第20話 五月五日 子供の日

 菓子コーナーで柏餅かしわもちの売り子をしている大野君の横で手拍子を打ちながら客引きをしている店長である。

 珍しく一生懸命仕事をしている。


「大野君。かしわ餅なかなか売れないなぁ」


「どうして……こんなにかしわ餅を仕入れたんですか。このままでは売れ残りますよ」


 山積みされて、全く売れないかしわ餅をうらめし気に見上げている。


「かしわ餅をどうして子供の日に売るのか知っているか?」


「知らないですよ。この『かしわ餅』と、なにか関係があるとでもいうのですか?」


「かしわ餅に使っているこのカシワの葉はな――新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから『子孫繁栄しそんはんえい(家系が途切れない)』という縁起えんぎよい葉っぱなのだ。我が国の宝である子供達を祝う端午たんごの節句には絶対に必要な商品だと思わないか? たとえ少々廃棄はきしてしまっても国の繁栄の為なら問題なんて……まったくないんだよ」


 店長の瞳が右斜め上を向いている。分かりやすい嘘つきサインだ。


「店長が、発注単位を一ケタ間違ったという噂は本当だったようですね」


「…………」静かにうなづく店長。反省しているようだ。


「それより店長。先ほど女性のお客さんが『この手紙、私の小学生の娘からなのですが、店長さんへ渡してください』といって持ってこられました」


「なんだ? 女性の客……美人だったか?」


「そんなことはどうでもいいでしょう。これですよ」


 大野君から渡されたピンク色の封筒には可愛いお猿さんのシールが貼っていた。

 店長は慎重に封を切ると、その場で読みだした。


【店長さんへ。

 ながいあいだ入院していた妹がやっと退院したので、いっしょに店長さんのお店に買いものにきました。

 そのとき妹が店長さんを見つけて「入院していたので、このお店に毎年かざっていた『おひな様』が見られなかったから見せてください」と店長さんにお願いしました。

 覚えていますか?

 その時、店長さんは困った顔をしていました。


 昨日お店に来ました。


 入り口のところに「おひな様」が、かざってありました。

 妹は大喜びでながめていました。お母さんに聞いたら、紙に【こどもの日です。男の子も女の子もお祝いしましょう】と書いているよ、と教えてくれました。

 すぐに店長さんにお礼を言おうと思ってさがしました。

 そしたら、お魚屋さんの前で……お客さんに「なんでおひな様をかざっているのだ」と怒られていました。

 私たちのせいで店長さんが、お客さんに怒られているのだと思うと、私はお礼が言えませんでした。でも妹はとっても喜んでいます。


 妹は今日入院します。


 でも、来年もこのお店の、おひな様を絶対に見に来るのだと言っています。

 店長さん。私たちのせいでお客さんに怒られてしまって、ごめんなさい。

 そして本当にありがとうございました。 『ありとう、ござました』 】


 可愛い文字の手紙だった。

 最後の『ありとう、ござました』の文字は、更に幼い可愛い文字で書かれていた。


 目に涙を浮かべている店長から手紙を受け取った大野君も――目に涙を浮かべて読んでいる。


「だから、僕たちの反対を押し切って『ひな人形』を飾ったんですか?」


「子供は日本の宝だからな。男の子も女の子も……」


「顔に似合わない事を言いますね……」


 二人とも、かしわ餅を売ることなどすっかり忘れている。

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