第23話 六月某日 梅雨

 商品搬入はんにゅう口から、空をうらめしそうに眺めながら、ため息をついている店長である。


「大野君。今日も雨だなぁ。濡れた傘をそのまま持ちこんで床を濡らす客が増えるから気をつけるように。他の客が滑って転ぶと面倒だからな。だいたい、短い足で安定感が自慢の日本人が転ぶなよ……ってな」


「大丈夫です。一時間に一回は床の掃除をするようにみんなに指示していますから」


 言ったなこの野郎――的な顔をした店長。

 アゴを店内の方にクィッと差し出すと、大野君の前を横切りサッサと店内に入って行った。


「じゃあ……あのレジの前にある水たまりはなんだい?」


 レジまで大野君を連れて来ると、左手を腰に当て、身体を九十度ひねりながら、人差し指を伸ばした右手を前方に突き出した。

 アイドル的に格好をつけたつもりなのだろうが、おじさんがラジオ体操で腰をわずらったようにしか見えなかった。

 切れも全然無いし――。


「あっ! 大変です店長。これは雨漏りですよ。前々から気になっていた屋根のヒビから雨水が浸み込んできたんですよ。店長……直ぐに屋根に上って修理してきてください」


 天井から落ちてくる雨漏りの位置を確かめながら言った。


「…………」


「どうしたんですか店長? 早く行ってください」


 指先を伸ばしたまま動かない店長。


「……高い所が苦手なんだ。まして雨で濡れている屋根に登るなんて……滑って転落したら、誰が責任取ってくれるんだ」


「手が空いているのは店長だけでしょう? 男なら頑張ってくださいよ」


「俺はもうオジサンだし……そうだ、惣菜部門に身の軽い男がいただろう? あいつにしよう」


「あいつは、身が軽いんじゃなくて『身持ちが軽い』んですよ。パートの女性ばかり追いかけて、先日盗撮したからってクビにしたでしょう」


「そうだったなぁ……じゃあ、あいつなら? 精肉部門に元とび職の男がいただろう?」


「あいつが『馬鹿と煙は高い所が好き』とか言って、店の屋根に登ってタバコ吸っていて屋根のヒビを作った犯人んじゃないですか。だいたい体重が百二十キロにもなって……ブクブク太ったから、とび職クビになった奴ですよ」


「青果部門の今度入って来た奴……たしか『中国雑技団ちゅうごくざつぎだん』に居たんだろう?」


「どこからそんなデマが? 中国雑技団に居た人間と、そうそう人生で出会う事なんかありませんよ。どんなに純粋に育てられたら、そんな事を信じるんですか?」


「とにかく、早く行ってください! ……店長でしょう!」


 容赦なく漏れ続ける雨漏り以上に、店長の言い訳がダダ漏れを始めている。


「絶対嫌だ。この雨で頭皮が濡れたら……頭頂とうちょう部の髪の毛が薄くなった事が、みんなにバ レてしまうじゃないか」


「それから……」大野君の白目が増えてきた。


「腰も痛いし。風邪もひくし。だいいち俺になにかあると愛人が……」


 完全にエビのように腰が引けている店長に対して、雑巾ぞうきんの黒い汁を飛ばしながら追い立てる大野君である。


「早く行け……ダッシュ!」

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