母さん辺りから事情を聞いたんだろうな?
冗談じゃない、この程度の相手なら今の俺にだってあしらえる。ただ、恨みをかわない方法が思いつかないだけなんだ。ああ、智香さんも同じ苦労をしているんだったな?
「あのですね伯父さん、婚約者の前で他の縁談とか言い出されれば怒りもしますよ!」
「なっ、そちらの女性が?」
「はい、更夜さんとは親しくお付き合いさせていただいております」
「いや、あれは仮だと、それに君は鷲見の名前にこだわっていると聞いていたものでな」
俺の言葉より、智香さんの落ち着きに気圧された様に伯父が言い訳をした。父さんめこの問題に関わらない積りか? まあ、俺が何とかする話なのは事実なんだけどね。
鷲見の家名に拘っていたのは事実だけど、俺が自分を”鷲見更夜”と認識するのに行継伯父の許可が必要な訳じゃないしね。そうだ、今度ペンネームにでも使ってみようか?
「僕もまだ学生ですから、正式というのもおかしいでしょう? 誰に聞いたか知りませんが、今では家族ぐるみでの付き合いですよ」
「そ、そうかね」
「ところで伯父さん、柳沢の関係者で1人相手を探している男性が居るんですが? ね、智香さん?」
「はい、私の従兄弟で、実と言います。一度、お嬢さんと会わせてみたら如何でしょうか?」
さすがは智香さん、以心伝心と言う奴だね。2人がかりで行継伯父をまるめ、もとい、説得した。二人の厄介者同士をくっ付ける計画を即興で作り出して、伯父に吹き込んで送り出す事まで成功したよ。
うん、後は知らないが、女王様的な性格の”鷲見早百合”と、自分では何も出来ない”柳沢実”、何故か上手く行く気がしないでもない、かも知れない?
===
「ねえ智香さん、鷲見早百合が俺の初恋の相手だと言ったら驚く?」
「別に、今でも未練があるとか言わなければね」
「うん、僕にとってはある意味特別かもしれないな」
「更夜君、詳しく話を聞かせてもらおうかしら?」
少し厳しめの口調だったけど、智香さんが本気で受け取った様子はないな。
「こう言うと失礼に当たるだろうけど、世界に彼女しか女性が居なくなっても好きにならないと思う」
「確かに女性に対しては失礼ね」
智香さんが次の言葉を催促しているのが分かるけど、ここではお預けだ。これに関しては言葉では無く態度で示す事に決めているのでね?
「智香さん、小説の中の”彼女”、ああ、許婚だった方ですけど」
「もう! それがどうしたの?」
「子供の頃の僕は年上の従姉に憧れました、容姿に関しては昔からでしたけど、性格は普通だったんですよ昔はね」
「・・・」
「でもね、僕には見ているだけしか出来なかった。三つも歳が違えば弟以下でしたね。会う度に憧れが破壊されて行くのを見るのは嫌な物でしたよ」
毎年お盆と正月に一族の皆が集まる機会があったけど、少しずつ、しかし確実に性格的に父親に似て行く憧れの女性を見ているしか出来なかった。(当時の俺も、あちらの”僕”と同じ様に無策だったな・・・)
「それで、彼女にあんな事をしちゃたの?」
「いや、人聞きが悪い事言わないで下さい! そうだ、智香さんは幼馴染の”彼女”と、彼の為に生きている”彼女”どちらが好きですか?」
「どっちも好きじゃないわ!」
ふむ、考えれば当然の話か? 自分の婚約者の昔の彼女達から、気に入った女性を選べと言われれば怒るのが普通だろうな。(妙な例えだけどさ)
「でしょうね? どちらに感情移入がし易いですかと言い直します」
「・・・、言わないと分からない?」
これが分からないんだよな、本質的に言えば智香さんは名前のとおり”ノーラ”なんだ。だけど、考え方や能力に関してはもう1人の”彼女”に近い。
「分かりませんね」
「正解、自分でも分からないの。3人目の彼女が一番理解出来ないのは確かね」
ふむ、ギブアップしたらが正解だった。諦めが肝心という奴か、俺のモットーにしたくなるね?
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