第6話 小説家はじめました

「ふむ、経過は順調のようだね」


「そうでしょうか?」


「そうだよ、この短期間で歩行器を使わないで歩けるようになるんだからな。若さって言う奴かな?」


 いや、ちょっと魔法を使ったからね。浮いて移動する方が楽なんだけど、人前でそれをやると”マジシャン”だよな。魔法の恒常化の訓練も兼ねていたんだけど、浮かない様に制御する方が面倒だった気もする。(例のハーブの効果が確認出来たのは別の意味で収穫だったよ)


「先生、それは若者じゃない人間の言う事ですよ?」


「はははっ、それもそうか、気持ちだけは若い積りだったんだがね。それで、話と言うのは?」


「はい、僕の病状を発表する話ですよ」


「おお、結論は出たんだね?」


「ええ、先生にお任せする事にしました」


「そうか、任せてくれたまえ」


「但し、幾つか条件があります」


「条件?」


「そうです、1つ目ですが、僕の個人情報ですけど、通常の保護ではなく防御と呼べる物にして欲しいのです」


「防御とは物騒だね?」


「まあ、表現が過激なのは認めますけどね。僕の情報を隠すのではなく、誰か別人の仕立て上げて欲しいのです」


「いや、それは拙いぞ、その人のプライバシーが」


「いいえ、実在の人物である必要はありませんよ。何でしたら、”平賀明人”という名前を使って下さい」


 同姓同名なら居るかも知れないけど、俺の指している人物は居ない筈だ。


「しかしだね」


「別にカルテを改ざんしろとか言っている訳では無いんですよ。ただ、誰かに僕の名前を聞かれたら、この名前を出して欲しいだけで」


「うん、それ位なら構わないか、聞いてくる方がおかしいからね」


「そうでしょうね、逆に偽名と指摘する人が居れば会いたいと思います」


「それは、構わないが、良いのかね?」


「はい」


 偽名と見破る人間には会う必要があるだろうな。居るかどうかは分からないけど・・・。


「2つ目ですが、二村先生の人脈をお借りしたいのです」


「どういう意味かな?」


「下村清春という医者というか医者の卵だった人間の事を知りたいんです」


「・・・」


 医師としては優秀なんだろうけど、人間としてはまだ甘い人だね、余命宣告とかどうやって切り抜けているんだろうな?


「ああ、人脈は必要無いのですね?」


「更夜君?」


「そんなにはっきり顔に出しては医師失格ですよ? 以前、ネットで知り合った男性なんですけど、今は連絡が取れないんです。共通の友人の噂では・・・」


「そう言う事情だったんだね、妙に医療に詳しいと思ったよ」


「まあ、かなり変わった人間でしたからね。個人的には”マッド”と評したいと思っていました」


「いや、疑っていた訳じゃないけど、本当に知り合いなんだね?」


「会った事がない仲ですけどね」


 少なくともこちらではね。


「そうか、残念ながら君が聞いた噂は本当だよ」


「そう、ですか・・・、やっぱり医療事故なんですね?」


「ああ、大事にはならなかったがね。何せ患者は無事だったからな」


 そう言う事か、手術する側が亡くなって、される側が生き残ったのであれば大事にしない方法もあるか? 関係者の間では情報共有がされているみたいだから、再発の心配は無いのだろうか? (マスコミに流れなければ、ネットで幾ら調べても見つからない筈だ)


 もしかしたら、事故自体が起こる前だったとか思ったんだけど、そんなに上手くは行かないな。”発明家 爆発”で簡単に死が確認出来た人物もいるんだけどな・・・。


「清春さんの実家を教えていただけませんか?」


「墓参りかね?」


「ええ、1度は会いたいと思っていましたから・・・」


「それならば、墓の場所を教えよう。医大の後輩だったからな」


 意外と医者の世界も狭いものなのだろうか、それもと偶然かな?


「やっぱり、ご両親と折り合いが悪かったんですね?」


「ああ、個人で総合病院を経営しているんだよ」


「経営者なんですね?」


 隠されたと言うより、あまり話したくない転生者の共通点だな。こちらの世界から”逃げ出したい”と考えていたのはね。


「ふっ、まあね、君も色々聞かされた口かな」


「いいえ、僻地医療を志していると聞いた気がしたもので」


「私も相談を受けたよ、正直言えば贅沢な悩みだと思ったけどね」


 その後、二村先生から”親友”の墓の在り処を教わった。自由に出歩ける様になったら墓参りしよう。


「そうだ、もう1つありましたよ。清春さんの友人を、医者の友人をご存知ありませんか?」


「友人が居る様に思えたかな?」


「1人位居るでしょう、”我が道を行く”と言ったタイプでしたけど、ねえ?」


 あんなのがもう1人と考えると怖いけど、今の俺に必要なのは、そう言った人種なんだよな?


「居るよ、”我が道を行く”というタイプだけど、意外に気があったんじゃないかな? 会ってみるかい?」


「はい、是非!」


「分かった、来週学会で会う筈だから、話してみよう」


「はい、お願いします。故人の悪口を言うのは生きている人間の権利ですからね」


===



 もう1人、ある程度詳しいプロフィールを知っている人間が居るんだけど、残念ながら大学名と在籍年度、そして就職先しか”使える”情報が無かった。名前を素直にネットで検索してもその”女性”の事は分からなかった。


 ただ、死亡していれば何らかのニュースになっているんじゃないかと思えたので、少しでも早く彼女の”現在”を知りたいと思った。


「コーヤさん、どうしたの難しい顔をして?」


「智香さん、こんにちは。今日は早いんですね?」


「昨日言ったじゃない、仕事の方が一段落ついたから、出来るだけ顔を出すって、迷惑だった?」


「そんな訳無いでしょう? ただ午前中から、こんな所に来て良いのかなって思っただけですよ」


 今まで智香さんの忙しさは、父さんの忙しさに直結する筈なんだけど、父さんの方は顔も出さないよ。


「それなら許してあげる。それで?」


「えーっとですね、卒業大学と大体の卒業年度、あとは就職先しか分からない人間の今を突き止める方法って無いかなと考えていたんです」


「名前も分からないの?」


「ああ、名前も分かります」


「それなら、簡単よ」


「本当ですか?」


「ええ、もしかして小説のネタ?」


「はぁ?」


「だってコーヤさん、そのPCで小説を書いてるんでしょう?」


「・・・」


 何故、智香さんがそれを知っているんだ? 俺自身が、そんな面倒を招く様な事をしないし、両親だって知らない筈なんだ。

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