第8話 友人への弔い


 ”古田淳司”の名前はあっさり見つかったし、”ZaFo”とか呼ばれている事もとあるサイトで分かったんだ。だけど、2ヵ月前で”古田淳司”も”ZaFu”の姿を消していた。別人が騙った物は見つかるけど、明確に本人が別名を使い出した形跡は無い・・・。


 ”彼”の正体に関しては色々憶測が飛び交っていたけど、冗談以外で真実を言い当てた人間は居なかった。むしろ居なくなって清々したという書き込みもあり、病気どころか、自殺説までも浮かんでいたよ。



===



「どうしたの、元気が無いみたいだけど?」


「えっ? ちょっと悩み事がありまして・・・」


 いや、迎えに来てくれた智香さんにお礼を言って頭を下げた時に、よろけたのはあまり眠れなかったからだけなんだよな。


「今日は止めておく?」


「いいえ、どうしても行かなくちゃならないです」


 そうだな、最悪の結果が待っていたしてもだ。彼だってあちらでは俺と逆の立場かも知れないんだ。


「ネットの知り合いと連絡がとれなくなったと言うのは嘘?」


「いいえ、事実を多く含んでいますよ」


「更夜君・・・」


「今は聞かないで下さい、ごめんなさい」


「・・・」


 最悪犯罪に関わる可能性もある、”彼”推測通り、子殺しが行われたなら殺人事件だ。俺はどうすれば良いんだろうか?


 考えてみれば、元井曜子という女性が殺されていれば、彼女に会いに行く俺達も危険な気がする。そもそも何と言って面会を求めるんだ? 自分の計画性の無さが情けなくなって来るよ。


「智香さん、今更なんですけど、元井さんのお宅に伺ってどうしましょう?」


「本当に今更ね?」


「はい、先ずは外から様子を窺う事にしましょうか?」


 それなら、俺には簡単だ。倫理的には不味いだろうけど、家の内部に侵入して覗き見だって出来る。そうだな、危険を冒す必要もあるまいし。


「大丈夫よ、理由は用意してきたもの」


「理由ですか?」


「ええ、元井さんという女性は”人工知能”を研究していたのでしょう?」


「はい」


「元井さんの研究に興味を持った研究者が居る、逆に、彼女が発表した論文がウチの準教授の論文を盗用した疑いがあるとかね?」


「さすがですね・・・」


 自分が単なる学生の身分だと出来る事が限られるのは良く分かっているけど、智香さんの有能さが羨ましいよ。こう言った段取りに関しては、こちらでもあちらでも縁が無かったものな?


「まあ、ご家族の出方次第でアメかムチか決める事にしましょうか、コーヤさんはとりあえず待ちよ?」


「え、ですが?」


「今の貴方の格好と体調じゃ、同席は難しいでしょう?」


「そうですがけど・・・」


 確かに返す言葉も無いね、似合わないだろうスーツを着ていても、逆に怪しさが増すばかりだろうさ。くっ、仕方ないか、キュベレーに同調して警護をするしかないな。智香さん危険な目に遭わせてごめんなさい。


===


 元井家は、高速を降りてから15分ほどの繁華街から離れた家も疎らな場所に建っていた。外見は築10年以上は経っているけどそれ程古臭くも無い、普通の一軒家だったよ。


 俺自身は車の中で待っているしかなかった。交渉内容的に場違いな格好だし、いざと言う時には肉体的にはまだ役に立たないのも事実だしね。


「こんにちは、私、○×大の職員をしている、柳沢と申します。突然お訪ねした申し訳ありませんが、曜子さんはご在宅でしょうか?」


「大学の方ですか? あの曜子になんの御用でしょう?」


 インターホン越しの会話を、キュベレーの”耳”で聴いている訳だけど、ごく普通の対応に思えるね?


「はい、こちらの大学の研究者が、曜子さんの論文に興味を持ちまして」


「はぁ?」


「宜しければ、お会いしたいのですが、ご在宅でしょうか?」


「はい、家には居るのですが、ちょっと体調を崩していまして・・・」


「そうですか・・・、一応、曜子さんの恩師になる間宮教授の紹介状もいただいて来たのですが?」


「まあ、ごめんなさいね。今ドアを開けます」


 何時の間に紹介状まで? ○×大ならそれ程遠くは無いから、不可能じゃないけど・・・。それにしても上手いな、娘の恩師の紹介状を持った人間を追い返すのは難しいし、ポストに入れておいてというのも普通なら礼儀に反するだろうね。(そうだな、意外にごく普通の対応なんだよな?)


『杞憂だったかな? 護衛役は要らない様だ、念の為家の中を見て回ろう』


『はーい』


 キュベレーの身体を借りる感じで、元井家を探索開始した。


===


 とりあえず、1階は何も問題は無かった。外観と同じで内部もごく一般的な一戸建てだったよ。二階には、夫婦の寝室や子供の(といっても若い成人女性だろうな)部屋があったけど、中には誰も居なかった。


『ホントに拍子抜けだな、もしかしたら亡くなる以前だったかな?』


 そうなると、俺はどうするべきなんだろうか?


『ラスティン、外に小さなお家がありますよ?』


『ああ、プレハブの小屋だな。一応確認しておこう』


 その大き目のプレハブ小屋は、以前は何かの事務所として使われていた様だった。丁度、玄関側からは死角になる為に気付かなかったらしい。


 小屋に入り込むといきなりバスルームだった。手狭なユニットバスだけど、事務所には相応しくない。小屋自体は母屋よりも古く感じるから、立て替えの時はここで実際暮らしていたのかも知れないな。


 隣の部屋は小さくてもダイニングキッチンに見えるから、先程の推測は間違っていないだろう・・・、そんな事を考えながら更に隣の部屋に移動すると、モニターの前に人影らしきものが見えた。


 少し暗くて良く見えないなと思うと、キュベレーの方で勝手に視界を明るくしてくれたが、そこには”絶望”があった。


 古い事務机の上にこれだけは新しいPCが設置されていて、モニタの前のキーボードに乗りかかる様に、元井曜子だった女性が朽ち果てていたんだ。


 俺も”私”として何度か死体という物を見てきたけど・・・、いや止そう、相手は知り合いで、うら若い女性だ。キュベレーに嗅覚が無いのが救いなのだろうな。


 良く見てみれば、全てのブラインドが閉じられて、気密性を上げる為なのかガムテープで隙間と言う隙間が塞がれている上に換気扇も動いていない。唯一の出入り口には来客用のソファーが立て掛けられている。


 状況だけ見ると、外部からの全ての干渉を拒否している様だ。俺と同じ様に、ままならない現実から逃げ出したのだろうか?


『どうしますか、ラスティン?』


『そうだな・・・』


 念話に乗せるまでも無く、キュベレーは俺の思いを実行に移してくれた。多分何かの犯罪に相当するだろうが、知った事か、知り合いが”こんな状態”で放置されているのを見過ごせないだけだ。


 元井曜子という女性自身とは何の縁も無かったが、生まれ変わった”彼”は愛する女性を妻に迎え子供も産まれ、幸せな家庭を築いているのだ。”彼”が自分の今の姿を見る事は無いだろうが、誰にも気付かれずに死んだ人間を誰にも気付かれない場所に埋葬しただけだ。


『ロドルフ、君は今でも家族を怨んで知るか? 怖れているか?』


 私の知る限り、彼が”元”の両親について語ったのは一度だけだし、その後は”現在”の両親に良くしてもらったと記憶している。彼にとっては、現在が全てだと思いたい・・・。


 その小屋を去る際に、換気口に絡まったビニール袋を見て、切なくなってしまった。元井曜子の家族は”何もしなかった”だけなんだな・・・。



===



 俺自身は何もやっていないんだけど、精神的にも肉体的にも酷く疲れた気がする。意識を自分の身体に戻すと、それが実際に感じている物だと実感してしまった。


「疲れたな・・・」


「大丈夫? 顔色悪いわよ?」


「やっぱり、思ったより身体が鈍っていますね」


 智香さんが戻っている事にさえ気付かなかったか? 智香さんのコロンの香りが少しだけ気分を落ち着けてくれた。別にあの部屋の中の空気を吸った訳ではないのだが、”死臭”を思い出してしまって気分が悪い。


「智香さん、我侭を言って申し訳ありませんが、俺を実家に送ってもらえませんか?」


「ここからだと病院の方が近いわよ?」


「いいえ、体調の問題ではないので・・・」


「何処かで休んでいく?」


「駄目です! それなら此処から歩いて帰りますよ」


 ”休んでいく”が”ご休憩”の意味なら、冗談じゃない! いや、考え過ぎなんだろうけど、そういう状況を避けるために両親の所を指定したのだ。未だにあちらの記憶を使いこなせているとは言えないが、絶対にそれは避けるべきだ!


「もう。そんなに意地を張らなくても良いのに・・・、分かったわ、少し眠っておきなさい」


「ありがとうございます」


 そう言って、座席を少し倒して目を閉じると、あっさり眠りに落ちた。


『なあロドルフ、俺のやった事をどう思う・・・?』



===



『えっ? あちらの両親を怨んでいるかですか? 妙な事を聞くんですね・・・』


「・・・」『・・・』


『怨んでいると言うのとはちょっと違うし、逆に感謝しているなんて言えませんよ』


「・・・」『・・・』


『いえ、勘違いしないで欲しいのですが、自分が”娘”として両親を向き合っていなかったのは、この子達に気付かされました。それはお互い様なんですけどね』


「・・・」『・・・』


『そうですね、僕は今幸せなんですから、”あの人”達に不幸になれなんて言えないですよ? 幸せになってくれと願うほど人間は出来ていませんが、ごく普通に生きて行ってほしいですね。不出来な娘の最後の親孝行ですけどね・・・』

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