第37話 十一月二十三日 勤労感謝の日

 事務所の窓から外をボーッと眺めている大野君に声を掛けた店長。


「大野君……今日は勤労感謝の日だぞ……」


「それがどうかしましたか? 勤労者に労いのイベントがあるわけでも無いんでしょう?」


 真髄を突いたコメントが返ってきた。


「いや……普段から一生懸命働いている俺は……ご褒美に昼から帰ろうかと……」


「それは無理ですよ。帰れるわけないでしょ!」一蹴いっしょうされた。


「何故だよ? そのくらいの我がままは許されるだろう?」


「何故って……従業員が、大挙して帰ってしまったからですよ」


「みんな? 主任も、パートさんも……何故?」


 帰ろうとして、背広の袖に腕を通しかけていた店長の動作が止まった。


「普段から『一生懸命』に働いている、私たちは先に帰るからと……」


「俺や、大野君も一生懸命仕事をしているだろう?」


「みんなには、そう映って無かったみたいですね……」


「……」唖然とする店長。


 そうりゃ~そうかもしれないと、うなずく大野君。

 共犯者が自供したら刑は確定したも同然である。


「他に何か……言われたんだろう?」

 やたらと素直な大野君を訝しく思う店長。


「実は……『一生懸命』でなく『一緒混迷』している二人は閉店まで働いてくださいって……」


「お前はそれを黙って受け入れちゃったのか?」


「僕と店長が『一緒に人生を混迷している』なんて上手いこと言うよな……って感心していたら置いてかれました!」


「大野君……? 大野……」


「はい……」


「おまえ『先祖の壺』とか買わされたことがあるだろう?」


「はい! 三回ほど!」


 大野君が元気よく答えた。


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