第35話 十月某日 創業祭第二弾の日

 サービスカウンターの前から客の流れを確認している店長である。

 客の前なのに腕を組んでいる。

 つくづくサービス業に向かない男である。


「大野君。創業祭第二弾も結構繁盛しているじゃないか」


「まさか……店長が買ってきた『招き猫』のおかげだ。なんて思っているんじゃないでしょうね?」


狭いサービスカウンターの真ん中に、邪魔の真骨頂のようにデカい瀬戸物の招き猫が飾ってあった。

 従業員からも、サービスカウンターの責任者であるチェッカーリーダーからも、日ごろ御愛顧の優しいお客からも――不評の置物である。


「だって、これのおかげでお客がいっぱい……」


 右往左往している客を見て繁盛していると思っているようだ。


「あれは、普通の客じゃないですね。分かりませんか? 目つきが違うでしょ……


 店長が組んでいる腕に――指先をグルングルン振り回して、駄目だしをする大野君である。


「確かに……トンボの複眼みたいに周りの商品を同時に品定めしてカゴに入れているけど……」


 その素早い手さばきに感心をしている店長。


「先週の創業祭が不調だったでしょう?」


「確かに、さっぱりだったな。祭り談義で賑わっただけだったからな」


 賑わったのは、店長と大野君だけである。


「それで……余って、期限が切れそうな商品を大量に値引きして売場に出したら……」


「それ狙いに来ている客かぁ。まるでハンターだな。値引きハンターか……」


「とにかく来週には『リニューアル祭』を控えているから、ここで古い商品を処分しとかないといけないし……」


 値引きが嫌いな大野君である。


「次の特売商品を並べる場所が無いしなぁ」


「やっぱり、毎週イベントが続く日程は見直す必要がありますね」


 サービスカウンターの中で右往左往しているチェッカーリーダーの手前、真面目な話を聞こえるようなトーンで会話する二人だった。

 それでも、招き猫の件で、鼻にシワを寄せ嫌そうな顔をしているリーダーに少しおびえている店長である。


「それより大野君……あのおばさんを見てみなよ」


「どれですか?」


 お客に対して〈どなた〉でなくて〈どれ〉と言ってしまう大野君は、大きな声で言えないが「人間のクズ」じゃないかと思っている店長である。


「あの人だよ……トンボというより、ハエのように手をこすりながらキョロキョロしている……あの、おばさんだ」


 指を刺しそうになっている店長の手の甲を叩いた。

 お客に対して指を刺そうとしている店長は、大きな声で言えないが「人間のクズ」じゃないかと思っている大野君である。


「確かに……挙動不審ですね? 万引きかもしれません。ちょっと傍に寄って威嚇いかくしてみましょうか?」


「いや……ここは俺が、店長の威厳でビビらしてやろう。見ていろよ。俺の撃退術を」


 そう言い残すと、万引きハエおばさんの前に仁王立ちした店長。


 十秒後――こめつきバッタに変身した。

 ヘコヘコを繰り返しながら、腰を曲げた状態でサービスカウンターに帰ってきた。


「ばかやろう! あの方は、店舗の違法チェックに来られた『保健所の食品衛生監視員』じゃないか」


「そんな方を……行政様を睨みつけてしまったのですか?」


 おのろく大野君。


「なんだか、鼻にシワを寄せて睨み返されたぞ」


 怯える店長。


「あの仕草は、ハエのように手を擦っているのじゃなくて……チェック表に違反を書いていたんですね」


「招き猫って……効果が無いじゃないだろうか?」


 なんの効果を期待していたのか。


「あっ……店長。行政様が『こっちに来い』って凄く怒った顔で『手招き』していますよ」


 招く効果はあるようだ――拝んでおこう。

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