第2話 正常な診察
結局、目を覚ましたばかりの俺は、その日に行われた”精密検査”の途中で眠り込んでしまった。正直1年眠っていたのにまだ寝るのかと思わないでもなかったけど、身体は自由に動かないし、勿論移動は車椅子、常人なら出来る事も満足に出来ない自分の身体の事を考えれば仕方が無いと諦めが付くか?!
妙なプレイに目覚める危険を感じて、俺は全力でリハビリに励む決心をしたのだけど、今の俺にとっての全力というのは文字通り”赤ちゃん”並みなんだよね?(自分の性癖が心配になるよな!)
手の掛かる俺の面倒を見てくれるのは主に原さんなんだけど、何と言うか原さんがもう少し年上だったら良かったなとか考えてしまう次第なんですよ!
子持ちと言っても十分美人だし、原さんが俺の事を息子の様に可愛がってくれるのは有り難いんだけ、俺も若い男だからな。
母さんが世話をしてくれるのが一番俺の心にダメージが少ないと思うけど、両親共に忙しく未だに再会?を果たしていない。原さんが言うには、”お嬢様”が見舞いに来てくれたそうなんだけど、丁度俺は検査疲れで爆睡中だった。
両親が忙しいのは一年前と変わらない、また貧乏くじを引いただろう父さんと、ああ見えて優秀な母さんだからね。以前の俺なら、それを想像しただけでイライラしたんだろうけど、不思議に心に余裕が生まれていたんだ。(反発して、独り暮らしを始めた上に、勝手に事故に遭って、心配を掛けるというのは情けなさ過ぎるよね?)
”お嬢様”の方も忙しい女性らしく、未だに会う事が出来ずにいる。何故か原さんは”お嬢様”に関して教えてくれない。何故か懐かしい女性と同じ印象を受けるんだけど、気のせいだ。頭が上がらなくなるのも、気のせいだ!
とりあえず、リハビリの合間は暇になるんだけど、こんな子供みたいな事をするのは、暇で暇で仕方が無いからだぞ。知らない間に、例の杖がベッドの下に落ちていたのは、サイドテーブルが傾いていたからなんだ。
あの嵐の様な晩に付いた”私”自身の血の染みまで記憶と一致するけど、気のせいだ! 実際見覚えの無い焦げ跡があるからね!
「ニルヴァーナ、聞こえるかい?」
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・
・
ほら、気のせいじゃないか! 俺は何をやっているんだろう? 夢が夢だと確認しているだけか?
”コンコン”
「はひぃ?」
「更夜君、どうしたの?」
「原さんこそ、どうしたんですか?」
「ああ、二村先生がお話があるって、体調はどう?」
「大丈夫ですよ」
「顔が赤いわよ?」
「気のせいです!」
少なくとも心臓は絶好調だよ、バクバクいっているのが自分でも分かる。顔が赤いのは、夕日のせいさ。まだ2時前だけどね・・・。
===
二村先生と言うのは俺の担当医師なんだけど、何故か何時も難しそうな顔をしている。他の患者には笑顔を見せるし、看護婦の皆さんの評判も悪くない。(この辺りはアイツとは、駄目だな、今を見なくては)
詳しくは無いけど、念入りな検査との兼ね合いで、実は自分がもう2度と思い通りに身体を動かせないんじゃないかとか悪い想像ばかり浮かんでくるんだよな。原さんがこの件で何か隠しているのは俺の中では何故か確定なんだ。原さんの様な立場で完全には治らないなんて言えないだろうし、あの性格なら可能性が0.1%とかでも絶対に治ると言いそうだけどね。
別に原さんと付き合いが長い訳じゃないけど、それ位は簡単に分かるさ。ちょっと冷静になればと言う条件だけどね、最初に後遺症の話をされた時はそれどころじゃなかったし、さっきもちょっと動揺していて表情を読みきれなかった。
「すまないね、如月さん」
「はい?」
「ちょっと見てもらいたい物があったんだ、それで、ここまで来てもらったんだよ」
「ああ、僕は車椅子に座っていただけですから。早く自由に身体を動かしたいですよ」
「ふむ、リハビリは順調と聞いているから、焦らない事だね」
「はい、頑張り過ぎないように努力します」
うーん、鎌をかけてみたが、反応は意外と普通だな? 医者と言うものに、ちょっと偏見を持っていたかも知れないね。
「君に来てもらったのも、それに関連するんだ。これを見て欲しい」
「何ですか?」
二村医師が、目の前にある光る板(シャーカステンというらしい)に何枚かのレントゲン写真をくっつけた。当然、俺のものなんだろうけど2ヵ月おきの頭部のものだね。当たり前だけど、俺にこれだけ見せられても何が見せたいのか分からないな。
ただ、視床の辺りに書き込みがあるのが気になるな? 脳の内部構造なんて俺には縁が無かった筈なのに、何故視床なんて分かるんだろうか?(しかも、何故か妙な胸騒ぎまでする、おかしな話だろ?)
「その”視床”の辺りにある赤い書き込みは何ですか?」
「ああ、これが問題なんだよ」
視床で合っているんだな、やっぱり。だけど問題と言われると別な意味で不安になる。さすがにレントゲン写真のを見て所見を述べられる程の知識も経験も無い。
「この二枚の変化が気になっていたんだ」
「えっと、うっすらと影が見えますけど」
「やっぱり分かり難いだろうね、MRIの方が分かり易いかな」
そう言って二村医師が見せてくれた、俺の脳のMRI映像は、ある意味衝撃的な内容だった。何でこれが俺の頭の中に出来ているんだ? いや、事故による出血とかが偶然とか、脳に腫瘍とか有り得ない話じゃないよな?(それはそれで困るけどさ!)
「ん? 医学生でもないのにこれだけで分かるんだね?」
「・・・」
「ああ、落ち着きなさい、これが君の身体に悪影響があるならこれを君に見せないと思わないかな?」
「えっ? はい、そうですね、確かに・・・」
「本当は2つの映像を比較して説明する積りだったんだけど、話が早い。この視床の異常な変形は医学的に見れば、君の身体に影響を及ぼす可能性がある」
「はい・・・」
「だが、君のリハビリの経過を聞いても、特に問題は見えてこない。脳障害の症状も見えないし、下手をすれば、全身麻痺も有り得るんだが、いや、脅かす積りは無いんだがね?」
「確かに、身体が動かないとかは無いですね。もどかしさはありますけど」
この問題に関しては、2,3日では結果が見えて来ないだろうな。ここに写っているのが”アレ”なら、俺の身体には特殊な変化が起こっている可能性だってあるんだ。
「これからも経過観察を続ける必要があるし、似た様な症例が無いか調べてみる積りだ」
「はい、ご迷惑をおかけします」
「出来れば学会の方にも発表したいんだが、同意してくれるかな?」
おっと、こう来たか珍しい症例となれば、それなりの反響もあるだろうね。二村医師にとっても美味しい話だが、逆にこちらの方が人間らしくて好いと感じてしまう。
「いえ、僕は成人ですので自分の意思で決めても良いのですが、まだ学生の身分です。両親に相談して回答させてもらえますか?」
「ん? ああ、勿論それで構わないよ。仮に良い返事を貰ってもプライバシーは守る、これは医師として当然の事だ」
「はい、そこは疑っていません」
「しかし、君のご両親となると、あっさり同意してくれそうだね?」
「あれ、先生も両親に会ったんですか?」
「ああ、色々相談があったからね」
最悪、手術とかも有り得ただろうから、不思議は無いか・・・。
「そうですか、何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「それは君のお父様の台詞に似ているね」
「そうかも知れませんね、親子ですから・・・」
以前ならこんな事を考えなかったんだけどな?
「ふむ、聞いていたのとは違って親子仲は良好のようだね」
「いいえ、悪かったですよ。ただ色々会って関係を見直さないといけないと感じまして」
「そうだな、事故で生死の境を彷徨うと言うのは君にとって随分とプラスになったのだね」
「はい、色々考えさせられました」
色々か、見解の相違があるが、俺にとっては結果だけが問題なんだよな。父さんは相変わらずらしい。
「こう言ってはなんだけど、君の方が大人に見えるよ」
「ありがとうございます」
今の俺は子供以下の身体能力しかないけど、父さんは”少年の心”を持ったまま大人になったタイプなんだよな。
「ちょっと、常識はずれな所があるけど、好人物だね君のお父様は?」
「やっぱり何かやったんですね?」
「そうも言えるかな、君が何故この病院に入院しているか気付いているかな?」
今俺が居るこの病院は、I県にある某ミッション系の大学の付属病院の別院になる。俺が事故に遭ったのはT県で、実家はN県なのだからI県のこの病院に入院している理由は分からない。
電話で話した母さんにその辺りまで聞く時間がなかったし、何時も通り父さんの妙な人脈のお陰なんだろうと漠然と思っていた。T県の救急病院から転院したんだろう事は確実だけどね。
「ふむ、私がこの話を喋った事を秘密にしてくれるかな?」
「ええ、勿論です」
「君を車で轢いた人間はね、この病院の関係者に近い人間なんだよ」
「はぁ?」
どう考えても、加害者の関係者に息子の身柄を預けるとは正気と思えないだろ? また、誰かを信じたんだろうな。この癖と、間の悪さが無ければ、尊敬出来るんだがな。(母さんも出来る”女”なんだけど、父さんの言う事は絶対なんだ)
「苦労するね?」
「いえ、人を信じるのは父の本能みたいな物です。間違える時もありますが、致命的な失敗は見た事がありません」
少なくとも、継ぐ筈だった家を放逐されても、夫婦揃って俺を育ててくれた事は感謝している。借金?だらけだけで一家心中という選択をとる可能性だってあった。俺を養子に出す事もせずに、この歳まで育てた苦労を考えれば、感謝では足りないかもな。
「本当に出来た子だね、君は」
「そう言われる時が来るとは思っていなかったです」
如月更夜という子供は、捻くれた子供だったし、出来たとかそつが無いとかの評価はもっと別の人間に相応しい。
「もしかして、原さんがいう”お嬢様”が?」
「それは違うぞ!」
「二村先生?」
「いや、すまないな病人に大声を出すなんて、だけど、それは違うあの人は」
「あ、いえ、違うのを確認したかっただけです。原さんの様な女性が、あそこまで肩入れする人が悪人だとは思えません」
俺の”あの事故”の記憶なんて、真っ赤な車にひかれただろうと言った程度だ。こちらは青信号を渡ったと思うし、妙に車高が低かった気がするから、赤いスポーツカーが信号無視をして、俺をはねたのだろうという推測が出来るけどね。(真っ赤なスポーツカーに乗る知り合いの女性が居るから、まさかと思っただけなんだ)
「そうか、それなら良い」
「先生の態度を見て、その”お嬢様”に会うのが楽しみになってきましたよ」
「はははっ、その期待は裏切らないよ」
上手く話を運べば、お嬢様の事を聞き出せただろうけど、それは後の楽しみにしておこう。色々、考える事が出来てしまったし、そちらが先だ。
「そうだ、1つ気になっていた事があったんですか、僕は重傷患者じゃなかったんですか?」
「それか・・・。少なくとも君がここへ転院して来た時には、怪我は無かったよ」
「本当ですか、はっきりとは憶えていませんが、ノンブレーキではねられた気がするんですけど?」
「うーん、骨に僅かなひびが入っていた可能性は否定しないけど、それだけでは重傷と呼べないだろうね」
「前の病院のカルテは?」
「ああ、見たよ。痣程度は確認出来たが、少なくとも確認出来た外傷はそれだけだ。倒れたショックで脳内の変化も当初は無かったみたいだよ」
死んだと思ったのは俺の早とちりなんだろうか? かなり間抜けだけど、俺ならやりかねない気もするな・・・。
二村医師としては、説明や説得の為に時間をとっていた様だけど、俺の話の分かりが良すぎたのと、説得を最初から拒否した為に、世間話が多くなってしまった形だね。この後、リハビリの進め方と、退院後の月に一度の検査の取り決め等をして、俺は病室に戻る事になった。
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