第14話 三月某日 卒業式

 とっくの昔に子供達が巣立ってしまい、店舗の近隣きんりん学校で卒業式があっても大して興味を示さない店長である。

 だから、これと言ったイベントを仕掛けることもしない。

 自己チューな人間がサービス業にたずさわると、大概こうなるものである。


 そんな店長と大野君が、先ほどから暇そうに精肉部門の作業場をガラス越しにのぞいて何やら話をしている。


「そうだ大野君。当店を『卒業』する彼にも『立つ鳥、跡をにごさず』のことわざにあるように身辺を綺麗にして送り出してやってくれよ」


「なんですか? 卒業する彼って……誰のことですか?」


「彼だよ。ほら、精肉部門のあいつだよ」


 鼻毛を抜きながら大あくびをしている担当者を指さして言った。

 やる気の無さ満載まんさいオーラを身体中からかもし出している。


「あいつは、売場の鶏肉を盗んだうえ、昼飯に焼いて食った奴でしょう。今日でクビにする最低野郎じゃないですか」


 こうした人間が大嫌いな大野君である。

 鼻息を荒げて吐き捨てた。

 その時勢い余って鼻毛がガラスにへばり付いたのを店長は見逃さなかった。


「腐ったリンゴでも……旅立つ時には、辛かった過去を振り向かせたらいけない。これからの人生を力強く前向きに生きる為にも、心に響く『贈る言葉』を掛けてやる必要があるのではないかな? 教頭先生」


「誰が教頭ですか。そういえば、精肉の主任もそんな事を言っていましたね。昼飯の時『学園ドラマ』の再放送をたんでしょう?」


 角刈りのくせに、長い髪を耳にかき上げるしぐさを四回も繰り返す店長である。


「うん……『最終話 卒業式の編』感動したよ」


「感動したなら、あんな馬鹿に言葉を贈らないで、店に来ている『本物の卒業生』たちにエールでも送ってきてください」


 更に勢いついた大野君の鼻息で、ガラスに引っ付いていた鼻毛が桜の花びらのようにヒラヒラと舞い上がった。


 卒業式に鼻(花)はつきものである

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