第16話 四月一日 エイプリルフール

 掃除も片づけもしないから、散らかり放題の机の上で、前足のような腕を組んで何故か嬉しそうに、ほくそ笑んでいる店長である。


「大野君。みんなに『ボーナスが出るぞ』と嘘をついてみようか?」


「店長。そんな絶対に起こりえない嘘は直ぐにバレてしまいすよ」


 そんな、アホな事を考えて笑っていたのかと気づいた大野君である。


「じゃあ『俺から、頑張っているみんなに金一封がでるぞ』なんて……どうかな?」


「店長は、自分がドのつくケチで有名なのを知らないのですか?」


「……」知っていても答えたくない店長である。


「『俺がみんなにケーキを買ってきた……』ってのは?」


「『かぐや姫が、詐欺さぎ罪で四人の武将から訴訟そしょうを起こされている』並みの嘘です。そんな事が起きるはずないでしょう」


 グゥの音も出なくなった店長から、キリキリと奥歯をみしめる音が聞こえている事に大野君はまだ気づいていないようだ。


「それじゃあ『俺が交通事故で入院してしまった』……なら?」


「『浦島太郎。数日の飲み食い代償、人生五十年分――竜宮城』のように喜びの後で、地獄に落とすような落胆を与えたりしたらモチベーションに影響しますから。絶対にダメです」


 大野君のズボンのベルトと、首根っこをつかむと、事務所の窓から放り投げようとする店長。

 もと柔道部だけにパワーは人並み外れて持っている。


「『オオカミ少年』のように……お前の転落事故を、嘘から出た本当にしてやろうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る