第9話 嵐の夜
「コーヤさん、コーヤさん!」
「えっ? 痛て!?」
深い様で浅い眠りから覚めると、目の前に智香さんの顔があった。咄嗟に遠ざかろうとしてハンドルに頭をぶつけてしまった様だ。
「大丈夫? うわ言を言ってたみたいよ?」
「あ、あれ?」
何か夢を見た気がしたけど、頭を打ったショックですっかり忘れてしまったぞ? というか、何で俺は智香さんに膝枕されているんだ?
再度、身体を起こそうとすると、今度は力ずくで引き戻された。未だに車の中だと分かる、ベンチシートとはいえ身体を捻っていて腰が痛い。
智香さんの香りと柔らかさに離れ難さを感じながらゆっくりと身体を起こしたけど、今度は止められなかったよ。
「運転の邪魔をしちゃいましたか?」
「ううん、気付いたらうなされてたみたいだからね?」
「ありがとうございます、かなり良くなりました」
口先だけの言い訳ではなく、不思議と体調も、罪悪感も気にならない程度になっている。膝枕のお陰だろうか?
「そうみたいね、ねえ、更夜君?」
「はい?」
「私の事が怖い?」
「はぁ? 智香さんの事を怖いと感じる男は居ないと思いますよ?」
まあ、それ以前に(下種な事を含めて)色々な事を考えるのが”男”という生き物なんだろうね。半分涸れている俺の様な人間でもそんな誘惑を感じるよ。
「言い方が悪かったかな? 更夜君は、私を見て恐怖を感じるわよね?」
「恐怖ですか?」
「誤魔化されないわよ?」
チッ、先程の反応が決め手になったのか、確信を持って言っているのが分かる。ああいった場合は知識ではなく場数が物を言うんだろうね。
俺が智香さんに対して恐怖を感じるのは、もしかすれば、また智香さんを、いや、好意を持った女性を不幸にしてしまうのではないかという恐怖だろうね。
俺が普通の”男の子”ならばこんな事は考えないだろうな、あちらの知識と、俺の身体に宿った力の2つを考えれば、そう言った事態だって考え過ぎとも言えないだろう?
力を隠して生きていけば良い? 考えないでもないけど、あちらの”私の常識”が邪魔をする。誰か信頼出来る相談相手が欲しいと考えるのは、自戒の意味もあるんだがこれを理解してもらうのは本当に難しいだろうな。
「恐怖ですか・・・、ある意味正しい指摘だと思いますよ。僕が何を怖れているか、智香さんが理解出来ないのも分かります」
「・・・」
智香さんの機嫌はあまり良くないみたいだな、当然かな? こんな事を言えばもっと機嫌が悪くなるんだろうね、でも言わないでおくのは無理っぽい。
「智香さん、もし、僕が不幸を呼び寄せる人間だったらどうしますか? 僕と親しくすると、不幸になるとしたら・・・」
「随分と抽象的な言い方ね?」
「智香さんなら、父さんがどんな人間か知っていますよね?」
「ええ、鷲見家を追い出された事も、能力や人望、おまけに実績を含めて、お勤めの会社では”不遇”よね?」
智香さんが父さんの事を意外に評価しているのは驚きだな。父さんの能力なんて俺には知り様が無いんだけどね。(自分の事を喋らない人だし、父さんの友人とか母さんの評価を信じるのは危険だと思えるんだ)
「僕も同じかも知れませんよ?」
「そう? じゃあ、更夜君のお母様は自分を不幸だと思っているかしら?」
「母さんが父さんを選ばなければ、もっと幸せに」
「話を逸らさないで!」
怒るだろうとは思ったけど、こんなに感情的になるなんて・・・。何故かあの晩の事を想像してしまう、俺は今回どうするべきなんだろう?
「確かに母さんは不幸とは言えないです、それは認めますよ」
「もういいわ、貴方をご実家にに送ったら、終わりにしましょう」
「はい・・・」
女性に振られるのは始めてじゃないけど、こう言う場面では本当にあっさりしているな・・・。それから何度か智香さんに話しかけてみたが、碌な反応は返って来なかったよ。
(これで良いのか、更夜? お前はそんなに物分りの良い人間だったか? 柳沢智香という女性を諦められるのか?)
「そうだな、”私”や”僕”じゃないんだ。”俺”がどうしたいかだよな!」
「えっ?」
「智香、車を止めろ!」
ノーラと呼びそうになったが、間違いはしなかったよ。あの時の”私”の心理状態に近いのだろうか?
「更夜君?」
「止めるんだ、ノーラ!」
今度はわざとノーラと呼んだ。俺の態度に驚いたのか、智香さんは素直に車を路肩に止めてくれたよ。さてどうなっても知らないぞ?
「無茶をする積りはないけど、身体の力を抜かないと痛い目に遭うぞ!」
「そんな物を取り出して何をする積り?」
「見ていれば分かるよ、行くぞ!」
「きゃっ、止めて!」
何故か台詞だけ並べると妖しげに聞こえるが、俺がやったのは杖を取り出して呪文を唱えて、智香さんの身体を少し浮かせただけだぞ? 狭い車内だ、妙に暴れられると怪我をするからな?
「大丈夫だ、ただ智香の身体を浮かせているだけだ!」
「何をやったの?」
「ちょっとした手品だな、これじゃあ」
俺は呪文を唱え直す事にした。途中で買ったジュースのアルミ缶に対象を移す。見かけは変わらないが、銀に元素変換を終えた物を智香さんに渡した。
「何、何をしたの? えっ?」
智香さんが思わず握り締めた缶が、アルミ缶の様に簡単にひしゃげてしまった。
「銀製の缶だ、見た目は変わらないけどな」
そう言った瞬間に、缶の表面の塗装が破れ変換されたばかりの銀がむき出しになった。元々、銀色だったから視覚的に効果は無かったけどな。(俺の力だけだとこの辺りが精一杯だ)
「これも、やってくれる?」
「良いよ」
智香さんが飲み干した方の缶を同じ様に元素変換する。今回はキュベレーの力を借りて、金製にしてみたよ。まあ、文字通り金缶になったけど、視覚的には分かりやすいな。
「本当に、でも、そう・・・」
「危険だと言った意味が分かったかい? 俗な魔法の使い方だけどな」
目の前に金を作り出せる人間が居れば、普通の人間がどういう行動に出るか想像するのは難しくないだろうね。利用しようと考える程度なら可愛いものだがな!
「確かに危険ね、納得いったわ」
「俺はこの力をこの世界に広める積りだよ、成金になる積りはないけどな」
ちょっと金山を作ろうと思うけど、それは、行継伯父か、彼をけしかけた親族を嵌める為にだな。
「本当に?」
「ああ、危険だろ?」
「隠す積りは無いの?」
「無いね、それに、君はそういう男は嫌いだろう?」
「じゃあ、何故私に?」
「分からないか? 俺は君を手放す気が無いって事だよ」
「馬鹿なコーヤさん」
何故、馬鹿なんだ? まさか、試された? 智香さんの表情を冷静に見れば、何処か嬉しそうにさえ見える。くそっ! 仕返しに強引に抱き寄せて唇を奪ってみたが、それさえも智香さんの思惑の内と感じてしまうよ。
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