第7話 凄腕スパイ


 まさか、理事長秘書とは仮の姿で実はスーパーハッカー? 或いは、このノートPC自体に何か仕掛けが? さっき簡単だと言ったのもその辺りか?


「更夜君、何か失礼な事を考えていない?」


「何の事でしょう?」


「そんなに露骨に表情を消すと妙に感じるわよ、それに、まじまじとPCを見るのも不自然!」


「はぁ?」


「ハッキングとかやっていないし、PCに仕掛けも無いわよ?」


 くっ、表情のコントロールは完璧だったが、浮かべる表情が拙かったかな? それほど付き合いが長い訳じゃないのにここまで読まれると、逆に愉快だよね。


「すみません、変な事を考えていました」


「もう少し素直になって欲しいかな。言っておくけど、更夜君の執筆活動を教えてくれたのは原さんよ?」


「くっ! こんなに身近にスパイが居たなんて! いえ、冗談ですよ?」


 元々、病室内で隠し事なんて難しいし、病人として身の回り世話をされるのに慣れてしまって警戒感も無かったからな。PCをつけっ放しで、トイレにでも行ったんだろうね、覚えが無いけど・・・。


「まあ、原さんにはコーヤさんの事を頼んであるから、あながち間違いじゃないかもね?」


「良いですけどね、いや、お願いがあります。僕が書いている小説は、絶対に読まないで下さい!」


「どうしたの、そんな真剣な顔して?」


「恥かしいとかもありますけど、お互いの為にならないからでしょうか?」


「・・・、そう、分かったわ」


 妙に真剣な顔で、智香さんが答えてくれた。今書いている部分は特に問題無いんだが、話が進むと否応無く”ノーラ”が出てきてしまう。言い訳を考えてはあるけど、俺にとっては別人なんだからな。


「すみません、子供っぽいこと言ってしまって」


「いいわよ、気にしないで。それより、その人探しの話に戻りましょう?」


 俺は、彼(いや、彼女だろうな、こちらでは)の簡単な経歴などを、智香さんに教える事になった。女性と知った智香さんは少し不機嫌そうだったけど、嫉妬と言ったレベルには見えないな、残念ながら・・・。


「大体分かったわ、ちょっと電話してくるから待て居てね」


「はい、ああ、携帯が繋がらないんでしたね」


「そうなのよね、行方を晦ますには便利なんだけどね。ちょっとPHSを借りて話してくるから」


 内線のPHSは職員全員が持っていて、それなら外線が使えるらしい。俺なんかは普通に公衆電話だよ、テレホンカードなんて久々に見た気がしたけどね。


 そして40分ほどで、智香さんが病室に戻って来た。それとほぼ同時にPCの方にメールが届いたよ。さっきアドレスも聞かれたけど、まさか?


「メールは届いてる?」


「はい、開けて良いですよね?」


「勿論よ」


 メールを読むと、俺が知りたかった、”元井曜子”の元の勤め先と実家の場所が記載されていたんだ。どんな魔法を使ったんだろう?


 個人情報に関しては、気軽に手に入れられる世の中じゃ無い筈なんだけど、そうだ、”古田淳司”の方を調べていなかったのを思い出した。後で調べておくかな?


「参考までにどうやって調べたのか教えてもらえませんか?」


「ええ、名簿屋って聞いた事がある?」


「いえ、名簿を売っているんですか?」


 その店を想像してみたけど、何故か古本屋のイメージしか湧かなかったよ、多分違うんだろうね?


「名簿自体ではなくって、名簿に載っている情報を売るの」


「それって、合法なんですか?」


「昔は全然合法だったそうよ、今でも何とかグレーゾーンかしらね」


「良かった」


 智香さんが犯罪に手を染めるのは歓迎出来ないよ。


「褒められた事では無いけどね、使い方を間違えなければ良いだけよ」


「はい、そうですね」


 そうだな、魔法の力でも同じだったな・・・。


「それで、どうするの? 行ってみる?」


「隣の県ですね、意外と近いけど・・・」


「そうね、今からだと日帰りは難しいかしら? 外出許可も取らないといけないしね」


「そうでしたね、外出許可は無理かな、ちょっと出歩ける状態じゃないし、あれ駅までってどうやって行くんでしたっけ?」


 リハビリも進んだから、一応、外出許可は出る筈だったよな。ただ、最寄の駅までは、タクシーか病院が出しているバスを使うしかなかった気がする・・・、あれ?


「コ・ウ・ヤ・ク・ン?」


 何故か口調と態度は怒っていて、表情は少し悲しそうに見える智香さんの表情を見て、言い訳する羽目になった。


「いえ、自分で動ける様になりたいと思っているだけですよ、ごめんなさい」


「そうじゃないでしょう?」


「はい、もしお時間がありましたら、僕を元井さんの所へ連れて行ってくれませんか? 厚かましいお願いだと思うんですが・・・」


「ええ、どうせ暇ですからね。でも30点ね」


 30点か、厳しいな。未だにこの女性との距離感を測りかねている俺には当然の評価かも知れないけどね。


「智香さんの様な方が暇とは思えないですからね」


「別に頼れとは言わないけど、当てにしても良いのよ」


「はい、ありがとうございます!」


「父、理事長も、コーヤさんに会いに行くと言えば、文句は言わないしね?」


「ははは・・・、そうですか?」


「信じないの? 義父様と父が意気投合した話はしたわよね?」


「あのですね、年頃の娘を持った男親にとっては、娘と仲の良い男は全て”敵”なんですよ?」


「へぇ?」


 ”私”の経験から言えば、”娘”を狙う男は須らく敵である。いや、あの娘は色々問題を抱えていたし、私の立場を考えれば、娘を利用しようとする人間が多かったのは当然なのだ! (別に”私”の目が曇っていた訳じゃないぞ?)


「今は、共通の敵が居るから仲が良い振りをしていますが、もし、俺が智香さんに」


「私に?」


 いや、これを言うのは俺が、何者かになった時だな。学生で、休学中の俺にこの先を言う権利は無い。ただ、このままで終わる積りも無いがな!


「いえ、何でもありません」


 ”コーヤさんのバカ!”と智香さんが呟いたのは聞かない事にする。もしその日が来たら謝る事にしよう。


「小説の中では、男親は皆そうなんですよ?」


「・・・」


「智香さん?」


「明日は早いわよ、外出許可は大丈夫ね?」


「はい! 付き添いが必要ですけど、構わないですね?」


「ええ、それじゃあ、明日」


 何時もは颯爽と表現出来る智香さんの去り際なんだけど、今日は”さっさと”と表現してしまいそうだ。怒らせてしまったかな?


 智香さんが俺と言う人間に好意を持ってくれているのは分かるんだけど、”切欠”や”経過”が俺と言う人間を無視している気がするんだ。


 俺が俺自身が意地になるのも分かるだろう? 良くない傾向だとは分かっているんだけど、表情ほど心はコントロールが簡単じゃないんだな。退院も近いし、そろそろ決意する時だろうか?

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