第12話 亡くなった者、遺された者
翌週の日曜日、ちょっと高級な程度のレストランの個室を借りて、天城さんと二度目の会談をする事になった。天城さんは医者と言っても研究医と言う事で、基本的に生活のリズムは一般人と変わらない。(忙しい時は、本当に忙しいそうだが、それも一般的な会社員なんだろうね)
「遅いわね、天城さん」
「はい、折角のお子様ランチが冷めてしまいますね?」
特注した春菜ちゃん用のプレートは運ばれて来ていたんだ。俺達のランチは普通に運ばれてくる筈なんだけどね?
「スープ位は温め直してくれる、いらしたみたいね?」
「ホントだ」
窓から、車を降りる天城さんの姿が見えたから、直ぐに来るだろう。
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「遅れてごめんなさい、思ったより渋滞していてね」
「それ程待っては居ないのよ、こんにちは春菜ちゃん」
「ママ?」
「大丈夫よ春菜、ママのお友達だから」
「オトモダチ?」
「そうよ、智香っていうの、春菜ちゃんともお友達になりたいな?」
「ウン!」
そんな会話をしながら、智香さんが春菜ちゃんの”存在する”方の右手をとって握手をしている。俺の方は自分の顔が強張るのを自覚していたよ。
「ごめんなさいね、先に話をしておけば良かったかしら?」
「い、いえ、そう言う訳では」
「奇形に対して、嫌悪を覚えるのは生理的なものだものね・・・」
智香さんと遊び始めた春香ちゃんを見ながら、天城さんがそんな事を呟いた。別に左手が無い程度なら”見た”記憶は幾らでもあるんだけどね。下村清春の遺児がと言う方が俺にとっては反応に困るんだ。
誤解を解くのは難しい様なので、そのまま昼食を始める事にした。自然志向のお子様ランチの見栄えは春菜ちゃんに受けなかったが、一口食べて気に入ってくれた様で一安心だったよ。
智香さんと天城さんの会話は主に子育てに関してだったけど、俺は主に天城さんの研究内容を聞く事が中心だったね。これは、本当にアイツの呪いなんだろうかと本気で疑いたくなる、偶然か必然か・・・。
===
「眠っちゃった、可愛い娘さんですね?」
「ありがとう。それは良いんだけど、その肉どうする積り、如月君」
「ああ、ちょっとした”技術”をお見せしようと思ったんです」
テーブルの上には、未調理のもも肉が乗っている。ちなみに骨付き肉だ、少し小さいが本番じゃないし実演には丁度良いだろう? 俺にとっては魔法は、オカルトではなく、単なる技術だ。どう使うが重要と言う意味では、重要技術なのだろうね。
「技術? 如月君は料理をするの?」
「いえ、少し出来ますが、お見せする程の腕では無いので。ただ、いえ、これは下村清春だった男が思いついた方法です」
「ちょっと、それは!」
こちらの”俺”は精神修養という面で少し劣っているので、細やかな作業に騒音は嬉しくない。
「静かに! 久々なので、失敗したくはありませんから」
「・・・」
俺が杖を取り出した時には嘲笑に近い形だった天城さんの唇が、工程が進むにつれて引き攣るのが視界に入っていた。
”俺”としては始めての、”私”としても久しぶりの作業だったけど、こちらの腕は鈍っていなかったらしい。作業自体は難しくないが出来るだけ、春菜ちゃんの右腕に似せ様と思うとかなりの神経を使う事になったよ。
春菜ちゃんが眠るのを待ったのは、見ると妙なトラウマになると嫌だからと、智香さんが気分を悪くしないか心配だったからだよ。(食後に見るには向かないし、小さな子供には理解出来ないかもしれないけどな)
「どう言う事? 何をやったの!」
「ある種の技術を実践して見せただけです。この方法を考案したのが、下村清春だった男なのも事実ですよ」
「魔法? 超能力? そんな馬鹿な事って!」
「種も仕掛けもありませんよ。いや、魔法と言う仕掛けはありましたけどね、ただ俺が作ったのは単なる腕の形をした肉の塊でしかありません」
「・・・」
天城さんには明らかに落胆した様子が見えるけど、それ以上にこの技術を何とか応用出来ないかと考えているのも分かるよ。
「そう、これは肉塊でしかありませんが、”彼”はこれに血を通わせる事が出来ました」
「誰なの! 教えて!」
「本当に分かりませんか? 長い話になりますし、天城さんには不愉快かも知れませんが聞きたいですか?」
「余計な御託は結構よ、話を始めなさい!」
それからかなり長い時間をかけて、下村清春の生まれ変わった男がどんな人生を辿っていたかを聞かせる事になった。あちらでの妻に関しては、早々に話を打ち切ったけどね。
「魔法で、傷を治すとかも馬鹿げているのに、治癒力を高めて血管や神経を再生する?」
「あちらではもう当たり前の技術ですよ。ただ、僕にはそこまでの知識がありません」
こちらの俺は、錬金などはあちらと遜色無く使えると思うが、治療系ではかなり劣るというのが現状だった。別に医術に目覚める事は無さそうだし、俺には俺の目標があるんだ。
「私が、私が”魔法使い”になれば良いのよ、血、貴方の血をちょうだい!」
「ちょっと待ってください!」
何故か昼間から吸血鬼が出ました!
「そうですよ、天城さん、春菜ちゃんが起きちゃいますよ? それにコーヤさんの血は私の物なんです!」
また酔っ払ってるんじゃないだろうね? ああ、血筋という意味になるとそうもとれるのか?
「そうね、じゃあ、如月君、貴方の病歴を教えてくれる?」
「はぁ? 特に大きな病気は」
「病歴は無いわね、あの事故の時も輸血はされなかったし、問題のある国への渡航暦もなし、臓器移植も受けてないわよ」
「上々ね、まあ、多少問題があっても躊躇う気は無いんだけどね。元々問題がある血液じゃないと困る訳だしね?」
「ちょっと待った! 今のって、献血の条件じゃなかったですか? 何故輸血が前提なんです?」
「そんなの一刻も早く治療をしたいという親心からに決まってるでしょう?」
「そうよ、コーヤさん!」
何故か、智香さんからも妙な反応が返ってきたぞ? そもそも、何故俺の病歴って、身の回りのお世話をしてくれた看護師がスパイだったな。隠す事なんて無いけど、母さんも絡んでいるよな?(もしかすれば、俺が覚えて居ない事まで漏れているかも知れないぞ、はぁ、欝だ)
「柳沢さんもどう?」
「是非!」
「あ、でも、妊娠後の話も気になる所ね?」
「天城さんやっぱりそちらは私に任せてください!」
何か知らないが相談が纏まったらしい2人の女性を尻目に、俺は作り出した”手”の処理に悩んでいたよ? 元は鶏肉なんだけど焼いて食べる気にもならないしな・・・。
===
『天城莉子? お前、何で急にそんな昔の話を?』
「・・・」『・・・』
『僕が居なくなって苦労する、彼女が?』
「・・・」『・・・』
『話した憶えは無いから知らないだろうが、彼女は地主の娘でね。僕の実家で病院を建てた時からの縁だったけど、生活に困ると言った心配は無いな』
「・・・」『・・・』
『そう言うなって、大切な存在を失った人間の悲しみ、今の僕だって分かる・・・』
「・・・」『・・・』
『何、不老不死を目指さなかったのかだって? 舐めるなよ、目指したさ! だけどな、他ではない”彼女”自身が望まなかったんだ』
「・・・」『・・・』
『僕は君と違って、妻の意思に反して勝手をする人間じゃないさ。”沢山の患者さんが生きる事を望みながら死んでいったのに、自分だけその運命から逃げる気は無い”なんて言われてどうしろっていうんだよ! ああ、すまない』
「・・・」『・・・』
『彼女自身が言った事だよ。その可能性を話した事は無かったけど、勘の良い奥さんだったからな。自分が長く生きられないと知っていたかもな』
「・・・」『・・・』
『そうだな、彼女は大切な子供達を残してくれた。使えなかった研究成果も一応役に立ったしな・・・』
「・・・」『・・・』
『そういえば、”彼女”が居れば研究が捗ったんだろうね』
「・・・」『・・・』
『冗談だ、今更だけど、人間として生きる大切さを教わった気がするよ。”彼女”にも、そして君にもな・・・』
「・・・」『・・・』
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