第11話 女医師
天城医師の待つ個室に案内されると、いきなり部屋を間違えた。店員さんと呼ぶには抵抗がある壮年の男性に案内されたんだから間違いは無いと思うんだけど?(何故女性がこの部屋に?)
「失礼ですが、天城先生でいらっしますか?」
「ええ、そちらが如月さんね。そちらの女の方が柳沢さん?」
「はい、如月更夜です。こちらがお世話になっている、柳沢智香さん」
「柳沢です、よろしく」
「ええ、こちらこそ。二村先輩のボスなんでしょう」
「いいえ、私自身は単なる理事長の秘書、それも長い間ではないでしょうね」
「そう? 私の用と言うのは如月さんだったわね?」
「はい、失礼ですが、天城先生の名前を教えていただけませんか?」
「ああ、ごめんね、少し酔っているのかも、天城莉子よ」
「お待たせしたのはこちらなので、こちらこそ妙な事を聞いてすみません」
天城医師が女性だと分かって、どうしても確認しておきたかった事が出来たんだが、思った通りだった。この女性が、下村清春の友人というより恋人だった女性だ。
”彼”から聞いた限りではかなり親密な関係だった筈だ、友人の妹に手を出したのかと思っていたが、事情は意外と単純だったな。
「それで、清春について話があると言う事だけど?」
「ええ、天城さんを下村清春の”友人”と聞いて、相談したい事があるのです」
「友人、友人ね?」
「もしかして、天城先生は下村清春と言う方の恋人かしら?」
何故こう言った方面で女性は鋭すぎるんだろうか?
「柳沢さんも如月さんの恋人よね?」
ほらね?
「いいえ、将来を誓い合った仲と言って欲しいわね?」
・・・、智香さんは殆ど飲んでいない筈なんだが?
「ふふふっ、ご馳走様、私達もそう言う仲になれる筈だったのにね・・・」
「すみません、嫌な事を思い出させてしまって。智香さんこの場は任せて下さい!」
「尻に引かれているわね?」
「ええ、人間として目標としている女性ですからね」
「羨ましいわ・・・」
暗くなりがちな、天城先生を励ます祈りも込めて、本題を切り出す事にした。何故か話が妙な方向に暴走しそうだったからな。
「下村清春がやり残した仕事があると聞いたら、天城先生はどうしますか?」
「清春が、才能は認めるけど単なる研修医なのよ?」
「そうでしょうか、天城先生は僕の脳の異常をご存知ですね?」
「ええ、先輩が教えてくれた。確かに興味深いわね、貴方は健常者に見える、まさか!」
「彼はこの謎に挑みましたが、結局原因を突き止めるまでは行きませんでした」
嘘は言っていないだろう? アイツにも原因は分からなかった筈だ。いや、そんな事よりも天城さんの瞳に何か危ない物が灯った気がするぞ?
「ココ」
「えっ?」
「此処に清春の残した物が・・・」
俺の頭と言うより、脳に向かって手を伸ばす天城先生だったが、確かにアイツの同類と言えるかも知れないが、非常にコワイ物があるな。
逃げたくなったが、それでは意味が無いと思い我慢して立っていると、天城先生は俺の頭を抱きかかえる様にして、撫で始めた。どうでも良いが、前世からアイツの好みは巨乳だったんだな?
「ダメ?、これは私のなんだから!」
「ぐぇ!」
妙な事を考えていると、いきなり智香さんに首を引っ張られた。酔ってるのか本当に?
「あら、ごめんなさい。でも私が興味あるのはこの脳髄だけよ?」
「ダメよ、コーヤさんの総ては私のモノなんだから」
天城先生貴女は怖いです本気で! 智香さん、それは俺の台詞だ! 俺は酔っていないぞ?
===
いや、何故か予想通りで微妙に想定外の事態も発生したが、俺を取り戻して安心した智香さんが眠ってしまった事で、一応の収束を見たよ。
天城先生には根掘り葉掘り聞かれたが、元々俺に医療知識が不足している事、アイツが私に要点しか語らなかった事(余分な話は多分にあったけどな!)、そして魔法については意識的に隠した事が逆に信憑性を高めたらしい。
酔いが醒めれば矛盾点に気付くだろうが、今の感触からすれば真実を打ち明けても大丈夫だと思うよ。人格的にでは無く、マッド的にだけどな。(アイツとは違った方向で、マッドなんだよな)
「ふーん、じゃあ、如月さんの血液中にある未知のウイルスが脳にあの部位を作り出したというのが清春の推論なのね?」
「ええ、あれがどんな効果を生み出すかまでは分かっています」
「それは?」
「それは、次の機会にしましょう」
「そうね、ちょっと酔い過ぎているみたい。そろそろ家に帰らないといけないし」
「そうですか? まだ8時ですよ」
幾らなんでも早過ぎる時間だ。二次会などと言うものは企画していないが、この部屋は閉店まで使えるんだぞ?
「何? 私に興味があるの?」
「はい、いいえ、ありませんよ?」
眠っている筈の智香さんが俺の腕を強く抱きしめた気がする。興味があると言っても、下村清春という人間がどんな人間だったか聞きたかっただけなんだよ。
「悪いけど、子供を母に預けてあるの、これでも遅いくらいよ?」
「えっ?」
「そう、清春の子供よ、春菜って言うの」
アイツめ、そんな事を漏らさなかったぞ? 本人も知らなかったのか?
「今度、春菜ちゃんに会わせて下さい」
「ええ、清春の悪口を聞けるかと思って連れてこなかったんだけど、それじゃね」
お互いに思いは同じなのにすれ違う事ってあるんだな、アイツの呪いか?
「天城さん」
「何?」
「春菜ちゃんも下村さんの遺した物だと思いますよ」
「そうね、だから、あの子が私にとって一番なの」
そう言い切った天城さんだったけど、何処か無理をしている様に感じてしまった。やっぱりシングルマザーは大変なんだろうな?
===
天城を見送って、部屋に戻ると智香さんはまだムニュムニャ言っていた。時間が時間だけに一泊する予定だったから問題はないんだが、いいや、この状態でホテルに連れ込むのは・・・。まあ良いか、今の俺程度では、精々弟にしか見えないだろうさ。
結論から言えば、いきなり大いに誤解されたよ。ホテルのフロントで、態々女性職員が付き添ってくれたのは揉め事を警戒してだろうね。そんな目的ならシングル2部屋を予約しないんだけどな?(似合わない”おめかし”をしているのも原因の1つだろうね!)
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