第34話 十月某日 ぬらり屋創業祭の日

 駐車場に停まっている車の中に幼子が残されていないか確かめている店長である。

 暑い時期は大野君にまかせ、涼しいこの時期になると巡回じゅうかいを始める。

 姑息こそくと書いて店長と読む。


「大野君。今日は『創業祭』の初日だというのに……客が少ないな」


「仕方ありませんよ。先月『開店祭』をしたばかりですからね」


 涼しい季節。何故か汗を吹き出させながら事務所に帰って来た店長に団扇うちわを渡しながら大野君が言った。

 涼しくても、汗をかく奴は、汗をかく――体質でなく、そんな体型だから――。


「だから、改装だのリニューアルを秋に集中させるなって本社に忠告したのに『僕らが応援の時に涼しいから……』の、一点張りでゆずらなかったんだよなぁ……」


「そんな利己的な……今月末の『リニューアル祭』もそんな理由なんですか?」


「そうだよ……」


 あっさりと言ってのけた。


 命令絶対主義を生きたサラ―リーマン世代である。

 パワハラもセクハラも無かった時代を泳いで来たのだから仕方がない。

 昔の上司は怖かったし――スケベだった!


「さすがに、こうも『○○祭』が続くと、お客もいい加減カラクリに気づきますよ」


「中だるみもするしなぁ……」


 店長も分かっているようだ。


「創業祭以外は『記念日』とか『カーニバル』って名前に変更しませんか?」


「大野君のアイデアなぁ……大きな落とし穴があるのに気づいていないだろう……」


「落とし穴……何かあるんですか?」


「記念日というのは、誕生日や結婚記念日、婚約記念日や妊娠記念日、果てには初デートや初クリスマスなど、夢見る女性が都合で決めた記念日が大半なのだよ」

「確かにそれは言えますね……」


 大野君が言った。完全に二人だけの世界観にひたっている。


「そんな『ご都合記念日』を覚えられるはずないだろう? そのくせ、そのどれか一つでも忘れたらひどい目にあわされるのだから、たまったものじゃないよな……」


「そうですよ! 僕なんか、嫁の誕生日忘れていただけで……飯抜きでした」


「俺なんか、結婚記念日を忘れていただけで、小遣いカットだぜ……」


 紛糾する二人だが、その記念日は忘れてはいけないヤツである。


 自分が「忘れて、いただけ」といって、嫁に「忘れて、いただける」はずがない。

 殺されても文句が言えない失態である。


「と、いう事で……世の男性の七割は『記念日恐怖症』だから……『記念日』採用は無し!」


「……」急に黙り込む大野君である。


「なんか言ってくれよ。俺が不安になるだろう」


 さしたる考えも無しに口走るからである。


「それじゃあ、カーニバルは何故使えないんですか?」


「それは……世の男性の八割は『カーニバル』といえば、とっても楽しい想像しかしないからだろ」


「なるほど……チョットだけ納得しますね」


「だから、やっぱり『祭り』が一番なのさ」


 鼻からフンッと息を吐く店長。

 二人の世界観だけで落ち着く所に落ち着いたようだ。


「しかし……店長と出会ってからは、僕の人生『ダサい(ダ祭)』気がするんですけど?」


「それなら、俺だって。大野君が副店長になって人生『血祭り』だぜ……」


 お互いに――後の祭りである。

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