第27話 七月七日 七夕

 子供達が喜ぶからと店内に飾っていた七夕の笹の葉が枯れて床に散乱している。

 子供達の願い事を書いた短冊をくくるために本物の竹を、他人の山から勝手に切って来た店長である。

 犯罪性はどうであれ――企画発案は良いのだが、維持と管理、デメリットを想定する事に乏しい店長と大野君である。

 枯れた笹をホウキで集めるのが日課になってしまった。


「大野君。『短冊に願い事を』イベントも今日で終わりだな」


「二週間も売場に竹を放置していたから、笹の葉が枯れて掃除が大変でしたね」


 七月七日を心待ちしていた二人である。


「それも今日で終わりだ……とりあえず、少しでも短冊を回収しておこうか」


「そうですね。回収して近所の神社に奉納ほうのうしなくちゃいけませんからね」


「奉納……するの?」


「当たり前でしょう。折角せっかく子供達が書いたのに。どうするつもりだったんですか?」


「店の前の川に流そうかと……」


「浅いドブ川じゃないですか。許される訳ないでしょう。町内会長が怒ってきますよ」


 とことん最後まで面倒を見ない店長だが、町内会長の尖って薄くなった頭を胸に押し付けられながら文句を言われることを思い出した。

 大きな頭を左右に二度三度と振って妄想を打ち消した。


「やっぱり、神社に奉納しよう」


 いそいそと短冊を回収し始めた店長と大野君である。


「大野君。この短冊みてみなよ」


 短冊に書いている願い事を一枚一枚確認しながら笑っていた店長が短冊をヒラヒラと振りながら大野君に近づいていった。

 間違っても織姫の真似をしているんじゃない事を祈る大野君である。


「これを見てくれ……」 


【家族が幸せで過ごせますように】

【テストで百点取れますように】

【お母さんとずっと一緒に居たい】

【人類がみんな笑顔で暮らせますように】

【ポチの病気が治りますように】


「素晴らしい! 心が温かくなるよな」


 柄にもなく涙ぐんでいる。

 齢を取ると涙腺るいせんゆるむのである。

 それは、尿道がゆるむのと一緒に寄せてくる「年波ウェーブ」と呼ばれている加齢としとった現象である。


「そうでもないですよ……コレを見てください」大野君が反論した。


【織姫様はおいくつなのですか?】

【織姫様は彦星様で満足していますか?】

【彦星さんは自分ことをイケメンだと思いますか?】

【織姫様のスリーサイズを教えてください】

【織ッチ、彦ッチ、ラインしょう】


「どうやって、返事を貰うつもりなんでしょうね?」


「バカな奴らだな。これは何だ?」竹の根元に隠すように一塊の短冊があった。


【店の前のバス停からバスに飛び込みます】

【キュートでぽっちゃりの女性連絡ください。お礼します】

【幸せになる壺を半額で譲ります】

【あなたには霊が憑りついています。除霊承ります】

【桃太郎になってみたいと思いませんか】

【是非桃太郎にしてください。駄目なら金太郎でもいいです】


「病気だぞ、こりゃ。いったいどんな客がうちには来ているんだ?」


 さっきまで感動が、寒い冬にストッキングを脱ぎ捨てたように一気に冷めていった。

 ストッキングを穿いたことは無いが、かぶったことはある店長である。


「あっ! 店長これを見てください」


【ここの店長と副店長は仲良く水虫です。従業員一同】


「どうして、みんな知っているんでしょう?」


「もういい……こんな短冊全部燃やしてしまえ!」


 色とりどりの短冊がワサワサと揺れる笹の葉を竹ごとゴミ袋に押し込もうとする店長だが、竹の持つ強力な弾力に押し返された。〈ガツン〉竹の一番太い節で〈向こうずね〉を強打した。痛さのあまり床を転げまわる店長。


 そのかたわらを寄り添うように一枚の赤い短冊が舞っていた。


【子供達にスネをかじられませんように。店長】と書かれた短冊だった

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