第18話 四月八日 忠犬ハチ公の日

 年老いた我が愛犬の為に、担当者に内緒で仕入れた「柔らかジャーキー」をこっそりコーナーに並べている店長である。

 その後ろで、悪行は全てお見通しだ! と言わんばかりに腕を組んで見ている大野君の姿があった。


「大野君。今日は忠犬ハチ公の日にちなんで、ペットフードの特売でもしようか?」


「そうですね。ペットを飼っている『真面目な』お客は喜びますね」


 やはり店長の素行を見抜いているようだ。

 言葉にさりげなくトゲを仕込む技術はもはや名人の域といえる。


「更に、ペットの写真を持参したら五十ポイントを進呈しんていしちゃおうかな――なんてどう?」


「どうして『かな?』なのかは分かりませんが、いいアイデアじゃないですか。早速、レジのチーフに伝えてきますね」


 結局大野君も、ペットを愛する一人だったのだろう。

 意気揚々いきようようとレジに向って去って行った。


「これで、間違って仕入れた事も隠せるし……お客も喜んでくれる。一石二鳥の得策や」


 一人で悦に入っている店長の傍に、大野君が小走りで駈け寄って来た。


「大変です! レジからクレームが来ています」


「クレームって……どうしたんだ?」


「リュックサックを背負った年齢不詳のオタクが来店したらしくて。レジでアイドルの写真を見せて『ポイントを加算しくれ』と騒いでいるらしいんです」


「なぜ……そいつはアイドルの写真なんかを?」


「『僕のペットのユキリンです。ポイントください』とか言ってゴネているそうです」


 店長は制服のブルゾンを脱ぎ、ワイシャツの袖を肘までまくり上げた。

 そして大野君に振り返りあごをレジに向かってクィッと差し出した。


「バケツで、水をかけに行こう」


「犬猫じゃないんですから……あまり手荒な真似はしないでくださいよ」


「心配するな! 塩水じゃないから溶ける事はないだろう?」


「オタクを……人類以外の生物だとでも……」

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