第21話 五月第二日曜日 母の日

 昼前の忙しい時間。

 レジの担当者から釣銭つりせん補充の依頼を受け、事務所から駆け下りてきた店長である。

 小銭の入った袋をガチャガチャと振り回しながらサービスカウンターにやってきた。


「大野君。これ釣銭……レジ主任……彼女に渡しておいてくれ」


 自分で渡したらいいのに、レジ主任に苦手意識を持っている店長である。

 以前の事、可愛いとめたら「セクハラよ!」と騒がれたのがトラウマになっているようだ。

 たとえ褒めようと、さわろうと、オッパイを主役にしたらセクハラである。

 いや――さわったら犯罪である。


「いい加減に許してもらってくださいよ。悪いのは店長なんですからね」


 大野君も、店長とレジ主任の橋渡しは馬鹿らしく思っているようである。


「ハイ、ハイ」


 気怠そうに返答をする店長。この世代は、セクハラとコミニィケーションの区別ができないという共通した特徴がある。

 大野君のいましめを背中で聞き流しながら倉庫に消えた店長。

 しばらくするとバケツに入ったカーネーションの束を抱えて慌てふためいて帰ってきた。


「大野君。『母の日、特別サービス』として女性のお客様限定……先着二百名様にカーネーション一輪プレゼントをするぞ」


「今からですか。たかが二百本なんて直ぐになくなりますよ」


「予算が少ないんだよ……だから午後から配るようにしたんだ」


「午前中に来店したお客様に対して失礼に当たりませんか? クレームきますよ」


 この企画――みんなを振り回しそうな雰囲気をかもし出している事に気づく大野君である。


「午前中の客はカーネーションなんか貰っても喜ばないから心配ないさ」


「喜ばない?」


「早起きの年寄りと、ヒマな年寄りと、意固地いこじな年寄りと、厚顔こうがんな年寄りと、欲の皮が突っ張った年寄りしか来ないからな……食えない花なんか貰っても喜ばないだろう」


「…………」


 返事を返さない大野君である。

 うなずくだけで敵を作ることに気づいている。


「な! な……そう思うだろう」


 大野君にしつこく同意を求める店長。

 悪に手を染めようとしている人間の心理である。


「物凄い偏見へんけんですよ。『年寄りこそ国の宝』だと言っていたじゃないですか?」


「今でも国の宝物だと思っているよ。ただ、宝物には偽物が多いだろう」


「……だから、年寄りには悪い人が多いとでも。どういう意味です?」


「…………」


 詰めが甘い店長である。

 素直に「出し忘れていた!」と言えば、みんな協力しくれるはずなのに。

 デカい頭を沈めた肩が窮屈きゅうくつそうに丸くなっている。


「やっぱり、お年寄りは大事にしないと……」


「そうですよ」


「じゃあ……変更する。午前中は、掃除も洗濯もしないグータラなオバハン主婦しか来ないから『食えないカーネーションになんか興味ないだろう』に……する」


 小さな声で言った。ターゲットをお年寄りから、おばさんに変更しただけである。なかなか自分の間違いを認めようとしない店長にあきれながらも大野君の口角が少し上がったている。笑っている。


「その意見には……僕も少し賛成ですね」


 こんな二人の意見が世相を反映しているわけではない――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る