第5話 かりそめの婚約者


「コーヤさん?」


「智香さん、呼びかけてくれてありがとうございます! 轢かれたのはアレですけど、僕もその親戚、実さんでしたっけ? に感謝したいと思います」


「ふふふっ、コーヤさんにも嫌いな親戚が居たのよね?」


 ああ、行継伯父か、あの人に対して以前ほど悪感情は抱かなくなったな。元々悪人なら父さんが信じるとも思えないし、”鷲見”の家を父さんには任せられないと考えた心理も理解出来る。


 弟に家督を奪われた兄としては、傲慢にでも振舞わなければ情けなさ過ぎると言う事情も分かってしまうんだよな。(正直、理解したいとも思わないけどね?)


 ただ、行継伯父さんを焚き付けた親戚の誰かは注意が必要だろうか? まあ、考える時間は幾らでもあるさ。


「誰に聞いたんですか?」


「義母様よ、勿論」


「お母様? 母さんとは何度か会っているんですか?」


 母さんと智香さんなら話が合いそうだけどな。


「ええ、義父様にも何度も会っているわよ?」


「父さんに?」


「主にビジネスの話だけどね」


「ビジネス? しがないサラリーマンの父と智香さんがですか?」


「義父様の事をそんな風に言うものでは無いわ、お生まれだって!」


「勘違いしないで下さい。別に父を貶めている訳ではありませんよ? たた接点が無いという意味です」


「ああ、ごめんなさい。接点と言うなら奇妙な縁があってね」


 こちらの言い方が悪かった気もするけど、素直に頭を下げられる辺りがやっぱり大人だね。奇妙な縁か、それは俺と智香さんの間ほどじゃないと思うけどな。


「それは?」


「義父様から、山を幾つか譲って頂いたの。あ、別にコーヤさんの事故とは無関係でね」


「山? 如月の名前で所有しているアレですか?」


 山と言うのは、父さんが”鷲見”を放逐される事態を招いた山々の事だろうな。


 まだ若かった父さんが、家督を継ぐ直前にリゾート開発が計画されている山々を友人に勧められて購入したんだ。開発が始まれば値上がり確実と言う話だったし、実際、早期に購入した山はかなり値上がりしたらしい。


 鷲見家当主としての最初の功績になるはずだったのだけど、その直後に”バブルがはじけた”そうだ。俺には実感が無いけど、父さんが感じた絶望は計り知れない。


 鷲見の財産を激減させてしまい、約束されていた当主の座どころか家名まで奪われた。”鷲見”の名を捨てたと本人は言っていたが、子供の頃の俺だって騙されたりはしない程度の嘘だ。


 如月の爺さんに拾われた訳だから、捨てたというのは意地だったんだろう。形としては、父さんが購入した山々(お荷物)を形見分けとして受け取ったんだけど、押し付けられたと言うが正解だろうね。


 俺が、山歩きが好きなのも、”お荷物”の中に何か発見出来ないかとか考えていたからの行動だったんだろうし、大学の専攻だってその延長に過ぎない。


 動機が不純と言う訳ではないけど、即物的だから大学の成績もイマイチだったりする。そろそろ就職とか考えると色々不安だが、1人で生きて行く位ならどうにでもなる。(魔法の腕は、トライアングル程度まで落ちている様だけど、銀程度なら作り出せるだろうし、その気になれば・・・)


「どうしたの?」


「いえ、山といってもほとんど価値が無いものばかりでしたよね?」


「ええ、税金が高いってご両親が嘆いていたわよ」


「それは良く聞かされて育ちました。庶民が持つ土地の広さじゃないですからね、手放せと方々から言われても手放さない辺りが父さんらしいですけど」


 そんな訳で、如月家は常時貧乏だった訳だね。土地としても、森林資源としてもほとんど価値が無いから、何とか手放さずに済んでいたんだけど、父さんがようやく手放す気になったんだな。(何とか維持出来た辺りが逆に父さんの間の悪さを証明している気もするな)


「本当に奇妙な縁なのよね、この病院の移転先を探していて、候補の1つがコーヤさんの家の持ち物だったんだから・・・」


「成る程、伝統ある建物ですけど今の医療機器には向いていないでしょうしね。それと、環境重視な訳ですね」


 病人にとっては良い環境なんだろうな? 若者向きとは言い難いけどね。病院にしたいと言われれば父さんも意地は張らないだろう。


「まあね、元々サナトリウムだった場所に別院を作ったのだけど、改修費も馬鹿にならないのよね。ある程度開発が進んでいて、それでも自然が残っているとか、難しい条件だった訳なのよ?」


 このまま無計画に改修を行うよりは、移転を考えた訳か。この病院の回りだって土地は余っているだろうけど、交通の便が悪いのと環境重視で気軽に伐採を進められないという事情もあったそうだ。


「それにしても、何と言うかコーヤさんと話していると、年下って感じがしないのよね?」


「そうですか? まあ、自分で言うのも変ですが、死後の世界を見てきましたからね」


「ふーん、ちょっと残念かな?」


「え? 何がですか?」


「コーヤさんが目を覚ましたら色々と”教育”してあげようと思ったんだけど」


「教育って、一応まだ学生ですけど。どうして、智香さんに教育されるんですか?」


「あら? 義父様に聞いていないの?」


「何をですか?」


「私達婚約者同士なのよ?」


「ブフォ、ケホン」


 丁度お茶を口に含んだ瞬間だったので、思いっ切りむせた。俺としては勿論、大歓迎だが今日会ったばかりの女性と婚約とか有り得ないし!(智香さんが両親の事を”お父様””お母様”なんて呼ぶのは妙だと思ったんだよな?)


 父さんめ、妙に無口だと思ったらこんな裏があったとは! やってくれるじゃないか、本当にありがとう!


「大丈夫?」


「コホッ、は、はい」


「婚約者と言っても、演技だけよ」


「えっ? あれ?」


 えーっと、どういう事だろう? 期待させておいてそれは無いよな!


「そこまで露骨に落ち込んでくれると期待しちゃうわよ? 本人が居ないのにこんな話を進めたのわね、私に求婚してくる男が居るからなの」


「そうですか・・・、その男性には感謝する事にします。仮にでも智香さんみたいな女性の婚約者になれたんだから」


「自分が怪我をさせた人を見舞いにも来ない情けない男だけどね?」


「と言う事は、従兄弟の実という方ですか?」


 俺をはねておいて見舞いも無しか、どういう人間か知らないが仲良くなれそうも無いね。求婚者避けという役目を昏睡状態の俺が果たしていたとは信じがたいけどな。


「ええ、我が家の財産を狙っているのは、本人以外誰の目にも明らかなのにね」


「別に財産ばかりが目当てとは限らないと思いますよ?」


「そう、ありがとう」


 後で原さんを追求した結果、柳沢智香という女性は、病院の経営者ではなく大学の理事長を務める”柳沢大悟”という男性の一人娘で、今は秘書の様な事をやっているそうだ。父さんと柳沢氏は意気投合したそうだが、妙な事にならないと良いな?


「そうだ、お土産があったのよね」


 そんな事を言いながら智香さんが廊下から持って来たのは、ノートPCの箱だった。


「何故?」


「ん?、原さんがね、コーヤさんがPCを欲しがってるって教えてくれたの。ああ、義母様にはお話してあるから大丈夫よ」


「ですが・・・」


「ああ、勿論貸し出すだけよ。必要が無くなれば返して欲しいな?」


 この辺りの気配りが凄く俺の好みだ。この女性が仮の婚約者でも、彼女の生まれ変わりでなくても構わないと思った瞬間だったね。一目惚れの直後に、二目惚れしたとでも言うんだろうか?


「有り難く使わせてもらいます。だた、出来るだけ早く買い取らせて下さい!」


「うん! さすがは男の子、頑張ってね」


 そう言って、用事がある智香さんは仕事に戻って行ってしまった。突然の上、短い出会いだったけど、俺の人生を帰るには十分な出会いだったと思う。


 PCを手に入れたら、こうしようと思っていた事が暇つぶしから、明確な目的になったと感じたよ。


===


1.眠っていた一年の世間の動きを知る

2.通販サイトで買い物をする

3.記憶にある”私”の一生を書き留める

4.リハビリに励む


 些かまどろっこしいが、当面の俺が出来る事はこれ位だろうな。4は説明の必要も無いだろう?


1.

 これは、表面上の意味と裏の意図がある。文字通り逆浦島太郎気分な俺だから、テレビや新聞で得られる現在だけでは無く、今までの世間の動きを知りたいと思って当然じゃないかな? 裏の方は、あちらの同胞たちの情報が得られないかと思ったんだ。


 それ程詳しい情報を持っている訳じゃないけど、何人かは派手な死に方をしているから、何か掴めるかも知れない。それ自体があの世界が存在したという傍証になる。


2.

 このままだと本気で意味不明だよな? ”幻のハーブ”というフレーズを思い出したんだけど、肝心の名前は思い出せなかった。妙な響きだと言う記憶はあったから、調べると”ムルサルスキー”という名前を思い出した。(俺の記憶力などこの程度さ、あちらでもこちらでもぱっとしない訳だね)


 実家に代引きで注文したが本当に効果があるのだろうか? 物理法則を無視した魔法が存在した世界の話を、こちらで再現するのは難しいかもしれない。自分自身の魔力の底上げが目的だったけど、色んな物を試してみても良いかも知れないね?


3.

 この目的は当初と違ってしまっている。智香さんに会うまでは、もしかすればもう一度あの世界に行けるかもと思っていたんだけど、今は俺と同じ人間が居ないかを探る一手に過ぎない。


 夢の様な話だけど、俺の書いた話が広まってあちらの世界の事を思う人が増えれば、もう一度あちらに転生出来ないかと思ったんだよ。


 ただ、柳沢智香という女性を知ってしまった以上、あちらに戻ると言う考えは無くなった。逆に、柳沢智香という女性に相応しい男になる事が目的になってしまったんだ。


 今の俺ならば、如月所有の山を”銀山”に変える事が出来るだろうさ。キュベレーの力を借りれば、比喩ではなく”金山”にする事だって可能だ。そんな事を考えた自分を客観的に見て寒気がしたよ。


 文字通り”成金”だろう? とても”柳沢智香”に相応しい男とは呼べない。上を見れば切りは無いだろうけど最低限努力を伴わなければ、胸を張って婚約者(仮)とさえ言えないと思う。


 駄目だな、また、執着が過ぎる感じだ。これが相手を傷付ける事があるのは学んだ筈だろ? 特に俺の場合は、拙い事態を起こしかねない。(父さんと喧嘩して家を出て、事故に遭った上に一年も意識不明というのは”私”の記憶からしても歓迎出来ない傾向だしろう?)


 大分話しが逸れてしまったけど、あちらの人生を綴る事は、もしかすれば今の俺と同じ立場の人間が居るかも知れない誰かに向けたメッセージになったんだ。同胞が居れば心強いし、出来れば俺は裏方に回りたいと思う。


 別に俺が裏方に向いているとは思わないけど、表方にはもっと不向きだと思う。色々な所に迷惑をかけた実績(こちらでもあちらでもだな)がこんな考えをさせるんだろうね。目立ち過ぎて殺されるのが怖い訳ではないけど、逆に有名になって晒し者になるのは遠慮したい。


 そうだ、二村先生にあの返事をしておく必要があるな、母さんからは自由にして良いと言われたけど、その言葉には”自分自身で考えて、自分の責任で”というニュアンスも感じられた。(一度失敗しているんだから慎重になるのは当然なんだけどな)

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